第8話 あゆみの学校生活

 青い空に、風で薄く引き伸ばされた雲。

 明るく輝く太陽からは、やわらかな光の帯が伸びる。

 その光は白い家を照らし出し、壁が光を反射させる。

 その家の二階のベランダには雀がとまっており、チュンチュンと鳴き声をあげている。


 ピピピピ……


 雀の後ろで目覚まし時計の音が鳴る。

 その音は部屋の中から鳴っていた。


 その部屋の中は、白を基調とした家具で統一されている。


 白いタンス、白い机、白い椅子、白い大きな鏡、白い小さなテーブル。

 その上に乗っているピンクのクマのぬいぐるみ。

 そしてピンクの布団の中には、ピンクの髪の少女。


「うぅ~ん……」


 目覚まし時計を止めようと布団から手が伸る。

 2度3度、手は宙に空振り、やっと目覚まし時計の位置に止まる。


「ふぁ~……」


 ぼさぼさの髪に、肩までずり落ちたピンクのパジャマ。


「起きなきゃ……」


 のんびりとベッドから抜け出す。

 ぱさり。

 パジャマのズボンが落ちる。

 すらりと伸びた細い足が露わになる。


 色白で透き通った肌。

 細い足首にほっそりとしたふくらはぎ。

 綺麗な膝。

 そしてやわらかそうなふくらはぎ。

 ちいさなお尻に張り付く白い布。

 パジャマの上着もパサリと床に落ちる。


 腰のくびれはそれほどなく、女性らしいというよりは、幼さの残った体だ。

 スリムなおなか。

 ちっちゃなお胸。

 それを覆い隠す布。


 下着姿のまま大きな鏡の前に立つ。

 鏡に移る自分の姿をしばらく眺め、顔を赤らめる。


ゴクリ。


「これがボクなんだよな……」


 両手を自分の胸まで動かし、そこで止める。


「だめだめだめ! こんなことしてる場合じゃない」


 頭を左右に振って、煩悩を打ち消す。

 壁に吊るしてあった制服を手に取り、さっさと着替える。

 部屋から出ようとしてそこで立ち止まる。


「でも、ちょっとだけ……」


 急いで鏡の前まで戻る。

 映し出されたのは制服を着た自分の姿。

 両手でミニスカートの裾を上げ……

 下着が見えそうで見えないところまで持ち上げる。


「やばっ! 破壊力ありすぎ!」


 顔を真っ赤にして部屋から飛び出す。


「はぁ~……朝からなにやってんだボクは!」




 階段を駆け下りてキッチンの手前で立ち止まる。

 こっそりとキッチンを覗き込む。

 キッチンでは母が朝食を作っていた。


 もちろん母は父だった。

 何を言っているのだと思うかもしれないが、こっちの世界では性別が反転している。

 ボクの父だった人が母になっていて、母だった人が父になっている。

 完全に別人に見えるので、違和感が半端ない。


「おはよう、あゆみ。何してるの、そんなところで。早く朝ごはん食べないと遅刻するわよ」


 キッチン前で様子見していたら、母に見つかってしまった。


「お、おはよう……ございます」


 つい敬語で挨拶してしまった。


「あゆみ、ごはん食べる前に、響起こしてきて」


 響はボクの妹だ。

 そう。こっちでは妹ということだ。


「は、はい」


 ボクは階段を駆け上がり、妹の部屋へと向かう。

 妹の部屋はボクの隣の部屋だ。


 扉をそのままあけようとして、思わずその手を止める。

 弟じゃないんだった。

 妹とはいえ、女の子だからね。

 一応ノックくらいはしてあげよう。


 コンコン。


「響~。はいるよ~」


 ゆっくりとドアをあけて、隙間から中を覗き込む。

 妹の部屋はピンクの物が多い。

 机やタンスもピンクだ。


 いた。

 ベッドで寝ている妹が。

 ゴクリ。

 なんだか緊張する。


 起こさないようにこっそりベッドに近寄る。

 寝てる寝てる。

 可愛い寝顔だ。


 ほっぺをつんつんとつついてみる。


 わぁ……ふわふわだ。


 つんつん。


 妹は起きない。


 今度左手で鼻を摘まんでみた。


「ん~……」


 息苦しそうにしている。


 でもまだ起きない。

 さて、どうしたものか。

 口も塞いでみるか。

 空いている右手の人差し指で、妹の唇に触れる。


 わぁ~……ぷにぷにだぁ。


「んんー!」


 息が出来なくてもがいてる。

 可愛い。


「ぷはぁっ!」


 がばっと妹が起き上がった。

 はぁはぁと息苦しそうだ。


「あ、おはよう響」


 寝ぼけ眼でボクを見る。


「はぁ……はぁ……お、おねえちゃん? 私に何かした……?」


