ランチタイム

 しかし、その後ゆっくり話せる時間もなく、結局昼休みになってしまった。

 昼休みは、凛子の机を後ろ向きに回して、心菜の机と向かい合わせにくっつけて、そこに志穂が自分の椅子をもって来て三人でお弁当を食べるのがいつものことだった。


 お弁当を広げながら、心菜はパチクリパチクリとわざとらしく瞬きをして、凛子の顔を上目遣いで覗き込んだ。

「それで? どういうこと? ん? ん?」

 完全に楽しんでいる様子の心菜の横で、志穂が両手を合わせて「いただきます」と丁寧に言った。

 志穂の箸はお弁当のおかずを口へと運んでいるが、志穂の目はしっかりと凛子の顔を見つめいていた。

「あのね、夏休み中に友達ができたの」

「ともだち?」

 志穂がのんびりした口調で相槌を打つ。しっかりお弁当を食べながら。

「うん。サナっていう、カッコイイ女の子」

「そんで? そんで?」

 心菜は目を輝かせて身を乗り出したまま相槌を打ちながら、こちらもしっかりとお弁当を食べている。

「うん。そのサナがね、夏休み中、最後に会った時に、予言してあげるって言いだして」

「ヨゲン?」

 心菜が志穂を見て言った。志穂は「予言じゃない? 未来のことを当てるヤツ」と冷静に説明した。

「そうそれ。それで、夏休みが終わったら、私のガッコに男子の転校生が来るって言ったの」

「ほう」

「来たね」

 心菜と志穂はお弁当を食べる手を止めて、きょとんとした。

 凛子としては大切な点は説明したので、一息ついてお弁当を食べ始めた。

 もぐもぐとおかずを食べる凛子の前で、志穂と心菜が顔を見合わせている。

「え? それで?」

 心菜が裏返り気味な声を出した。

「え? ああ、うん。その予言が当たったなあって思っただけで。星宮君個人のことが気になってるってワケじゃないからね」

 うんと頷いて、次のおかずに箸を運んだ凛子を見て、心菜は眉間にしわを寄せた。

「その、サナってコ、どんなコ?」

「ん? えっとね、髪が白くて、背が高くて、細くって、カッコ良くって、多分……年上で」

 心菜と志穂はすっかり食事の手を止めて、再度顔を見合わせた。

「どうして仲良くなったの? どこで会ったの?」

 志穂が、彼女にしては早口で聞いてきた。

 凛子はもぐもぐと食べて、お茶で流し込んでから話し始めた。

「えーと、雨宿りしてたら、同じところにサナがいて、私が寒がってたから、パーカー貸してくれたの。それ返しに行って、話して、仲良くなって……」

「ん? ん? 待って待って。付いていけない」

 心菜が困ったような声を上げて志穂を見た。

 志穂も困ったような顔をして、凛子を見た。

「えーと、リンちゃん。もっと詳しく聞いてもいい?」

 志穂に言われて、凛子は少し考えた後、先日萌花に話したのと同じ話をすることにした。

 二人はぽかんとして、かろうじてお弁当を食べながら聞いていた。

 凛子が話し終わると、早速心菜が口を開いた。

「信じられない。凛子がそんな風に知らない人と仲良しになるなんて」

「うん」

 二人はそう言ってから、ハッとした。

「あ、ちがうよ? 何か変な意味じゃないよ?」

「そうそう。リンちゃんてあんまり派手な感じの知らない人に、率先して話しかけてくタイプじゃないと思ってて」

 おろおろと弁解する二人を見て、凛子は思わず笑った。

「気にしないよ。自分でもびっくりしたから」

 凛子は人見知りするタイプだし、友達を作ったりするもの苦手だった。

 だから、サナとあそこまで仲良くなれたのは、サナのおかげでしかないと思っている。

 決して凛子の力ではないと。

「サナが、いっぱい話しかけてくれたから。最初に声をかけてくれたのも、サナの方からだし」

 志穂と心菜は目を見開いて、二人一緒に「ふーん」と言った。

「それで、そのサナさんには、転校生来たよって言ったの?」

 志穂がもう一度お弁当を食べ始めながら聞いた。

「うん……でも」

 凛子はしょんぼりとしてスマホを取り出した。

「LANEしたんだけど、昨日の夕方からずっと、既読がつかないんだよね」

「えっ? 連絡つかないの?」

 心菜が驚いた声を上げた。

「うん」

 凛子はそっと二人にスマホの画面を見せた。

 画面には、凛子からのメッセージが数個並び、そのどれにも既読マークはついていなかった。

「通話もね、かけてみたんだけど、出てくれなくて」

 そう言うと、凛子はうつむいてしまった。言葉にしたら、声に出したら、ずっと堪えていたものが零れてしまったようで、急に胸が苦しくなった。

「あ、LANEの通話って、相手が電源切れてたり電波ない時は、コール音が鳴りっぱなしになるらしいよ。電池切れてるとかじゃない? ほら、壊れちゃったのかも」

 志穂が凛子の顔を覗き込みながら言った。

 凛子はこれ以上何かを言ったら、うざい、重い、暗いことを言ってしまうような気がして、うまく答えられないでいた。

 壊れたかもしれないとは、凛子も考えた。けれど違うかもしれない。違ったらどうしよう。それが怖いのだ。

しかし、このままではこの場の雰囲気も何だかおかしくなってしまう。凛子は意を決して、何か答えようと顔を上げた。

 すると目をキラキラさせた心菜と目があった。

 心菜は人差し指を顔の前に立てて、やや抑えた声で言った。

「そのコ、未来人かもよ?」

 心菜の言葉に志穂も凛子も、ぽかんと口を開けてフリーズした。

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