第18話 花火

 今日はゆきちゃんと一緒に花火を見に行く約束の日だ。


 ボクのパートナーであり憧れの人、ゆきちゃん。

 これってデートって思ってもいいのかな?

 キスもしちゃったしね。

 いいよね。


 ボクの人生初デートに決定だ!

 そうと決まれば急いで準備をしなければ。


 肝心の浴衣だけど、これは既に確認済み。

 ピンクの桜の花びらが描かれている可愛い浴衣だ。


 さっそく着替えよう。


 ボクが浴衣の着方を知らないとでも思うのかい?

 大丈夫。ボクは完璧だ。


 まずは……下着は脱ぐんだったよな。

 はいっと。すっぽんぽん。

 うへへ。


 未だに自分の裸に照れてしまう。


 さてと……衿はっと……


 さすがにボクでも知っている。

 男と女で左右どっちが前に来るか変わるんだよね。


 ということで……右が前っと。

 帯はっと……

 帯は……これどうするんだろ。

 ベルトみたいにやればいいか。

 何か結び方とかあるのかな。

 ちょうちょ結びでいいか。

 帯が太くて結びにくいや。


 うーん……胸元がやけに開くなぁ……

 これじゃ見えそうで不安だ。

 まあ、なんとかなるかな。


 ボクは、ピンクの髪飾りを頭にさす。

 桜の花びらの髪飾りだ。


 うわ、歩きにくい。

 これじゃ移動に時間がかかりそうだ。

 早めに行くようにしよう。


 こうしてボクは待ち合わせの駅前まできたのだった。

 花火の会場は、駅からあるいて10分程にある川沿いだ。

 既に花火目的の人達がたくさんきている。

 人込みは苦手だけども、ゆきちゃんが一緒なら怖くない。


 行き交う人々。

 すれ違いざまにボクを見る人が結構多い。

 心なしか、女性の視線も多かった。

 これは嬉しい。

 普段なら男共の嫌らしい視線ばかりだから、女性の視線は新鮮に感じる。


 あ、またみられた。

 笑ってる。

 嬉しいなぁ。

 笑顔は伝播するね。


 ありがとう、通りすがりのお姉さん。

 ボクも負けじと笑顔を送り返す。


 あー今度は男に見られた。

 男はいいんだよ、男は!

 こいつらもボクを見て笑っている。

 嫌らしい視線じゃないだけましか。


 そろそろ待ち合わせの時間かな。

 ゆきちゃんどこかな~。

 後ろからボクを呼ぶ声がした。


「あゆみー。おまたせー」


 ゆきちゃんの声だ。

 わーい。

 

 声の方向を見ると、そこには浴衣を着たゆきちゃんがいた。

 白い生地に水色の花模様。

 綺麗な青の帯。

 髪の毛を上でまとめて青と白の大きな花の髪飾りをしている。

 とっても女性らしくて素敵だ。


「すごい似合ってるよ。ゆきちゃん! とっても可愛い!」


 ボクは興奮していた。

 と、そこでゆきちゃんの表情が崩れた。

 どうしたんだろう。


「ちょっとあゆみ……浴衣……おかしいわよ」


 え? そんな!?

 ピンクで可愛い浴衣だと自分では思っていたのに。

 そんなにおかしかったかな。


「そ、そう……? 自分では結構好きな色なんだけど……」


 ゆきちゃんはそういうと辺りを見回し始めた。


「あそこでいっか」


 そういうとゆきちゃんは強引にボクの手を引いて、女子トイレに向かった。

 ボクは引かれるまま女子トイレに入り、個室に連れ込まれた。

 無理やり個室に連れ込まれるボク。


 ボク……何されちゃうんだろう。

 なんか興奮してしまった。


 ゆきちゃんはドアに鍵をかけると、いきなりボクの浴衣の帯を取り始めた。


「え!? 何するの!?」


 帯を引っ張られてボクはくるりと回る。


「うわ!」


 帯をはぎ取られ、ボクの浴衣の衿元をがばっと開くゆきちゃん。

 そのままゆきちゃんは衿を広げたまま動きを止めた。


 まさか、こんな所でゆきちゃんに浴衣を脱がされるとは思ってもみなかった。

 突然のゆきちゃんの行動に、ボクも覚悟を決めないといけないと思った。


「ゆきちゃんになら……いいよ……」


 胸元を開かれたままゆきちゃんはじっとボクを見つめている。


「あゆみ……」


 ゆきちゃんの声。

 ボクは受け入れるよ。


「いいよ。どうぞ、ゆきちゃん……」


 ボクは恥ずかしくて右下に視線をそらした。


「そうじゃないし! というか……全部間違ってるわよ!」


 ゆきちゃんに怒られた。

 あれ……?