 怪しい目で見られてしまった。


「な、何もしてないよ! さあ、学校に遅れるよ。はやくご飯食べよ」


 しまった。気が付かれたか。


「ほんと~?」


 疑い深い奴め。


「ほんとほんと。ほら、はやくはやく」


 そういうと、妹はその場でパジャマを脱ぎ始めた。


「ちょっ……!!」


 ボクは慌てて妹の部屋から飛び出してしまった。

 はぁ……はぁ……落ち着け落ち着け。

 あれは妹なんだぞ。

 とはいえ、女子の免疫ゼロのボクには刺激が強すぎた。

 ゆっくりと深呼吸。すーはー。すーはー。

 ゆっくりと階段を下りてキッチンへと向かう。




 朝食をとっていると、妹がキッチンへと入ってきた。


「おはよー」


 白いシャツに紺のフリルがついたミニスカート。

 小学生の妹は私服登校だ。

 ピンクのランドセルを抱えている。

 小学6年生だから、来年は一緒の中学に通うことになる。

 そうしたら一緒に行くことになるのかな。


 ぼんやりと姉妹そろって通学するイメージを妄想した。


「おねえちゃーん。まってよぉ~」


 パタパタと妹がボクの後ろを追いかけてくる。

 お揃いの制服を着た妹とボク。


「響、おっそーい!」

「置いてっっちゃやだよぉ」


 ボクに追いつき、ボクに抱きつく妹。


「もお。しょうがない子ね」


 妹の頭を撫でてあげる。

 えへへと笑う妹。


「さあ、行こう」


 ボクは妹に手を差し伸べる。

 繋がれた手と手。

 姉妹で手を繋ぎながら桜並木を歩く。


 きゃっきゃうふふ。

 いいかもこれ。

 早く来年にならないかなぁ。


 そんな妄想をしている内に、学校に到着した。

 下駄箱を開けると、何かが入っている。


「何これ?」


 どうやら手紙のようだ。なんでこんなものが……?

 可愛らしい便せん。文字が書いてある。


『白木 あゆみちゃんへ』


 ボクの名前だ。

 これは……もしかして。


 周りをきょろきょろ見回す。

 通学時間だから、人が結構いる。

 急いで手紙を隠して人気のない場所へと走る。

 心臓が高鳴っている。


 もし、想像があたっていたら、これは……


「ラブレター……だったりして」


 生まれて初めての体験。

 やばい、めちゃくちゃ緊張している。

 本当にラブレターなのだろうか。

 中を確認してみよう。

 あ、やばい。

 手が震えてるじゃないか。

 震える手で中に入っている手紙を開く。




『白木 あゆみちゃんへ


突然のお手紙でごめんなさい。


初めて見たときからあゆみちゃんのことが好きでした。


どうしてもあゆみちゃんに伝えたい事があるので、お昼休みに屋上に来てください。


大好きなあゆみちゃんへ』




 ラブレターだぁあああああああ!!!!!!




 やばいやばいやばい!!

 どうしよどうしよ。


 生まれて初めてもらったラブレター。

 人から好きだなんて言われたこと一度もない。

 自分には一生縁がないイベントだと思っていた。


 あ、そうだ。

 一体誰なんだろう。名前は……?


 手紙も便せんにもどこにも書いていない。

 気になる。

 誰なんだろう。


 ゆきちゃん……だったりするのかな?

 それとも別の誰か……?


 どんな子だろう。

 可愛い子だとうれしいな。


 ボクにもやっと彼女ができるかもしれない。

 ボッチ歴14年。

 神様ありがとう!

 ついに、念願の彼女ができました!

 負け組卒業おめでとう!

 なんて幸運。

 今日という日は、ボクにとって一生忘れられない記念日になるだろう!

 お昼休みが楽しみだ。


 気分も晴れやかに教室に入る。

 賑やかな教室。

 わいわいがやがや。


 この中に、ボクの運命の彼女がいるかもしれない。

 いや、もしかすると別のクラスかもしれない。


 どちらにしても、だ。

 今のボクはもう以前のボクじゃない。

 そう、ここにいる君達とは違うステージにいるのだよ。

 ふふん。

 まあ、勝者の余裕ってやつ?


 ボクは優雅に自分の席へと向かう。


 子供っぽくふざけあう男子の横を通り過ぎる。


 フフ。君達はまだまだ子供だね。


 おしゃべりをする女子達の横を通り過ぎる。

 昨日のTVでみた男性アイドルグループの話題のようだ。


 うふふ。そろそろ現実に目を向けようね、キミタチ。


 自分の席に着き、優雅に後ろ髪をふわりとかきあげる。

 そこであることに気が付いた。


 あれ……?

