第11話 不安の兆し

 サンドウィッチも食べ終え、後かたずけに入った。


「さーて。そろそろやるか~」


 気楽な先生の言葉。

 どういうことなんだろう。そんな都合よく敵が来てくれるのだろうか。


「先生、どうしてここに? まるで敵がここに現れるのは解っているみたいですね」


 不思議だった。ボク達がサンドウィッチを食べ終わるまで、魔物が待ってくれているなんて思えない。

 前回戦った時の魔物は、見境なく襲ってくるようなある意味野獣のような生き物だった。

 魔物が暴れているところに魔法少女が行くのが普通なんじゃないだろうか。

 そんなボクの疑問。


「あー。それね。魔物は『魔法少女のわたし』に惹かれて現れるんだよ。わたしがいないとこには出ないから」


 魔法少女に惹かれて現れるの?

 ボクが一人のときに襲われたらどうしよう。


「先生、ボク怖いです。家には家族もいますし、襲われたら……」


 父も母も妹もいる。そんな場所に魔物が襲い掛かってきたら。しかも、毎回装置は戦闘後に先生に返却しているとのこと。家では変身できないのだ。


「あー心配しないでだいじょぶよ。狙われてるのは『魔法少女のわたし』だけだから。あゆみやゆきは狙われないから安心してだいじょぶ」


 先生はVサインで答えた。


「あゆみ、そこは大丈夫よ。私も前のあゆみも一度として先生といる時以外に襲われたことないもの」


 ゆきちゃんが手を握って安心させてくれた。

 ゆきちゃんが言うならそうなんだろう。

 ゆきちゃんの言葉なら信頼できる。


「わかった。ゆきちゃんを信じてるから」


 見詰め合るボクとゆきちゃん。

 それを冷ややかに見つめる先生。


「ほんじゃまーいっくよ~」


 気楽な掛け声。

 しかしその瞬間、何かを感じた。


 吹き抜ける突風のような何か。

 先生を中心にその何かが広がってゆく感じがした。


 目には見えない何か。

 音も何もない。

 でも確かに感じた。


 そして……魔物が現れた。




「来たぞ。数……50。ちっ、やけに多い!」


 いつの間にか先生の右手には巨大なデスサイスが握られていた。


「あゆみ、武器を出して」


 そうゆきちゃんに施されるまま、ボクも杖を出した。

 ゆきちゃんも手を上に挙げて槍を具現化させた。

 実際に見るのは初めてだ。

 ゆきちゃんはこの槍を使って魔物を倒す。


「先制するぞ! 魔法発動用意!」


 先生が叫ぶ。

 距離は200メートルくらいか。

 多数の魔物が固まって飛んできている。

 あれを遠距離魔法で殲滅させようという作戦らしい。

 ボクも杖を構えて、魔法発動の準備をする。


「あわせろ! 3、2、1、撃てー!」


 先生の号令に合わせて三人は魔法を放つ。


「ヘルフレイム・サイクロン!」


 先生の魔法は炎。

 激しい炎が渦を巻いて解き放たれる。


「アクアローズ・ブラスター!」


 ゆきちゃんの槍の先端から、巨大な水の薔薇が現れる。

 その薔薇から、無数の氷の矢が敵へと襲い掛かる。


「サクラプリズム・バスター!」


 突き出したボクの杖の周りに、無数の桜の花びらが渦を巻く。

 ビーム状のピンクの光、そしてその周囲には桜の花びらが螺旋状に追尾する。


 3人の魔法が同時に敵を捕らえる。

 ドカーン!

 巨大な爆発音とともに、多数の敵が消滅していた。


「ちっ! あれを耐えるか!? 気をつけろ! やばそうなやつがいる!」


 先生が叫ぶ。

 あんな攻撃を食らってまだ生きている!?

 いったいどんなやつなんだ!

 ボクは目を凝らして、生き残っているという敵を探す。


「ゆきちゃん、見える?」

「ううん、私もわからない」


 いったいどんな視力をしているんだ、先生は。


「まさか……あいつか!? お前たちは下がってろ!」


 先生はサイスを振りかぶり、一人で前方へと駆けていった。


 え!? 疾風。信じられない。人間の出せる速さではない。

 ていうか……あれ? 空……飛んでるよねあれ……?


 あっというまに先生はいまだ消えない爆風の中に飛び込んでいった。

 しばしの後、爆風が徐々に収まり、黒い人影のようなものが見えてきた。


「いた! あそこ!」


 ゆきちゃんが叫ぶ。

 ボクも確認できた。黒い人影が二つ。片方は先生だろう。


「どうすればいい? ゆきちゃん」


 となりにいるゆきちゃんをチラリと見る。

 あのゆきちゃんが焦っている。

 目を大きく開き、唇を噛んでいた。

 その表情から、いつになく危険な敵なんだと推測する。


「とにかく近くまで行ってみましょ」


 わかったとゆきちゃんに答えて、二人は走り出す。

 走りながらゆきちゃんがボクに警告する。


「先生があのモードになるほどの敵って、ほんとにやばいから。あゆみはあまり近くに寄っちゃだめよ。巻き込まれるから」

「そうなんだ? というか……空飛べるんだね、先生って」

「うん……一度だけテストで見せてもらったんだ。その時にね、先生が言ってた。『わたしがこのモードを使うほどの敵が現れたら、迷わず逃げろ』って」


 真剣な顔でつぶやく。


「え!? それじゃ逃げなきゃ危ないんじゃない?」


 あんな速度で戦う中に、ボクが行って何ができる?

