未来人捜索

 凛子は昼休みが終わる直前、自分のスマホを確認した。

 やはりサナからメッセージもないし、既読の表示もないままだった。

 諦めて画面を消そうとしたら、萌花からメッセージが届いた。

『転校生、来た?』

 と書いてあった。凛子は『来たよ』と返信した。

 数秒後、既読の表示がついて、少しして『予言当たったね』という返事がきた。

 そして続けざまに『今日の夜、ライブ配信やるから、良かったら見に来てね』というメッセージが届いた。

 萌花は中学のころからアコースティックギターを始め、すっかりはまってしまった。高校に上がってからは、SNSの音声のライブ配信機能を使って『モカが弾いてみた』と題し、いろいろな曲を弾いてライブで配信している。

 凛子は『OK』というスタンプを押して送信した。



 午後の授業が終わるなり、心菜は立ち上がって「行くわよ!」と気合満点の声で言った。

「え? どこに?」

「凛子がサナってコに会った場所!」

 凛子と志穂は、心菜の雰囲気に引きずられるように、サナと出会った個人医院の駐車場にやってきた。

 今はちょうど午後の診察中で、車も数台停車していた。

「うーん……変わった感じはないなあ」

 心菜は周囲の目など気にすることなく、しゃがみこんだり背伸びをしたり、じろじろと駐車場内を見回った。

 凛子は不審人物と思われるのではないかと気になって、ハラハラしているというのに、心菜は全く気にしていない様子だった。

「あら、落とし物? 大丈夫だぎゃ?」

 心菜の不審な姿を見て、車から降りてきたおばあさんが、訛りのある言葉で声をかけてきた。

 凛子は顔が真っ赤になって、動揺した。

「あ、いいえ、その、猫を探してまして」

 志穂が落ち着いた様子でさらりとごまかした。

「ああ、んだったの。見つかるといいねえ。車さは気を付けでなぁ」

 おばあさんは志穂の嘘をあっさりと信じて、心菜にも優しく声をかけて階段の横にあるエレベーターのボタンを押した。

 心菜がパッと立ち上がって「ねえおばあちゃん」と声をかけて、駆け寄った。

「この辺で、ウチらくらいの歳で、白い髪の女のコって見たことない?」

「ほ? 白い髪でが? 猫でねく?」

 突然声をかけられたので、案の定おばあさんは目をまん丸にしてきょとんとした。

「あ、猫と一緒に友達も探してんの。いろいろあって」

 ――いろいろあってって!

 心菜の思い切りのよすぎる行動に、凛子はもう混乱していた。顔も赤くなったり青くなったり大忙しである。

 隣の志穂の顔を見ると、志穂は苦笑いをしていた。

「んだのう。大変だごどね。何? 白い髪? そった若くて白髪なの? ああ染めでな。んだなあ。そった変わった人だば、見かけねなあ。ごめんね」

「ううん! ありがとうおばあちゃん!」

 結局、何も知らなかったおばあさんに、心菜は満面の笑みでお礼を言い、下りてきたエレベーターに乗る手伝いをして手を振った。

 心菜は人見知りをしない。普段から困っている人も自然に助けたりする。

 凛子にはできない芸当だった。

 志穂も戻ってきた心菜ににっこりと微笑んだ。

「ココちゃんて、人見知りしないよね。すごいね」

「何言ってんの! するよ! ドッキドキだよ! 今だって心臓吐きそうだったよ!」

 心菜はそう言ったが、凛子にはとてもそうは見えなかった。

「ここには何もないね! いつもどこで話してたの?」

 心菜に言われて、凛子は隣の家の方へ移動した。

「この、家の裏庭……サナは、サナの家だって言ってた」

「ここ?」

「え? 人住んでる?」

 塀の向こうにあるレンガ調のタイルに、蔦の絡まった家を見て、志穂と心菜が青くなる。

「うーん……今は住んでないみたいなこと言ってたけど」

「今は?」

 心菜がものすごい速度で凛子の方へ振り向いた。

「え、うん。引っ越してきたの? って聞いたら、まあねって。今は住んでないけど……みたいな言い方だったような」

「ってことは、未来では住んでるけど今はまだ……って意味じゃないの?!」

 心菜の瞳の輝きが一層増した。

「そんなまさか」

 志穂が弱々しく笑って言った。

 心菜は塀の中にそーっと顔を入れて、小さな声で「おじゃましまーす」と言った。

「ちょっと、ココちゃん!」

 慌てた様子で志穂が小声で心菜の背に触れる。

 しかし、心菜はそのまま塀の中に入り、インターホンのボタンを押した。

 凛子と志穂は、驚きで立ち竦むしかなかった。

 ――誰か出てきたらどうする気なんだ!