 後ろ髪……?


 あゆみちゃんってツインテールだったよな……


 そうだった。

 昨日お風呂に入った時に、髪の毛をほどいたんだった。

 というか、お風呂を上がった後から髪の毛そのまんまだ。


 カバンから手鏡を取り出して自分の髪の毛を見る。


 ぼさぼさだ。


 朝あれだけ鏡をガン見してたのに、髪の毛は全然目に入っていなかった。


 ブラシ……あった。


 急いで髪の毛をとかす。

 こんなぼさぼさの髪の毛で運命の彼女の前にでるとこだった。


 ツインテールは……たぶん、こんな感じかな……

 あれ、うまくできない。もう一回。

 あれ!? どうやるんだ!? ツインテール!!??

 周囲の女子を見渡す。

 ツインテール……ツインテール……あ、一人いた。

 つかつかとツインテールをした女子の後ろに近づく。


「あ、あゆみちゃんおはよー」


 声をかけられてしまった。


「お、おふぁよう」


 少しどもってしまったが、まあいいだろう。


「どうかした~?」


 首をかしげてこちらを見る女の子。

 名前すら知らない。

 あゆみちゃんと友達なのかすらわからない。


 やばい、どうしようこれ。


「つ、ツインテール……」


 どうやって結ぶのか教えて欲しい。

 そう聞こうとしたが、今までツインテールにしていたあゆみがそんなこといったら不自然だ。

 言葉に詰まった。

 どうしよう。


「ツインテールがどうかしたの?

そいえば今日はあゆみちゃんツインテールじゃないのね。

というか……髪の毛ちゃんととかしてる?

なんか……ぼさぼさだよ?」


 やっぱそうだよね。どうしよう。絶体絶命。

 コミュ力0のボクには、このピンチを脱する力がないのだ。


 そこに救いの女神、もとい救いの幼女が現れた。


「はーい。席ついてー」


 二杜氏先生だ。


 つかつかと教壇まで歩いて行って……そのまま教壇の裏で見えなくなってしまった。

 あいかわらず微笑ましいな、この先生は。

 ボクはそのまま自分の席まで戻っていった。

 教壇をみると、下からにょきっと手が伸びてきた。


「よっと」


 そのまま教壇によじ登る二杜氏先生。

 教壇の上に立ったロリっ子教師は、それがさも当然といった仕草だ。


 ゆたかちゃんかわいーとあちこちから声があがる。

 ゆたかちゃんって呼ばれてるのか。

 結構な人気のようだ。


「はーい、日直ー」


 ゆたかちゃんが日直を呼ぶ。


「起立。礼。着席」


 日直の号令にあわせて朝の礼をする。

 ちっちゃな先生が規則正しく行う一連の礼は、とても微笑ましく見えた。

 でも先生、教壇の上に立つのは礼儀正しくないですよ。


 先生が出席を取り始めた。

 ふむふむ。

 聞き覚えのある名前ばかりだ。

 ボクは先生の呼ぶ名前と、返事をする生徒の顔を確認していた。


 うわーあいつあんな可愛い子になってるのか。

 うっは。あのクラスで人気者の女の子があんなむさ男になってる。

 そういえばあいつはどうなってるんだろう。

 元の世界での親友。


 そう、佐倉有紀。

 ボクの無二の親友だ。


 可愛い女の子になってたりして。

 そろそろ呼ばれるはずだ。


 どれどれ……


「佐倉ゆき」


 先生の可愛い声が教室に響き渡る。


「はい」


 可愛らしく、そしてりりしい声で返事があがった。

 どれ……どいつだ?

 手を挙げて返事をした少女。

 それは……


「え……? うそだろ……?」


 夢に出てきていたもう一人の少女。

 青いロングの髪の女の子。

 ボクが恋焦がれていたもう一人の女の子。


「ゆきちゃん……」


 思わず呟いていた。

 ゆきちゃんから目が離せなかった。

 ゆきちゃんもボクを見る。

 周囲の男子がひゅーひゅーとチャチャを入れていた。

 どうやらゆきちゃんとあゆみちゃんとの関係は、クラスのみんなには周知のようらしい。


「白木」


 顔を真っ赤に染めるボクとゆきちゃん。

 恥ずかしそうにゆきちゃんは前を向く。


「おい白木! 朝から楽しそうだな!」


 いつのまにかボクの横まできていた先生に頭を叩かれた。

 当然つま先立ちだ。可愛い。


「きゃふっ」

「きゃふっじゃないだろ、返事はどうした?」


 ぽこりと更に頭を叩く。


「ひゃ、ひゃい」


 変な返事をしてしまった。

 先生はしばらくジロリと睨んだ後、そのまま教壇へと戻っていった。

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