「なんで下着つけてないの? 衿の左右も違うし、帯の巻き方も全然違うわよ!」


 そんなばかな!

 ふと先ほど通り過ぎる人たちの笑う顔が目に浮かんだ。

 そういうことか!

 ボクの浴衣の着方がおかしいから笑われていたのか。

 てっきりボクに幸せの笑みを送ってくれたのだとばかり思っていた。


「下着は……もういまさらしょうがないわね。このままいっちゃいなさい」


 そうしてゆきちゃんはボクに浴衣を着せてくれた。


「ほら可愛いあゆみの出来上がり。桜の髪飾りも可愛くて似合ってるわよ」


 ゆきちゃんに褒められた。

 ゆきちゃんに褒められた自分の姿が気になっていた。

 個室からでて、鏡で自分の姿を見た。


 可愛い。可愛いぞ! これがボク!?

 いや……わかっていた。

 わかってはいたけども。

 この可愛さが今のボクなんだ。

 うれしくてしょうがない。


「ありがとう! ゆきちゃん!」


 ボクを可愛くしてくれて。


「ほんと……あゆみったら……私がいないと本当にダメな子ね」


 ゆきちゃんがボクに向けてくるその笑顔。

 その笑顔にいつも助けられているんだ。

 ボクのゆきちゃん。

 いつもいつもボクを助けてくれる大好きなゆきちゃん。


「でもね、ゆきちゃん。ボク……ダメな子でよかったかも。だって、ボクにはゆきちゃんがいてくれるから。ゆきちゃんはもう、ボクの中でいなきゃいけない位大きな存在なんだから。

だから……ずっと一緒にいてね。ゆきちゃん、大好きだよ!」


 ボクはゆきちゃんに照れながら微笑みかける。

 ゆきちゃんは目を細め、笑顔でボクを見守ってくれていた。


 そうして、二人は花火会場へと歩き始める。

 いつもなら手を繋いで歩いてくれるんだけど、何故かゆきちゃんはいつもより距離を離している。

 手を繋いで歩きたいな……


 二人は歩みを進め、河原に到着した。

 河原の堤防そばの道路には、多くの出店が並んでいた。


「わー楽しそうだね! ボクわくわくしてきちゃった!」


 誰かとこうしたお祭りなんか来たことがなかった。

 初めての体験だ。

 大好きなゆきちゃんとこうした体験ができることを、ボクは本当に嬉しく思う。


「ボクね、こういうとこはじめて。ゆきちゃんはどう?」


 ゆきちゃんは何か考え事をしていたようだ。


「あ、ごめんあゆみ。考え事してた」


 ゆきちゃんに向き、中腰で下からゆきちゃんのの顔を覗き込む。


「こういうとこはじめてなの。だから嬉しいんだ。

初めての経験が、ゆきちゃんと一緒なのが嬉しいの。ゆきちゃんと一緒に積み上げてる感じがして。

ゆきちゃんと、どんどん仲良しになって、もっともっとゆきちゃんを好きになっていくんだ。

心がどんどんゆきちゃんで埋まっていくの。それが嬉しくて」


 本心からそう思う。

 自然とボクの表情も笑顔になっていた。


 すると、突然ゆきちゃんの表情が強張った。

 そして、豹変したかのように、ボクを突き飛ばした。

 突き飛ばされ、ボクはその場に座り込む。


「ちょっと急用を思い出した。帰るね。ごめん……」


 そう言い残すと、ゆきちゃんは小走りでどこかへ消えて行ってしまった。

 どうしたんだろう。

 ボクの言葉に、ゆきちゃんの答えがなかったのは少し寂しかった。

 ボクは何かゆきちゃんを傷つけるような事をいってしまったのだろうか。

 突然の事に、ボクは呆然としてしまう。

 ボクはガードレールに腰かけて、辺りを見回した。


 目の前を通り過ぎる人々。

 みんな笑っている。

 その向こうに茂る草木。

 微かに光を反射してきらめく川。

 川の向こう側では、1台の車が走り抜ける。

 その後ろには電気の明かりがともる家々が立ち並んでいる。

 そしてその上には真っ暗な夜空が覆っている。

 果てしなく広がる夜空。

 ぽつりとただそこに一人たたずむ月。


 そうか、今日は満月だったんだ。

 こんにちは。お月様。

 ボクたち一緒だね。


 今まで月があった場所に花火が打ち上げられる。

 それは月を飾るかのようでもあった。


 そっか……キミは違うんだね。


 花火を見に来たはずなのに、ボクはその花火を見たくなかった。




 おかしいな。一人なのは慣れていたはずなのに。

 涙がでちゃってるよ。

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