第26話 天使の囁き、悪魔の秘密

 ボクは昼休み、ルミンに呼び出されて屋上に来ている。

 ボクを呼び出すなんて、一体何の用事なんだろう。


 屋上の扉を開けると、美しい銀髪を風に靡かせて佇むルミンがいた。

 普通にしてれば美少女なのに。

 ボクに気づいたルミンはこちらを振り向き、ボクに近づいてきた。


「あゆみ……教えて」


 何をだろうか。

 ボクは首を傾け、人差し指を頬にあてて答える。


「何を教えて欲しいの?」


 すると、ルミンはボクの耳元まで近寄り、囁くように言った。


「あゆみは……何が特別なの?」


 ボクが特別? 何の事だろう。


「どういうこと……? ボクは別に特別な事なんかないと思うけど」


 ボクの顔を睨み付けるルミン。


「嘘。……じゃあなんであゆみはこっちに来たの?」


 こっちって今言ったよね。もしかして……


「もしかして……パラレルワールドの事?」


 ルミンは魔法少女だ。知っていてもおかしくはないだろう。


「そう。……なんで『ゆたか』はあゆみだけ選んだの?」


 ルミンの圧力に押し込まれそうになりながら答える。


「元の……あゆみが魔法少女を辞めたがっていたから……その代わりにボクが来たんだ」


 ボクは正直に話した。


「……『ゆたか』の特別な人だから……じゃないの?」


 先生の特別な人……?

 ボクは手を振って否定した。


「まさか! ボクと先生はそんな間柄じゃないよ!」


 ボクの目をじっと見つめながら質問するルミン。


「あゆみは……『ゆたか』が好き?」


「先生の事? そりゃ……小さくて可愛いし……ボクの先生だし、魔法少女の師匠だし。好きなのは当たり前だよ」


 ボクの肩を掴み、語彙を荒げるルミン。


「そっちのゆたかじゃない。『あっちの世界のゆたか』のこと」


 掴まれた肩が痛い。


「あ、あっちの先生の事? 別に……そこまでは……」


 ボクの肩を揺らしながら問うルミン。


「本当?」

「うん……だって無精ひげのおっさんになんか興味ないよ」


 ルミンはボクの肩を離し、きょとんとしている。


「あゆみは……『特別』じゃない……? それとも……嘘? わからない……

ずっとあゆみを……観察したけど……何もわからない。あゆみのどこを……『ゆたか』は気に入ったの? 全然わからない……だって……」


 ルミンは冷たい目でボクを見つめる。


「この人間……ゴミにしか見えない」


 え? 何て言った?

 ボクのこと……ゴミって……?


「男にいいように弄ばれて……戦闘でも足手まとい。身体能力も人間の中でも底辺。誰かに……泣きつくことしかできない。いい所が一つも……なかった」


 ボクはルミンの言葉を素直に信じられなかった。

 奇行は多かったけども、ボクに近寄り、ボクに話しかけ、ボクに興味を向けていた。

 てっきりボクはルミンに好意を持たれていると思い込んでいた。


「もう……あゆみはいなくなってもいいよね?」


 ルミンがボクに問いかける。

 いや、ルミン自身に問いかけているのか。


「あゆみがいなくなれば……『ゆたか』の特別じゃなくなる。あゆみが嘘ついていたとしても……いなくなれば同じだよ……ね?」


 ルミンがボクの首に手をかけてきた。


「ぐあっ!」


 片手でボクの首を物凄い力で締め付けてくる。

 必死にボクはルミンの手を振りほどこうともがく。


 その時、背後から影が飛び込んできた。


「あゆみから離れろ!」


 ゆきちゃんだ。

 ゆきちゃんがルミンに体当たりをする。

 その勢いでルミンは体制を崩し、ボクの首から手を離した。

 締め付けられた首が痛む。


「げほっ……げほっ……」


 咳こむボクを心配してくれるゆきちゃん。


「大丈夫、あゆみ?」


 ボクは首を縦に振り、大丈夫だと伝える。

 ルミンがぼーっとした目でゆきを眺めている。

 ゆきちゃんは手を広げ、ボクを後ろに庇って前に立ちはだかる。


「どういうことなの、ルミン! 答えなさい!」


「佐倉ゆき……別にお前は……いてもいなくても変わらない……と思う。だから……戦う必要……ない」


「なら、なんであゆみに手を出したの? あ、あゆみだって私と同じじゃない!」


 ゆきちゃんの声が震えている。

 ルミンの強さを知っているからだ。

 でも今は魔法少女じゃない。

 ルミンも装置は着けていない。

 だから、怖いながらもゆきちゃんは強く出れるのだ。


「私達の目的は、魔物を倒す事でしょう? 同じ魔法少女を攻撃してどうするの!?」


 ゆきちゃんは必死に説得しようとしている。

 ルミンが矛を収めてくれるように。

 しかし、淡々とした口調でルミンは衝撃の言葉を放った。


「魔物……? 魔物は……『ゆたか』が生み出している。魔法少女がいるから……魔物が生まれる。魔法少女が……いなければ魔物は生まれない。

魔物は……人間を襲わない。何も……しない。ただ……そこに在るだけ」


「何を馬鹿な!」


 ボクは大声で叫んだ。


「魔物が人間を襲うから、魔法少女が倒しているんでしょう!?」


 きょとんとした目でルミンはボクを見つめ、淡々と語りはじめる。


「魔物を操っているのは……あのちびっ子。ゆたかが……魔物を呼び出している」


 そんな馬鹿な!

