ビビッドイエローのネイル

 ――もうすぐまっくらになっちゃうのに、ひとりでなにしてるの?


 そう声をかけてきた女の子も、自分と同じ年くらいに見えた。


 ――パパとママがケンカしてるの。


 五歳の凛子はしょんぼりとしてそう答えて、足を蹴ってブランコを少し揺らした。


 キィと音が鳴った。


 ――やめてっていったのに、りんこのいうこと、きいてくれないの。


 口に出したらよけいに悲しくなって、凛子はしくし泣いた。

 

 ――そっかあ。


 そう呟いた女の子は、自分が乗っているブランコからおりて、そっと凛子を抱き締めた。

 凛子はびっくりしたが、なぜかどんどん涙が出てきて、気付けば大声で泣いていた。

 ひとしきり泣いて、ひくひくとしゃくりあげていると、自分を抱き締めている女の子も、一緒に泣いていることに気付いた。


 ――ねえ。だいじょうぶだよ。


 ひび割れた声がした。

 女の子は涙目でにっこり笑うと、すぐになかなおりしてくれるよと言った。

 ――ほんと?

 ――ほんとだよ。

 泣きじゃくる凛子に、女の子は小指をたてて差し出した。

 ――パパとママがなかなおりしたら、ここでいっしょにあそぼう。

 凛子はドキドキした。

 ――うん。あそぼう。

 二人は小指をからませた。

 ゆびきり。

 約束。


 ――ゆびきりは、ぜったいやくそくをまもれるっていう、まほうなんだよ。



 凛子はベッドの上で目を覚ました。

 なんだか、夢を見ていたような気がした。

 なんだか、寂しい気持ちの夢。


 寝ぼけ眼で凛子はスマホを手に取った。

 もう何度目かも解らない。サナとのトークページの確認。

 何の変化もない画面をみて、ため息をつく。

 そして重い体をひきずってベッドからおりた。

 動物園へ行く約束だ。


 凛子の両親は、法事などの礼節には厳しく、本来なら四十九日の法要が終わるまでは気軽に遊び歩くことなど許してはくれない。明日は初七日なので、今日も出掛けることにいい顔をしないのは解っていたので、凛子は「図書館で友達に勉強を教えてもらう」と嘘をついた。

 玄関で母に見送られた時、凛子は心が痛んだ。祖母の遺影が渋い顔でこちらを見ているような気さえした。


 凛子は紺のパフスリーブのシャツに、膝丈のジーンズ地のスカートで、勉強すると言った手前、大きめのリュックに筆記用具を入れて持ってきた。

 待ち合わせ場所の駅まで歩く途中、サナの家の前を歩いた。


 あの日。

 サナと動物園に行った日。

 サナは、凛子にメイクをしてくれた。

 あの日の凛子は、レモンイエローのガーリィなワンピース姿で、それに合わせて、淡いピンクのアイシャドーとオレンジのリップを選んでくれた。

 いつものあの切り株の椅子に座った凛子の顔に、サナの細くて冷たい指が触れて、息遣いが解るほど近くにサナの顔が近付いて、凛子はドキドキした。

 サナは、ライトグリーンのタンクトップが覗くワンショルダーの大きな白のカットソーと、ダメージジーンズのショートパンツ姿。

 二人の指先には、お揃いのビビッドイエローのネイル。

 メイクを終えた凛子は、まるで、自分の背中に羽根が生えたような気持ちになった。

 サナが自分の片翼を、凛子の背に貸してくれた。

 そんな気がした。


 あの日と同じ晴天なのに、同じようにキラキラした陽光が降りそそいているのに、凛子の心は暗く湿ったトンネルの中におきざりにされたように、重く暗く沈みこんでいた。


 サナからの連絡もない。

 心菜の真意も解らない。


 解らないことだらけで、息も苦しかった。

 悩みすぎて、呼吸の仕方も忘れてしまったかのようだった。

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