 しかし、インターホンは呼び鈴の音すら鳴らなかった。

 電気が来ていないのかもしれない。

 もう一度インターホンを押して、反応がないことを確かめてた心菜は、家の横を覗き込んで、電気メーターのようなものを覗き見た。じろじろと機械を見てから、くるりと凛子と志穂の方へ振り向いて「見てもわかんなかったや」と言って、へらりと笑った。

 心菜は指で家の奥を指した。

 行ってみようというのだろう。

「ええ……いいのかなあ。いいの? リンちゃん」

「うーん……」

 いつもはサナに招かれて入っているのだ。そのサナがいない時に、勝手に入っていいわけがない。

 しかし、心菜はこちら向かって大きく手招きをした。

 凛子と志穂は躊躇したが、心菜が一人でどんどん行ってしまうので、意を決して後を追いかけた。

 裏庭は、夏休み中となんら変わらない様子だった。

 雑草だらけの花壇に、青々とした庭木。

 そしてかわいらしい切り株の椅子と木の丸テーブル。

 心菜と志穂は、椅子とテーブルを見て「かわいい」と喜んでいた。

「かわいいお庭だね」

 志穂が微笑んで言った。凛子は嬉しくて、笑顔で頷いた。

「ここでずっと遊んでたの? 他のトコには行かなかったの?」

 心菜が、椅子に座りながら聞いてきた。

「だいたいはここで話してたけど。たまにコンビニ行ったりしたくらいかな。あ、でも、海と動物園には行ったよ」

「どーぶつえん?」

「海? 二人だけで?」

 心菜の驚いた声の後に、志穂が心配したような声を出した。

 凜子は叱られた子供のように肩をすぼめて「うん」と小さな声で答えた。

「海、危なくなかった? 怖い人、いなかった?」

 志穂が心配そうに言った。

 凜子たちが暮らしている地域は、市という単位で見れば海沿いだが、凜子たちが今いる場所は海岸線から直線距離で五キロ以上あるうえ、市街地と海の間には低い山があるので、日頃から海に触れて暮らしているというワケではない。

 高校の同級生の中には、海が見える場所に住んでいる子もたくさんいるが、凜子たち三人の生活圏からは全く海が見えないので、「海の近くに住んでいる」という自覚は、凜子たちには無かった。

 だから、凜子たちには海と言えば海水浴場で、特別に遊びに行くものだった。

 だが、最近の海水浴場には、水上バイクが走っていたり、バーベキューをする二十代の派手なグループがいたりして、志穂と凜子のような大人しい女子には、少し怖い場所に見えているのだ。

「え、危ないって、何が?」

 心菜がきょとんとした。

「治安とか」

 志穂が眉根を寄せて答えた。心菜はパタパタと手を振って「ないない」と笑った。

「昼間ならダイジョーブだよ。まあ昼からお酒飲んでるヤツもいるとちょっと怖いか。でも、バーベキュー楽しいし、悪い人ばっかってわけじゃないし、それにあのデッカイ浮き輪みたいのに乗って水上バイクで引っ張られるヤツ、おもしろいよ!」

 心菜には年上の彼氏がいて、凜子や志穂の知らない世界をたくさん知っている。

 凜子や志穂が怖いと思うような派手な生徒たちとも仲良く話している姿を、学校でよく見かけた。

 その度、凜子は心菜が友達でいてくれることを心強く思うと同時、どうして自分なんかと仲良くしてくれているのだろうと、不安に似た気持ちがわいてくるのだった。

「それは……ちょっと乗ってみたいかも」

 志穂が言った。凜子は驚いて顔を上げた。

「でしょー! 来年は一緒に行こうよ!」

「いいの? 誘ってくれる?」


 心菜と志穂がキャッキャと盛り上がっている。

 凜子は何だか急において行かれたような気分になった。

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