ラムネ色の海
動物園の後、凛子はサナに誘われて海に行った。
動物園のある山の向こう側が海なのだ。
海と言っても、海水浴場や浜辺に行ったわけではなかった。
海沿いの大きな国道をかなり歩いて、そこから脇道にそれて、さらに十五分ほど歩いたところが目的地だった。動物園を出てから一時間半くらいかかった。凛子は、自分でもよくあの距離を歩いたものだと思うが、あの時はサナと一緒だったから、どこまででも行けるような気がしていた。
脇道にそれて、左右を松の木林に囲まれた道を歩く。まっすぐな道の向こうは、堤防に続いていて、上り坂になっていた。
上り坂の辺りから砂地になったので、短くても急斜面の砂の坂道は、上りにくかった。
一番上に立つと、眼前は一面の海。
「わあ、こんなところあるんだね」
凛子が知っている海は、海水浴場だけだった。だがここは、海水浴場の砂浜とは違っていて、他に人もいなかった。
上った砂の坂の先は、すぐまた下り坂になっていて、下った先で唐突に地面は終わり。直角に切り取られた砂地の断面に、分厚いコンクリートの堤防が張り付いていて、恐る恐る下を見ると、かなり下の方で海の水が壁にぶつかってタプタプと揺れていた。
こんな大きな海なのに、窮屈そうに見えた。
サナは堤防に座って、海を眺めた。
ずっと歩いてきたので、すごく暑かったが、海風がひんやりしていて気持ちよかった。
凛子もそっと隣に座る。
サナは、海を見つめたまま「こんなトコまで付き合ってくれてありがとう」と言った。
「ううん。こういうとこ初めて来た。いいとこだね」
凛子が笑って答えると、サナは凛子の顔を見て少し照れたように笑った。
「ヒミツの場所なの」
そしてすぐまた視線を海に戻した。
「お母さんと、お父さんと、私の、ヒミツの場所」
凛子はてっきり、思い出話が始まると思ったのだが、サナはそれきり黙りこくってしまった。
凛子は沈黙が苦手なタイプだったけど、不思議とサナの横にいるときは、息苦しくなかった。
思えばサナの口から「お父さん」「お母さん」という言葉を聞いたのは、初めてかもしれない。
サナがそっとしゅくるの曲を、スマホで流した。
二人は、しゅくるの声を聞きながら、海をただ眺めた。
二人の足はブラブラと揺れて、ときどきコンクリートの壁を、波のように叩いた。
どのくらいそうしていただろう。
サナがスッと立ち上がって、西日が眩しい海に背を向けた。
凛子が後を追うと、サナは振り向いてにっこり笑った。
「一緒に来てくれてありがとう。今まで誰も連れてこなかったんだけど、凛子はトクベツ」
そう言って笑ったサナの顔は、傾き始めた西の太陽に照らされて、キラキラ輝いて、凛子にはものすごく眩しく見えた。
その後は、近くのバス停から一時間に一本しか来ない駅前行きのバスに乗った。
サナにバス停に案内された時、急に見たことのある身近な場所に出て驚いた。野球の全県大会などの会場になる野球場前のバス停だったのだ。ここは市内の学生なら一度は来たことがあるだろう。野球部でない生徒も応援に駆り出されるのだ。
こんな場所のすぐ近くに、すべてから切り離されたような静かな場所があるなんて、思いもよらなかった。
駅に着くと、凛子はサナを改札前まで見送った。
電車の発着を知らせる電光掲示板を指して「サナはどれに乗るの?」と聞くと、サナは海沿いを南下する路線を指した。
この駅を始発にして、終点は隣県の駅という長い路線だ。
どの駅で降りるのか、どこに住んでいるのか、聞きたかったが、言葉にはならなかった。
「サナ、バイバイ。またね!」
「うん。今日はアリガトー!」
サナの背中は、あっさり改札の向こうに消えていってしまった。
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