ホワイトアッシュの未来人

 凛子は数秒言葉を失っていた。

先に声を発したのは志穂だった。

「未来人てなに?」

 心菜が突拍子もないことを言うのはよくあることで、志穂の声には「またか」という感情がありありと浮き上がっている。

「未来人だよ! 未来から来た人! この前テレビで見たんだって! 未来からやってきて、インターネットとかでみんなの質問に答えてさ。災害の予告とかしてたり。あとは経済がどうなるかとか、世界情勢がどうなるとか。アメリカの大統領選がどうとかいろいろ予告して、当ててったんだって!」

 心菜の瞳はキラキラ輝いていた。

「いやいやいや」

 志穂が制止するように手を前に出して言った。

「普通に考えて、星宮君の知り合いなんじゃないの? 年上なら、お姉さんかもしれないし」

 志穂の言う通りだ。姉弟かもしれないというのは凛子も考えた。だが、今朝登校して、星宮結人の顔を見たが、どうもサナには似ていない。髪の色が違うとか雰囲気が違うとかではなく、顔が全然似ていないのだ。

「えー! そんなのつまんないよう!」

 心菜は駄々っ子のような声を出した。

「うーん……あんまり似てないような気がするんだよね」

 凛子は弱々しく言った。

「あ、でも似てない姉弟もいるかも?」

 志穂の顔を見ながら、そう付け加えると、志穂は「そうだ!」と手を叩いた。

「写真とか何か撮ってないの?」

「あ、ああ! あるよ、えっとね……」

凛子は慌ててスマホを操作して画像ファイルを開いた。サナと二人でオシャレをして出掛けた時に撮った写真だった。

「……似てない」

「ね」

心菜の呟きの後に、残念そうに志穂が同意した。

「もう、本人に聞いてみようよ」

「えっ?!」

 志穂はいつもと変わらないおっとりとした口調のままで、ストレートな案を提案すると、さっと立ち上がって星宮結人の方へと向かって歩き出そうとした。

「待った待った! 今、周りに人、いっぱいいるじゃん! なんて聞く気なの?」

 心菜が慌てて志穂の腕をつかんだ。

 志穂は「うーん」と小首を傾げて言った。

「星宮君に似てる人を見たんだけど、お姉さんいる? とか聞いてくるよ」

 言うが早いか、志穂はすたすたと歩き出してしまった。

「ど、どうしよう、ココ」

 凛子が心菜にすがると、心菜は「んもー!」と小さな声で言いながら志穂の後を追いかけた。

 凛子も恐る恐る追いかける。


「あの、星宮君?」

 数人の男子生徒と一緒にいた星宮結人に、志穂がのんびりと声をかけた。

 もうすでにお弁当は食べ終えて、片付けられた机の上には漫画雑誌やスマホが並んでいた。雑談をしていたらしい。

 予期せぬ珍客に食後の歓談を邪魔された男子たちは、きょとんとして志穂を見上げた。

「何?」

 星宮結人が、志穂の目を見た。

 志穂に追いついた凛子は、志穂の肩越しに、ほとんど真正面から星宮結人の顔を見た。

 ――やっぱり似てないや。

 凛子はこっそりそう思った。

「あの、星宮君て、お姉さんとかいる? 星宮君に似てる女子生徒を見たってコがいて」

 志穂は、あっさり聞いた。

 志穂の背中に張り付いて隠れているつもりの心菜が、凛子の方を振り向いて、大げさに驚いた顔をして見せた。

「お姉さん? 俺に似てる?」

「うん、あ、まあ似てるような気がする……くらいだと思うけど」

 志穂がニコニコして聞くと、星宮結人は「どうして?」と質問を返してきた。


「どうしてそんなこと聞くの?」


「えっ……ええと……」

 志穂は予想外の返答に言葉が出てこないようで、苦笑いのまま凛子の方に振り向いた。

 凛子と心菜も、うまい切り抜け方が思いつかず、三人揃っておどおどしていると、星宮結人はさっと目をそらして「いないよ」と言った。


「僕に似てるなんて、見間違いじゃない? そんな姉さんなんて、いないよ」


「そ、そうなんだ。変なこと聞いてごめんね!」

 志穂は「お邪魔しました」と言って、パッと振り返ると、凛子と心菜の背を押して、自分たちの席まで戻った。

 三人揃って元の席に戻ると、心菜が開口一番「ほら見ろ」と言った。

「やっぱり未来人だって」

「もう、ココちゃんったら、そんなわけないでしょ」

 志穂は苦笑いで心菜に言った。

「ね、凛子はどう思うの?」

「えっ?」

 心菜に正面から見つめられて、凛子は困った。

 未来人なんてそんなワケないと思う。思うけど、いっそ未来人だったなら、急に連絡が取れなくなった理由が、嫌われたからではない可能性が高くなる気がする。

 それに、サナには不思議な魅力があった。髪型もファッションも、田舎では珍しいし。

「サナは、なんだか特別な感じはするけど」

 思わずポツリと呟いた。

「ほら~!」

 と、心菜が勝ち誇ったような声で言った。

「いや、未来人だと思うとは一言も言ってないでしょ」

 志穂はあくまで笑いながら、ゆったりと心菜をいさめている。

「じゃあいいよ! その、サナってコが何者か、調べよう!」

 ぷくっと頬を膨らませた心菜の提案は、またしても突拍子もないことだった。

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