第13話 やめて! ルミンさん!

 今日は朝から騒がしい一日となった。

 その原因となったのが新たな転校生だ。

 担任の二杜氏先生に連れられて、その転校生はやってきた。


「新しく入った転校生よ。みんな仲良くしてやってね。ほら、挨拶して」


 二杜氏先生が転校生に自己紹介を促す。

 そう紹介されたのは、一人の女の子。

 髪は銀髪で、左側にサイドテールをしている。

 背は150センチメートル位だろうか。

 同じ学校の制服であるブレザーを着てはいるが、胸元を開けて谷間が少し見えている。

 その強調された胸元は、男子生徒達の視線を釘付けにさせるのに充分であった。


「でかいな……」

「すげー……Cいや、Dはあるよな」


 男子生徒たちの呟きが各所から聞こえる。

 顔立ちはとても端正で整っている。

 整ってはいるのだが、ぼんやりとしているその目の為か、かなり幼く見える。


 そして一向に始まらない自己紹介。

 ただただぼーっと突っ立っている少女。


「おい、自己紹介だよ。名前言うの」


 しびれを切らした二杜氏先生が少女の服を引っ張る。


「ゆたか」


 服を引っ張る二杜氏を不思議そうに見て呟く。


「ゆたかちゃんっていうのか。可愛いな」

「先生と同じ名前だ」


 あちこちで声が聞こえる。


「これ全部……友達なのか?」


 少女は呟く。


「そうだぞ。今日からお前の友達だ。名前教えてやれ」


 先生は少女の背中を軽く押す。

 押された少女は1歩前に出た。


「名前……私の名前は……何だっけ?」


 二杜氏先生に振り返る。


「おいおい! 自分の名前まで忘れたのか!? お前の名前はルミンだよ。イシュタール ルミン。しっかりしろー!」


 二杜氏先生が少女の頭をスパーンとはたく。


「あたた……ゆたか……痛い……うぅ~……名前は……多分それ」


 あーもう。と二杜氏先生が代わりに自己紹介を行う。


「こいつの名前は、イシュタール ルミン。ルミンとでも呼んでやって。今見た通り、ちょっとぼーっとしたやつだけど、仲良くしてあげて欲しい。

あと男子! ルミンの胸が少しくらい大きいからって、セクハラとかしないように!」


 ルミンが二杜氏先生の背後に移動すると、後ろから先生に抱きつき、先生の胸を揉み始めた。


「ゆたかは……おっぱい小さい」


 二杜氏先生はその手を振りほどき、ルミンの頭をはたいた。


「余計なことするなー!」

「ゆたか……痛い……」


 少女は頭を押さえて屈み込む。

 ふん。と二杜氏は鼻を鳴らしながら、空いている席を指さす。


「ほら……あそこ。あの空いてる席がお前の席だから。とっとと行け」


 とぼとぼを歩くルミンだったが、あゆみの席の真横まで来ると立ち止まってあゆみの方を見た。

 じーっとあゆみの顔を覗き込むルミン。


「ふ~ん……」


 そういうと、あゆみにぴったりくっついて抱きつく。

 両手であゆみの顔をはさむようにして、自分の方に向ける。

 おでことおでこがくっつくほど距離が近い。

 今にもキスしてしまうのではないかと思えるほどだ。


「この子かぁ~……」


 驚いて硬直するあゆみ。

 するとルミンは、あゆみの顔をそのまま自分の胸に押し付ける。


「むぐっ」


 慌てるあゆみの頭を抱きかかえ、あゆみの頭に頬ずりをしはじめる。

 おおーと男子から感嘆の声があがる。


「俺もあの胸に挟まれたい」


 などと聞こえてきた。

 それを見た二杜氏先生は、猛ダッシュでルミンの横まで走ってくると、頭をげんこつでガツンと殴った。


「ひゃうっ……! ゆたか……痛い……」


 あゆみを解放して、その場にうずくまる。


「大人しくしてろって言っただろ! 普通にしてろ、普通に!」


 二杜氏はルミンの頭をもう一度殴る。


「あぅ……ゆたか……痛いってば……」


 二杜氏は有無を言わさずルミンを引きずって行って、空いてる席に座らせた。


「ここで大人しくしてろ!」


 変な転校生が来たものだ。

 あゆむは今だドキドキが収まらず、紅潮した頬で転校生を眺めていた。




 一時間目の授業が終わり、休み時間になった。


 あゆみちゃんとおしゃべりでもしようかな……

 ボクがそう考えていると、目の前――ボクと机を挟んだ向こう側から何かが見えた。


 何だろう。

 すると、それは少しづつ上昇した。

 人!? 誰?