 逃げた方がいいよね。


「『恐らくその時は、わたしと同格の敵だから』って言ってた」


 先生と同格!? そもそも先生の力がどの程度なのかも知らない。

 でもはっきりわかる。ボクよりレベルが桁違いに高い。それも5倍、10倍どころの差じゃすまないだろう。先ほどとは比べ物にならない程の爆破音の連続。


 飛び交う光の筋。

 そもそも戦闘している姿が認識できていない。

 もうそれくらいの差がボクと先生の間にはある。


「先生って何者……?」


 呆然と空を見上げるボクとゆきちゃん。

 ボクはゆきちゃんの腕にしがみついていた。


 しばらくすると、爆音が鳴り終え、静まり返った。


 ごくり。

 果たして先生は勝ったのか。無事戻ってきてくれるのだろうか。もし、先生が倒されていたらどうしよう。


 ボクとゆきちゃんで戦うしかない。

 やれるのか?

 ボクは……生きて帰れるのだろうか。

 やるしかない。

 ゆきちゃんを守るために。

 いや、逃げるべきか。


「ゆきちゃんを悲しませないで」


 あゆみちゃんとの約束を思い出す。

 どうすることが正解なんだろう。


「私が死んだら貴方も死ぬ。貴方が死んだら私も死ぬ」


 あゆみの言葉を思い出す。

 まずい。

 この命はボクだけの物じゃないんだ。

 死ぬわけにはいかない。

 でも……先生を見捨てて……


「ゆきちゃん、ボクたちじゃ勝てないよ。……逃げよう?」


 ボクはゆきちゃんの手を引っ張って連れ戻そうとした。


「先生を……見捨てて……?」


 グサリと心を貫くその言葉。


「だって……勝てるの? あんな敵に……」


 ボクはゆきちゃんの手を引っ張る。

 ゆきは動かない。

 その場を動こうとしない。


「もし、先生じゃなくて私でも……あゆみは逃げるの?」


 手が震えた。

 ボクは……ゆきちゃんを見捨てて逃げるのか?

 目を強く瞑る。


 ボクは……どうなんだ?

 ゆきちゃんと……一緒に死ねるのか?

 ゆきちゃんを見捨てて生き残るなんて、ボクにはできるのか?


 できない。


 ゆきちゃんが死んでしまうなら、ボクの命もそこまででいい。

 一切の迷いがないのが不思議なくらいだ。

 心の奥から湧き上がる感情。


 ボクは……

 ゆきちゃんのためなら……死ねる!


 ボクはゆきちゃんを抱きしめ、強引にキスをした。

 急な展開に惑うゆき。


「ごめんね、ゆきちゃん。でも、死ぬ前に……どうしてもキスしたかったんだ。大好きなゆきちゃんと」

「あゆみ……」

「一緒に死のう。ゆきちゃん、君がいない世界でボクは生きたくない」


 もう一度キスをする。

 強くゆきを抱きしめる。

 ゆきもボクを抱きしめる。

 ゆっくり唇が離れ、そして呟く。


「一緒に行こう。もうボク、悔いはない」


 振り向くと、人影がこちらに向かってきていた。

 そのシルエットは、人間に蝙蝠のような翼が生えていた。


 悪魔!?

 覚悟はもう決めてある。やるしかないんだ。


「はぁーーー!!!!」


 ボクはサクラプリズム・バスターの構えを取る。

 出力最大だ。

 ここでエネルギーを全部使いきってもいい。


「これが……最後のボクの魔法だ! サクラプリズム……」

「おいこら、先生にその魔法を撃つ気か?」


 目の前に降り立ったのは、二杜氏先生だった。


 あれ……


「人が必死に戦ってるのに、何お前らいちゃいちゃしてんだよ!」


 先生にポカリと叩かれた。

 ゆきちゃんも叩かれた。


 最大出力にまで高めたサクラプリズム・バスターが、その行き場を失う。


 どうしよう。しょうがない。

 ボクはその場で上空に打ち上げた。


 夕闇にそまった夜空に、ピンクの綺麗な光が立ち上る。


「綺麗……」


 ボクは夜空に登る光をみて呟いた。

 何はともあれ、先生が勝ったんだ。


「先生ー! 無事だったんですね!! 本当に良かった……ほんとうに……

悪魔みたいな翼が見えたから、敵かと思っちゃいましたよ! 先生が……先生が負けちゃったのかと思いましたよ!!」


 ボクは先生に力いっぱい抱きついた。


「おい……あゆみ! たく……もう。これは、ちょっと特殊装備なの。エネルギーをいっぱい使うけどね。本物のわたしだから安心しなさい」


 ボクは泣いていた。

 先生が無事だった。

 なによりも……ゆきちゃんとまた一緒にいられる。

 ほんとうに……よかった……


 その瞬間、プツンと装置の電源が落ちる音が二つした。

 音の発生源はボクの右手と、先生の右手。

 この音が意味することは……


 ボクと先生の目と目が合う。

 ボクと先生がまとっていた衣装が徐々に薄くなり……


 そして完全に消えていった。




 ボクは今、素っ裸で素っ裸の幼女を抱きしめている。


 どうしよう……


 ゆきちゃんを見ると、手で顔を隠していた。


 でもね、ゆきちゃん。

 指の隙間から覗いてるの、見えてるよ。


「どうしてお前は毎回わたしにセクハラするんだー!」


 先生が涙目で叫んでいた。

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