ホワイトアッシュの予言者と夏休みの終わり

 サナは切り株のベンチからピョンとジャンプして立ち上がった。

「夏休みが終わったら、凛子の学校に転校生が来るでしょう!」

「え?」

 もしやサナが? と凛子が期待した直後、サナは片目を閉じて人差し指を口元に当てて「うーん」と唸った。

「性別は……そう! 男子!」

「えー……」

 凛子は内心がっくりした。

「でえ、学年は、凛子の学年!」

「へっ?」

「同じクラスだったりして!」

 サナは口元の人差し指をそっと動かして、凛子の頬をぷにっとつついた。

「じゃあね! また今度ね!」

 サナはピョンピョン跳ねながら、大きく手を振ると外に向かって駆けだした。


 ――あっ!


「バイバイ! サナ! またね!」


 凛子も慌てて切り株の椅子から立ち上がって、道路に出る。


「またね!」


 思い切り、祈りを込めて声に出す。

 でも、重いとかうざいとか面倒くさいとか思われたくないから、あくまで軽く、明るく、どうでもよさそうに。

 でも。

 でも、本当にまた会おうね。と思いながら、凛子は手を振り返した。

 小さくなっていくサナの後ろ姿は、羽根のように軽くふわふわして見えた。

 凛子の家とは真逆の方向へと去っていくサナを見て、毎度毎度凛子は、置いてきぼりにされたような、迷子のような気分になった。

 それに気付かれないように、いつもいつも、必死だった。





 別れ際の気持ちを思い出して、少し暗い気分になったことを、萌花に悟られないように、凛子はスマホを握る自分の手をじっと見つめた。

「転校生?」

「うん」

 萌花と凛子は、手に手にお菓子を持って戻ってきた幼い凛子の従妹たちと交代して、また窓辺に戻ってきていた。

「じゃあ、明日、ガッコ行けばその予言が当たってるかどうか解るってこと?」

「うん」

 明日は始業式だった。

「でも、私、明日お葬式だから」

「ああ」

 明日は、凛子は学校を休まなくてはいけないのだ。

「モカ、行かない?」

 凛子は上目遣いで萌花を見た。

 萌花は「うーん」と唸って上を見上げた。

「ガッコはしんどいなー。しかも始業式かー」

 萌花はいわゆる不登校の生徒だった。

 凛子は萌花と幼い頃から接しているが、自分より明るいし、自分より行動力があると思っている。

ずっとそう思ってきた。

 だが、萌花は高校に入ってすぐに学校に行かなくなった。行ったとしても、保健室か図書室にしかいられない。

 今は、指定された別の県立高校の図書館で自習することで、自分の高校に登校したものとみなされるという、県が行っている救済措置を受けて、何とか出席日数だけは稼いでいる。

 テストは特別に保健室で受けている。

「行っても、教室に行くのはメンドいなー」

「だよね」

「あの子……志穂に聞けばいいじゃん」

「うん。そうだよね」

 萌花が言っているのは、凛子がクラスで親しくしている岩井川志穂いわいかわしほという女子生徒のことだ。

 もちろん、志穂にLANEで聞けば、学校に行かなくともすぐに解るだろう。だけど、志穂にはサナのことは話していないから、LANEで説明するのは少し億劫だった。

 それに凛子には、萌花が学校に行く気になってくれたらいいなという思いも、いくらかあったのだ。

「志穂にサナのこと、話してないんだ。説明も面倒だし、説明ナシでいきなり転校生来た? とか聞いたら、なんか変なヤツじゃない?」

「ふん。なるほどね」

 萌花は納得したようだった。

「まあでも一日我慢すりゃ、解るでしょ」

 萌花はうーんと伸びをしてベンチを立った。

 同時に、後ろの障子戸が開いて大人達が移動を始めた。

 凛子の母親が出てきて、手招きをしている。

 凛子も立ち上がる。

「その、サナってコ、次はいつ会うの?」

「うーん、それが、サナは土日は忙しいとかで、今のトコ次に会う日、決まってないの」

「そっか」

 凛子が歩き出すと、萌花も一緒に歩き出した。

「ね、転校生、ほんとに来たら私にも教えてよ!」

 萌花は片目を閉じてそう言った。

 学校に行く気は当分ないようだった。

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