 先生が魔物を呼び出している!?


 しかし、あゆみは思い出してしまう。

 先生から見えない力が広がり、いつもその後に魔物が現れていたという事実を。


 違う!

 あれは……確か……そう!


「魔法少女の力に惹かれて魔物は現れるんだ! 先生が呼び出しているんじゃない!」


 しかし、ボクの言葉を聞いても何も表情一つ変えないルミン。


「ゆたかは……呼び出すだけじゃなく、操れる。この間だってそう。呼び出して……あゆみとゆきを襲わせた」


 新装備の実践演習のときを思い出す。

 1000匹の魔物が現れた時を思い出す。


 あれを……全部……先生が……?

 嘘だ。信じられるわけがない。


「でたらめだ! だいたい、ボクを殺そうとしたやつの言葉なんか、信じられるか!」

「別に信じてもらう必要……ない。どうせ……消すだけ」


 そういうと、ルミンは両手を前で交差し、ゆっくりと上空に手を伸ばした。


「開け……天界の扉……封じられし聖なる封印を……今……解放せん……」


 雲を貫く光の帯が、天からルミンへと降り注いだ。

 その光がルミンへと吸収されてゆき、ルミンが着ていた制服は蒸発する。

 代わりに純白のドレスに白銀の鎧がその身を纏っていた。

 光り輝く後光がルミンの背後から放たれ、6枚の翼が現れる。

 まるで天界から遣わされた神の遣い。

 聖なる力を宿した大きな剣がその手に現れる。


「魔法少女……? 装置がないのに……? これは一体何……?」


 ボクはわけがわからないまま、ルミンの神々しいまでの姿を眺めていた。


「私は……魔法少女じゃない。魔法少女を……倒すために生まれた……天使」

「天使……!?」

「あゆみ! 逃げるよ!」


 ゆきちゃんはボクの手をひっぱり、強引に屋上から校内へと引きつれて走った。


「あゆみ! しっかりして! はやく先生の所に!」


 ボクは言われるがままゆきちゃんに引き連れられながら理科実験室へと走った。


 扉に体当たりして理科実験室へと飛び込む。

 中で先生は変な体操をしている最中だった。

 先生はボク達を見ると、変なポーズのまま動きを止めた。


「あ……こ、これはだな! バストアップ体操というやつで、効果があるってTVでやってたやつなんだ!」


 慌てて言い訳をする先生。

 可愛いよゆたかちゃん。

 でも、それどころじゃないんだ、先生!


 まるで気にせずゆきちゃんは先生に告げる。


「先生、ルミンが装置もないのに天使になりました! それで……あゆみを殺そうとしてるんです。助けてください、先生!」


 すぐさまゆたかは理解したようだ。

 無駄な質問を一切せず、俊敏な動きで装置を取り、あゆみとゆきに投げてよこした。


「お前たちは隠れていろ! 逃げることに力を注げ!」


 そうして、目の前で信じられないことが起こった。

 一瞬の内にゆたかの体が黒い炎に包まれ、着ていた服が蒸発した。

 そして現れたのは、黒い蝙蝠のような翼を生やした先生。

 いつもと似た衣装だが、黒と銀の鎖やアクセサリーを着けていて、普段よりも禍々しく見えた。

 そして頭には下側に巻かれた羊のような角。


「こっちか!」


 そういうと、窓を開けて翼をはためかせて飛び出してゆく。

 目の前で先生が変身した。

 装置もつけないで。


「悪魔……?」


 ボクはルミンの言葉を嫌でも思い出してしまう。


「ゆたかが……魔物を呼び出している」


 本当に……先生が悪魔を……?

 混乱するも、身に迫った危険が起こっている以上、このままではまずい。

 魔法少女に変身してこれからの状況に対処すべきだ。

 ボクとゆきちゃんは、装置を身に着け、服を脱いだ。

 そのとき、大きな爆音が炸裂し、窓ガラスが全て吹き飛んだ。

 衝撃波だ。


「きゃあー!」


 ボクはその場にしゃがみ込み、吹き飛んだ窓を見る。

 ガラスの破片は運よくボクの体にはあたらなかったようだ。

 ゆきちゃんもしゃがみながらボクの安否を確認してくれていた。


 二人とも無事。

 急いで変身を終えた二人は、窓から屋上を見上げる。

 そして、天使と悪魔が戦っているのを目視する。

 すると、悪魔が両手に大きな黒い塊を召喚した。

 その黒い塊は人型に変化し、そして先生と同じ翼が生えてきた。


 魔物!?

 先生が……魔物を召喚した!?


 召喚された2匹の魔物は、先生と動きを合わせ、天使のルミンに襲い掛かっている。

 明らかに、あの悪魔は先生の味方にしかみえなかった。


 もしこの場を人が見たら、全員が感じるだろう。

 ルミンこそが正義の騎士だと。


 あれだけお話をし、助けてもらい、救ってもらってきたボクの大好きなゆたか先生なのに、それなのにだ。

 ボクの頭からは先生への疑いが晴れない。


 先生は……悪魔なの?

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