 その人物は机の下から顔半分だけ出し、ボクを覗き込む。

 転校生のルミンだ。


「これが……あゆみの机……」


 じーっとボクを観察している。


「ルミンさん!? ど、どうしたの?」


 ボクは驚いてルミンを見つめた。

 沈黙。

 ただただじーっと見られている。


「ルミンさん……?」


 すると頭が机の下にひっこんだ。

 ボクが不思議がっていると、ボクの足に何かが触れた。

 ルミンがあゆみの机の下に潜り込んだのだ。

 そしてルミンはボクの両足を掴むと、がばっと開く。


「これが……あゆみの下着」


 足元から声が聞こえる。


「ちょっ!?」


 ボクは慌てて足を閉じようとした。

 すると、ボクのふとももの間に挟まるものが。

 それはルミンの顔。

 ボクの両足に挟まったまま、ルミンはボクを見上げている。


「ルミンさん!? 何してるの! はやくどいて!」


 ボクはルミンの頭を押し戻そうとする。

 抵抗するルミン。


「ほれは……あひゅみにょふとみょみょ」


 何やってるのこの子?

 意味が解らない。

 逃げようにもこの状況は身動きがとれずに逃げられない。

 この奇怪な行動のせいで、周囲のクラスメイト達もボクの周囲に集まってきた。


「あひゅみのふとみょみょ……柔らかくて気持ちがいい」


 ふとももに押し潰されながら呟くルミン。

 周囲の男子の視線が集まる。

 物凄い恥ずかしい。


「ルミンさん、お願い辞めて!」


 ルミンはそのままボクの体を這い上がり、今度は足を開いてボクの太ももに座りだす。

 ボクとルミンは向かい合う恰好となり、ルミンの大きな胸がボクに押し付けられている。


 近い、近すぎる。


 奇行な行動ではあるが、ルミンは物凄い美少女だ。

 ボクが動揺しないはずがない。

 心臓の鼓動が激しく高鳴り、顔が物凄く赤くなっている。


 ルミンの胸とボクの胸が押し付けられる。

 ルミンの弾力のある胸に押されて、ボクの胸は押し潰されている。

 ゴクリ。すごい弾力。

 柔らかさと温かさを感じる。

 これが……本物のおっぱいというものなのか。

 ボクとも違う。

 ゆきちゃんとも違う。

 ゆたか先生とも違う。

 貧乳組のおっぱいしか知らなかったボクが、初めて知る本物のおっぱいの脅威。

 これは凶悪だ。

 ま……負けるものか。

 ボクは……ボクは……

 ボクは……貧乳が大好きなんだ!!

 貧乳こそ至高!! そう、ボクこそ貧乳界のアイドル!!

 貧乳魔法少女だっ!!


 負けるものかと、ボクも胸を張り、貧乳を突き出す。

 弾けるプレッシャー。

 昂るシナプス。

 圧と圧の勝負。

 引いた方が負けだ。

 ここは絶対に譲れない。

 引いたが最後、二度と立ち直れない敗北が待っている。


 この勝負は……ボクだけの勝負じゃないんだ!

 そう……ボクは……あゆみちゃんの心を背負っているんだ!


 負けるわけにはいかない。

 ボクの敗北は、あゆみちゃんの敗北なのだ。

 運命共同体。魂のペア。

 そう、今ボクたちは身も心も一つになったのだ!


 守り抜け! いかに敵が巨大であろうと、我が鋼鉄の鉄板は貫けない!

 お互いの武器と武器がぶつかりあう。

 二人は何度もぶつかり合っては引いてを繰り返している。


 やれる! ボクはまだ戦える!


 突如として、硬い二つ部の先端がボクの鉄板に打ち付けられた。


 なんだ……これは……

 まさか……まさかこれは……!?


 敵は鎧を着けていなかったとでもいうのか!

 防御を捨てた攻撃だとでもいうのか!?


 あたる。あたっている。その鋭い敵の武器が。


 だめだ……この攻撃は防げない……

 ボクの防壁が破られる……っ!



 あぁぁん!!



