第20話 男でも女でも

「でもね、ゆきちゃん。ボク……ダメな子でよかったかも。だって、ボクにはゆきちゃんがいてくれるから。ゆきちゃんはもう、ボクの中でいなきゃいけない位大きな存在なんだから。

だから……ずっと一緒にいてね。ゆきちゃん、大好きだよ!」


 私の顔を覗き込むあゆみの笑顔。


「こういうとこはじめてなの。だから嬉しいんだ。初めての経験が、ゆきちゃんと一緒なのが嬉しいの。

ゆきちゃんと一緒に積み上げてる感じがして。ゆきちゃんと、どんどん仲良しになって、もっともっとゆきちゃんを好きになっていくんだ。

心がどんどんゆきちゃんで埋まっていくの。それが嬉しくて」


 私の顔を覗き込むあゆみの笑顔。


「私の心の中にはゆきちゃんしかいないの。ゆきちゃんの存在が私には全てなの。ゆきちゃん……愛してる。私の特別な人になって?」


 私の顔を覗き込むあゆみの笑顔。


 浮かび上がるのは笑顔のあゆみ。

 私が否定するなんてまったく思っていないあゆみの屈託のない笑顔。

 私を信じているあゆみの笑顔。

 私に愛をささやくあゆみの笑顔。


 重なる笑顔。


 同じじゃないの。


 男になっても結局、あゆみはあゆみじゃない。

 私を大切に思ってくれて、あゆみの心には私がいっぱい。

 私がいなきゃ生きていけない。


 結局私を恋人にしたいんでしょ?

 私の事を愛してるんでしょ?


 何にも変わってないじゃない。

 男でも女でも、結局同じなのよ。


 私も……同じじゃない。


 あゆみが男でも女でも……結局大事。

 性別は関係ない。

 あゆみは私の大事な宝物。

 私になくちゃいけない大切な物。


 空き教室で泣いているあゆみの姿が思い出される。


「助けて……」


 林に連れ込まれて泣いているあゆみの姿が思い出される。


「助けて……」

「あゆみ!」


 手を伸ばすも、私の手は届かない。

 暗闇の中に遠ざかり、消えてゆくあゆみの姿。

 あゆみを助けることができなかったら……あゆみは私をどう思うだろう。


 目には光を失い、ズタズタに傷ついているあゆみ。

 体の力は抜け落ちて、両足を投げ出し、だらんと木によりかかっているあゆみ。


「ゆきちゃん……大好きだよ」


 不自然に口元だけ笑うあゆみ。

 あゆみは道具なんでしょ?

 ずたぼろにされたあゆみを自分の思うようにすればいいじゃない。


「違う! こんなあゆみなんてみたくない!」


 なんで?

 あゆみは私にとってただの道具。

 大事なのはその器だけ。

 弱いあゆみという器だけ。

 中身はどうでもいいんじゃないの?

 壊れていても、中身はあゆみ。

 何も変わらないわ。


「違う! あゆみには、私を笑顔で見て欲しいの。私には……あゆみの愛情が……必要なのよ! だから……私があゆみを守らなきゃいけないの!!」

 

 視界に光が広がる。

 地面に垂れた手のひらに、何か冷たく硬い感触があった。

 石だ。

 私はその石を握り、自分に覆い被さっている男の顔面を思い切り殴りつけた。


「ぐあっ!」


 たじろいだ男を振りほどき、私は更にその男の顔面を石で殴りつける。

 周囲を見渡すと、私のすぐそばにもう一人の男。

 あゆみを取り囲む男が二人。


「やあーっ!!」


 私は腕を振り上げながら、すぐそばの男を石で殴りつける。

 石が男の下あごにぶつかり、そのまま打ち抜いた。

 倒れる男にさらに追い打ちを入れる。


「倒れなければ、倒れるまで攻撃しろ!」


 先生の言葉が頭をよぎる。

 相手が戦意を失うまで殴る。


「やられる前に攻撃しろ!」


 あゆみの所にいる男達とは、少し距離がある。

 この距離を活用するんだ。

 私は地面の石ころを拾い、男達に投げつける。


「痛いっ!」


 逃げる男達。


「避けられたら、当たるまで攻撃しろ!」


 石でも木でも、拾えるものは何でも拾い、男達に投げつける。


 長めの木の枝を拾い、ゆきは男達に向かっていく。


「あゆみに……手を……出すなぁーっ!!!」


 渾身の力で突くあゆみ。

 突きは男の顔面を捕らえ、男は後ろに倒れこむ。

 追撃も忘れない。

 何度も木の枝で打ち付ける。

 残りの男は走って逃げて行った。


 今のうちにあゆみを助けなければ。

 私は呆然としているあゆみに駆け寄り、抱きしめた。


「ごめんね……ごめんね、あゆみ。こんな目にあわせちゃって……ごめんね」


男達が起き上がる前に、あゆみを連れ出さないと。


急いで散らばっていたあゆみの帯と浴衣を拾い上げ、そのままあゆみを抱えてその場を去る。

林の中をそのまま抜け、人影のない場所まで行き、男達が来ていないのを確認する。

そっとあゆみを降ろし、浴衣を着せてあげた。

最後に、桜の髪飾りをあゆみの頭につけてあげる。


「ほら……これで可愛いあゆみの完成……だよ。もう大丈夫。もう大丈夫だから……ね」


 私は泣きながらあゆみに抱きついた。


「あゆみは……私の大事な大事な……宝物。私には……あなたが必要なの」


 私は虚ろな目をしたあゆみにキスをした。

 その時、抱き合う二人の後ろで花火が打ちあがる。

 花火の光が二人を照らす。

 あゆみの瞳に光が差し込められる。

 その光はゆらりと揺れ、一筋の涙となった。


「ゆきちゃん……」


 あゆみが私を見上げて見つめている。


「ボク……女の子だったよ。だから、ボクを嫌わないで……?」


 私はあゆみを愛おしいと感じた。

 私はあゆみの頭をそっと撫で、自分の素直な感情を口にした。


「あゆみは男でも女でもどっちでもいいの。あゆみは結局あゆみなんだもの。

何にも変わらない、私の大事なあゆみなんだから。嫌いになんかならないわ」


 あゆみは下から手を伸ばし、私の顔に両手を添える。

 私は上からあゆみの顔に両手を添える。


 そして、二人はそっと唇を重ねた。

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