不協和音

 志穂は、凜子にとっては自分と同じ、大人しくて人見知りで、地味な人種だと思っていたが、親しくなればなるほど、自分とはちがうのだと思い知らされた。

  志穂は 凜子と違って 人の意見に流されない。

 志穂は 凜子と違って やりたいと思った事は必ず実行する力がある。

 志穂は 凜子と違って かわいくて、キレイで――


「凜子?」


 暗いところへ沈み込みそうになっていた凜子の耳に、自分を呼ぶ不安気な声が聞こえた。

 志穂と心菜もびくっとして、互いに寄り添った。

「凜子……?」

「あ……」

 震える声で凜子を呼びながら、恐る恐る裏庭を覗き込んだのは、萌花だった。

「モカ!」

「やっぱり。声が聞こえたから」

 萌花は、半袖の青いパーカーに細身のジーンズという私服姿で、片手に小さなビニール袋を持っていた。ビニール袋には、駅前にある楽器店のロゴマークが入っている。

「どうしたの?」

 凜子が駆け寄ると、萌花はちらりと志穂たちを気にしながら、「弦が切れちゃって」と、ビニール袋を開いて、中のアコースティックギターの弦を見せた。

「今買ってきたとこ。そこの道通ったら、声が聞こえたから、凜子かなって。凜子こそ、サナさんと会ってたの?」

「ううん。サナ、LANEに既読つかなくて。返信もないの。連絡つかなくて」

「えっそうなの?」

 萌花が驚いて顔を上げると、俯いている凜子の向こうで、少し離れて立っている心菜と目が合った。

「え? 誰?」

 心菜がキョトンとして言う。

 志穂が、心菜の耳元で小さく何かを囁く。

 萌花の顔が、冷たく凍った。

 志穂が囁き終わると、心菜は目を見開いて志穂と見つめあい、大きく二回頷いた。

 何かを納得したように見えた。

 凜子は、自分の背後でそんなやり取りがあったとは知らず、心菜に萌花のことを説明しなくてはと思い、慌てて振り向いた。

「あ、ごめん。モカね、幼馴染なの。ココ、同じクラスだよ」

「ほとんど行ってないけどね」

 萌花が険のある声で付け足した。

 凜子がハッとして萌花の顔を見ると、棘のある目で心菜たちの方を見ていた。

「じゃあね、バイバイ、凜子」

 萌花は、最後の「凜子」をわざと強調して言うと、プイとそっぽを向いてそのまま庭から出て行ってしまった。

「あ、うん、バイバイ」

 凜子が手を振って、萌花が見えなくなってから心菜たちの所へ戻ると、心菜がほっぺを膨らませていた。

「ナニあのコー! カンジワルッ!」

 心菜はそう言うと、凜子の方を向いてパッと表情を変えて、申し訳なさそうに「あ、凜子、ゴメンね」と付け足した。

「リンちゃん、モカちゃん、元気そうだったね」

 志穂は困ったように笑った。

 志穂は入学当初、凜子と萌花と三人でお昼を食べていたのだ。

「うん。でもやっぱりまだガッコ来たくないみたい」

「そっか」

「なんでー? なんで来ないの? イジメとかあったっけ?」

 心菜が口を尖らせて言った。

 凜子も、萌花が学校に来たがらない本当の理由を知らなかった。

「イジメとか、なかったと思うけど」

「そんな間もなく来なくなっちゃったよね、モカちゃん」

 自信なさげに答える凜子に、志穂も同意した。

「ふーん」

 心菜はいじけた子供ような顔をしていた。

「モカちゃん、今も弾いてみたっての、やってるの?」

 志穂が思い出したように言った。凜子が「うん、今日もやるって言ってた」と答えると、心菜が首を傾げた。

「ナニソレ?」

「LANE LIVEだよね、確か」

「うん」

 萌花が音声のライブ配信をしているのは、LANEと連動する動画配信アプリで、動画や音声を配信すると、視聴者数に応じて各種LANEアプリ内で使用できるポイントが貯まったりする。


「LANE LIVEで配信してるの?」

 心菜が目を真ん丸にした。

「うん。ギター弾いてるの。弾き語り? って言ってた」

「へえ~」

 凜子が補足すると、心菜は感心したような声を上げた。

 凜子は少しだけ、これ言ってよかったことかな? 不安になった。だが、言い出したのは志穂だし、心菜も友達だ。下手に隠し事をして信用を失いたくない。

 けれど、萌花は知られたくなかったかもしれない。

「あ、ヤバ、電車時間! もう行かなきゃ!」

  凜子の葛藤をよそに、心菜がスマホの画面を見てそう言った。

 田舎だから、電車は一時間に一本、多くて三本というような環境だ。一本逃せば致命的なのである。

「じゃあ明日! 土曜日だし、皆で動物園行こ! そこでその海と動物園の話、聞かせてね!」

「えっ?」

「明日? 動物園?」

 突然の提案に驚く志穂と凛子に、心菜は「あとでLANEする!」と言うと、走って行ってしまった。

 「今日はここまでだね。リンちゃん、明日予定大丈夫?」

「あ、うん。明日は大丈夫」

「そっか、私も明日は大丈夫だな。じゃあ、あとでLANEするね」

 残された志穂と凜子も、その場で解散した。

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