 ボクの防壁が破られ、ルミンの攻撃に飲み込まれた。


 完全決着。


 ボクのおっぱいなどおっぱいではないと、ルミンのおっぱいが告げている。

 ボクのおっぱいはおっぱいであっておっぱいではなかったのだ。

 ルミンのおっぱいこそが、世界を支配するおっぱいだった。


 ボクは敗れたのだ。完全なる敗北。男性のボクは貧乳が好みだ。しかし女性のボクからすると、これは完全に負けを認めざるを得ない。

 今のボクは女性である。芽生える劣等感。悔しさ。そして切なさ。この差は埋めようがない。

 豆乳をいぢらしく飲み続けている二杜氏先生の気持ちが今ならわかる。

 ボクもはじめよう。豆乳生活。

 でも、二杜氏先生に効果が見られないことから、期待は出来なさそうだ。


 敗北感で自棄喪失状態のボクに、ルミンは情け容赦ない攻撃を繰り返し続けるのであった。


 ぼよよーん。

 ぼよよーん。

 …………


 敗北から時は流れ、2時間目の休み時間。

 ボクはトイレの個室にいた。

 もちろん女子トイレである。

 ふぅ。と一息つきながら用を済ます。


 すると、前方の扉からガタンと音がする。

 何事かと上を見上げると、覗き込む人影。


「きゃぁ!」


 思わず悲鳴をあげてしまう。

 一体何? 痴漢!?

 ボクはまたもや硬直状態。

 よく見ると、扉の上から顔半分だけだして除いている人物に見覚えがあった。


「ルミンさん……何やってるの!?」


 ルミンは扉をよじ登り、個室に入り込んできた。

 何を思ったのか、ボクの上に座り込む。


「ルミンさん!? ここは椅子じゃないから! そういうことする場所じゃないから!」

「ここは……何をする場所……?」


 ルミンが訪ねてきた。

 トイレを知らないとはいくらなんでもおかしすぎるだろう。

 この子は一体どういう生活を送っていたんだ?

 しょうがないから教えることにした。


「ここは……おしっこをする場所よ」

「そう……」


 そう答えると、その場でスカートを捲り上げ、パンツを降ろすルミン。

 そして、再びあゆみの上に座り込む。


「あゆみはおしっこをする場所だったのね」


 意味不明なことを言い出すルミン。

 まさか……

 危険を察知したあゆみは、ルミンをどかそうとする。


「違うから! 私は便器じゃないから!! 人間便器じゃないから!!」


 慌てるボク。

 しかしルミンは動かない。


「あゆみは……そういうのが好きなのかと……思った」


 同時に、ふとももが温かくなった。

 太ももから滴る温水。

 とっさにスカートを捲り上げておいたので、制服はギリギリセーフ。

 でも、半脱ぎで足にかかっていた下着が犠牲になった。

 替えの下着がないので、今日は下着をはかずに過ごすことになってしまった。


 ボクは、今日初めて人間便器になりました。




 それから、休み時間の度にボクの元に現れるルミン。

 その度行われるルミンの奇行。


 椅子に座ろうとした瞬間に、ルミンが座ってその上に座ってしまったり。

 ボクの隣の席の男子を追い出し、ボクの隣に居座り始めたり。

 机をくっつけてきて、授業中ずっとボクの顔を眺めていたり、そうかと思うとボクのふとももをまさぐってきたり。

 廊下を歩けば、いつのまにかボクのスカートを掴んで後ろを歩いていて、知らない間に露出プレイをさせられていたり。

 下着をつけていないのが周囲にばれてしまったり。


 ルミンの奇行は留まることがない。

 その都度ゆきちゃんが助けに来てくれたりしてなんとか収まりがつくのだが、どうしても後手に回ってしまい、ボクが被害にあう。


 ルミンのおかげで、今日は男子からの視線がとても多くて困ってしまった。

 ここの所、はずかしい姿を見られる状況があまりにも多すぎる。

 周囲の男子を見ると、ギラギラした目でボクを見ている。

 ボクにぶつけられる性欲の眼差し。

 周囲の男子はボクのことをどう思っているのだろう。

 変な事考えられていないだろうか。

 どうしようもない恥ずかしさの中で、無理やり育まれてしまった興奮。

 羞恥から育まれる女の子らしさ。

 無理やり開花させられる女の子の心。


 ボクがどんどんボクじゃなくなってきている。

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