第16話 佐倉 ゆき

 「私」は自分が嫌いだ。

 今の自分が自分でいられるのは、彼女のおかげ。

 それなのに、「私」は彼女を否定した。

 自分に自信を持つことができるのは、彼女を守る事ができていたから。


 それなのに―――



 「私」は一年前の出来事を思い出す。




 放課後の学校で、あゆみは5人の男達に囲まれていた。

 中心にいるあゆみは、下を俯き何も言わずにただ耐えている。


「あゆみちゃ~ん。いいじゃん、俺達と遊ぼうぜ~」

「ほらほら~黙ってるとスカート捲っちゃうよ~?」


 一人の男があゆみのスカートを捲り上げる。

 あゆみは手でスカートを抑えようとするが、手は震えてしっかりとスカートを抑えきれない。


「今日はピンクのパンツか~。可愛いねぇ~」


 あゆみはうつむいて、ただただ耐えるしかしない。


「あいかわらずあゆみはいいねぇ」

「俺達のおもちゃだな、こいつは」

「そろそろ例の空き教室に行こうぜ」

「いいねぇ。あそこ誰もこないからやりたい放題だな」

「ほら、あゆみ。いくぞ。大人しく歩け!」


 男はあゆみの腕を強引に引っ張る。

 あゆみは抵抗してその場に立ち留まろうとするが、他の男達が背中を押して引きずって動かそうとする。


「おらおらあゆみ! 大人しく言うこと聞けよ! ああ?」


 抵抗するあゆみを恫喝し、あゆみはビクリと体を震わす。


「いくぞ!」


 あゆみは男達に連れられて無理やり歩かされる。

 空き教室の扉の前まで連れてこられたあゆみを、一人の男が突き飛ばして強引に中に入れた。


「おら、入れ!」


 突き飛ばされた勢いで、あゆみは部屋の中で転がってしまう。

 男達は扉を閉め、扉の鍵を閉める。

 一人の男があゆみを羽交い絞めにする。


「あーゆーみーちゃん。これから俺達とたっぷり遊ぼうね~」


 そう言った男の表情は、嫌らしく醜く歪んでいた。

 他の男子があゆみの両足を掴む。


「た~っぷりと楽しもうぜ~!」


 男達の鼻息が荒い。

 あゆみはただ涙を流して耐えるだけ。

 男性恐怖症。

 いつも男達に迫られ、嫌な言葉を投げかけられる。

 抵抗しても、弱い自分の力じゃ男の力にかなわない。

 抵抗する事で男達の怒りを買うことが怖くてしかたがない。

 ただただ黙って耐えるしかできなかった。


 はやく解放して欲しい。誰かに助けてもらいたい。

 こうした数多くの経緯により、あゆみはそばに男性がいるだけで体が強張って動けなくなってしまっていた。


「さ~て脱がすぞ~?」


 男があゆみの制服のボタンを外し始め、あゆみの肌が露わになってゆく。

 男達の下種な笑い声がする。


「もう嫌……誰か……助けて……」




 「私」は教室で男達に囲まれている女の子を目撃した。

 いつも男達に絡まれているあの女の子だ。


 抵抗すればいいのに、何もせずにただ黙っているだけ。だから男共は調子にのるんだ。自業自得だとすら思う。

 男達はその女の子を無理やり引っ張り、どこかへ連れて行ってしまった。


 うわぁ……あの子、何かされるんじゃないの?

 これはさすがにまずいでしょう。

 こっそり後をつけることにした。

 しばらく廊下を歩いた後、男達が教室に女の子を連れ込んだ。

 連中が言っていた空き教室。


 人が来ない所に女の子を連れ込んでやることなんて一つしかない。

 私が助け出さないと、あの子は間違いなく男達にひどい目にあわされるだろう。


 あの子を助けられるのは、私しかいない……?


 ふと、自分が悪者から弱者を救うヒロインみたいに思えた。

 私は昔からそういった物語が好きで、自分をそういうヒロインに被せてよく想像したりしていた。

 憧れていた。


 私が物語のヒロインになることを。


 だからこの日の私は、何も考えずにこの少女を助けようと決めてしまった。

 男達の後をつけ、扉のしまった教室から女の子を救い出す。

 失敗することすら考えていなかった。

 私まで捕まってしまう可能性だってあるというのに。

 扉を開けて女の子を助け出す。

 ただそれだけしか考えていなかった。

 扉を開けさえすれば、助けられると勘違いしていた。


 扉を開けようと手をかける。

 びくともしない。鍵が中からかけられていた。


 これじゃ女の子を助けられない。どうしよう。


 中から聞こえる男達の卑猥な声。

 はやくしないと間に合わなくなる。


 私はあたりを見回した。

 何かないか。

 この状況を切り抜ける何か。


 そして、廊下に備え付けられている消化器が目に入る。

 あれならば扉を壊せるかもしれない。


 私は消化器を持って、扉を殴った。


 ドン!


 学校の器物を壊していいのだろうか。

 迷いがふとわいて、あまり強く殴れなかった。

 でも……女の子を助けないと、取り返しがつかなくなる。


「やるしかない……! えいっ!」


 私は再び消化器で扉を殴りつけた。


 ドン! ドン!

 木製のドアが少し裂けた。


 もっと殴ればいける。

 今の私はヒロインだ!


 気分がよかった。

 気分にまかせて扉を殴り続ける。


 もう少し!


「とう!」


 バギッ!


 扉が少し開いた。

 どうやら鍵が壊れたようだ。

 これならば……と思い、足で扉を蹴り飛ばした。

 スライドさせて開ければ……と一瞬思ったが、ヒロインの私はドアを蹴り破ってみたかった。

 だから、思いっきり蹴った。

 吹き飛ぶ扉。

 そして、中の状況が目に入る。


 女の子は制服の前をはだけさせていた。

 そして、その周囲には複数の男達。


 私がヒロインだという妄想はそこで消え失せた。

 目の前に広がる現実。

 男達からの視線。

 羽交い絞めにされている女の子。

 男達に両足を捕まれている女の子。


 怖かった。


 さっきまでの気分の良さは一瞬で消え去った。


 どう助けるの?

 私に何ができるの?


 私は手に持った消化器に気が付いた。


 そうだ、これなら!

 私は消化器の栓を抜いて男達に吹き付けた。


「うわ! やめろー!」


 男達が混乱している隙に、私はは女の子を連れ去って逃げ出す。

 二人は廊下を走って女子トイレに駆け込む。

 そしてそのまま二人で個室に入り、扉に鍵をする。


 はぁ……はぁ……


 息の荒い二人の少女は、ゆっくりと呼吸を整えながら、顔を見合わせる。


「はぁ……はぁ……大丈夫だった?」


 女の子はまだ震えていて、答えることができないでいる。


「安心して。私は佐倉ゆき。あなたとおんなじクラスよ。覚えてる?」


 私はできるだけは優しくその女の子に問いかけてみた。


「はい……」


 震える声で返事をする女の子。

 私はその女の子の震える手を取り、優しく手で包んだ。


「教室で連れていかれるあなたを見かけてね……こっそり後をつけてたのよ。あいつらドアに鍵までかけるんだもん。壊すの苦労しちゃった」


 あはは。と私は笑う。


「あ、ありがとう……ございます。助かりました……」


 女の子はなんとかお礼を述べる。


「何もされなかった? 大丈夫?」

「はい。大丈夫……です」

「そう、間に合ってよかったわ。あなた、白木あゆみさんよね?」


 私は震える女の子を優しく抱きかかえる。


「……は、はい」


 私の腕の中には、か弱そうな女の子。

 この子が白木あゆみ。私と同じクラス。

 入学以来、ほとんど会話もしたことがなかった。

 いつもこの子は男達に囲まれているのは知っていた。

 しかし、こんな状況になっていたなんてまったく気づいていなかった。


「あいつら……許せないわ。先生に言いましょう。絶対退学か停学にさせてやりましょう」


 それを聞いたあゆみの体が強張る。


「それは……やめてください。復讐されるの……怖い……」


 私の腕の中で震える一回り小さなあゆみという女の子。


「それに……佐倉さんまで……狙われちゃうかも……」


 私までも男共のターゲットにされる可能性がある。

 あゆみの言葉で、私も恐ろしくなってきた。

 さっきのことで、男達は間違いなく私を疎ましく思うだろう。

 自分一人で男達に立ち向かえるか。

 答えは、無理。

 ついあゆみを助けてしまったが、自分が巻き込まれる可能性を考慮していなかった。


 私まで男達に狙われる……?

 冗談じゃない。


 あゆみには悪いけど、先生に頼るしかなさそうだ。

 先生は魔法少女として有名だ。

 この世界で唯一の魔法少女として、魔物と戦っている英雄だ。

 先生ならなんとかしてくれる。

 復讐される前になんとかしないと。


 こうして、私達は担任の二杜氏ゆたか先生に相談することにした。


 あゆみが男達に襲われかけていたこと。

 私達が襲われるかもしれないこと。

 助けて欲しいとお願いした。




 そして、先生は言った。


 自分を守る力をあげよう。


 自分に自信が持てるように。




 こうして、私とあゆみは魔法少女になった。



 今でも思う。


 あの時、消化器がなかったら。

 担任が別の先生だったら。

 先生が魔法少女じゃなかったら。

 あの時私はどうなっていただろう。


 復讐に怒る男達に襲われた私はきっとこのことを後悔するだろう。


 私は白木あゆみを一生恨み続けることになっていただろう。

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