第7話 ボクのパートナー

 ボクは今、生まれて初めての大イベントを体験している。

 今朝とは打って変わって、とても幸せな気分だ。

 何を隠そう、ボクは!!

 女子と手をつないでいるのだぁぁ!!!

 放課後の人気の多い廊下を、美少女と手をつないで歩いている。

 あぁ……こんな幸せってあっていいの?

 柔らかい手。

 女の子の手ってこんなに柔らかかったのか!


 世紀の一大発見にボクの興奮は高まるばかりである。

 もちろんお相手はゆきちゃん。

 今日の授業もすべて終わり、二人で二杜氏先生のいる理科実験室に向かっているところだ。

 鼻の下を伸ばして、顔を真っ赤にしながらゆきちゃんと廊下を歩く。

 ちらりとゆきちゃんを見ると、心なしかゆきちゃんも頬を赤らめて笑顔が見える。

 ゆきちゃんを眺めていると、ゆきちゃんもこちらをチラリと見た。


 二人の目が合った。

 慌てて二人とも視線を前にそらして、更に頬を赤らめる。


 これだよこれ。

 ボクが夢で見たシーン。

 相思相愛。きっとゆきちゃんはボクに恋してるに違いない。


「あゆみ……」


 ふいにゆきちゃんに名前を呼ばれた。


 違う。ボクの名前はあゆむだ。

 あゆみは、今のボクの体の名前。

 今は元いた世界にいるボクのペアの名前だ。

 ゆきちゃんに「あゆむ」と呼んで欲しい。

 その恋する目を『あゆみ』じゃなくて、『あゆむ』に向けてほしい。


 でも、今のボクはあゆみなんだ。

 ゆきちゃんの心にいるのはボクじゃなくて、あゆみの方だ。


 そう思うと、急に悲しくなってきた。

 ゆきちゃん、今のボクはあゆみじゃない。

 元男のあゆむなんだよ。

 それでも君は、その瞳をボクに向け続けてくれるのかい?


 不安。

 そう……元男のボクには、何にもない。

 女の子とろくにおしゃべりもできないダメ人間なんだ。

 こんなボクに、親しくし続けてくれるはずがない。

 それなら……ボクはあゆみになろう。

 ゆきちゃんの隣に相応しい女の子になろう。

 ボクは、君と一緒にいたいんだ。

 ずっと夢見ていたんだ。

 だから……ボクは心もあゆみになりきろう。

 まずは、その第一歩からだ。


 ボクはあゆみ。

 ボクはあゆみ……

 ボ……私はあゆみ。


 そう。私は女の子のあゆみ。


「なあに? ゆきちゃん」


 心に決めた覚悟のもと、造った笑顔でそう答えた。

 ぴくりとゆきちゃんの手が動いた。


 二人はそのまま無言で理科実験室へとゆっくり歩いた。



 理科実験室の扉をたたき、私はしずかにドアをノックした。


 トントン。


「失礼します」


 ゆきちゃんと二人で室内に入る。

 二杜氏先生は、椅子をくるりとまわしてこちらを見た。

 そしてそのまま、繋がれた二人の手に目を動かした。

 しばしの沈黙。


「おい、ゆき。そいつ中身男だぞ」


 つないだ手がピクリと動く。


「わ、わかっています……」


 ゆきはそういうと、つないだ手に再び力を込めた。

 二杜氏先生の冷たい目があゆみに向けられる。


「しかもこいつ……相当なセクハラ野郎だぞ」


 ゆきは思わず手を放してしまう。


 やめて先生!

 私はさっき覚悟を決めたばかりなんだよ!

 女として生きようと!


「こいつに何回も抱きつかれたり、おっぱいもまれた」


 ゆきは思わずあゆみから1歩横に遠ざかってしまった。


「ち、違うんです! 誤解です!!」


 あわてて言いつくろうにも、時すでに遅し。


「思いっきりほおずりされた」


 なんで今ばらすのか。

 目の前が真っ暗になった。


「あんまりだ……」


 あゆみは呆然となってしまった。


「あんまりなのはそっちだろ! ゆきはセクハラされなかったか?」

「あ……はい」


 小声でゆきが答える。


「ゆきちゃんにそんなことは絶対にしません! あゆみとも約束したんです。絶対に泣かせるようなことはしないって! だから……ゆきちゃん、信じて!」


 心の底からの声だった。

 嘘偽りのない本心だ。


「どうだか。少なくとも、わたしを見る歩の目はいやらしさでいっぱいだったぞ」

「それはその……なんというか……誤解というか……」

 本当のことだから何も言えなかった。


「誤解というかなんなんだ? ん?」


 先生の容赦ない突っ込みがくる。

 これはいけない。

 始まる前に終わってしまう。

 ゆきちゃんとの青春が終わってしまう。


「先生とゆきちゃんは別なんです!」


 思わず言ってしまった。


「は~ん? 何が別だっていうんだ?」


「せ、先生は……幼くて……可愛らしくて……ついその……保護意欲が掻き立てられるというんでしょうか……だから……つい……」

「まあな。みんながわたしの可愛らしさに感情を抑えきれないっていうのは事実だ。まあ、今までのは忘れてやろう。でももうやるなよ!」


 あ、許してくれそうだ。

 もしかして、褒めたから喜んでるのかな?


「先生はとっても可愛くて、素敵です」


 もうちょい押してみよう。


「そ、そうだろ? えへへ。歩もそう思うよな。しょうがないやつだなぁ」


 あ、やっぱそうだ。

 この人ちょろい。


「そうなんですよ、先生。だから、つい抱きしめたくなるのは、先生が素敵で可愛いからなんですよ!」

「そ、そうなのか? しょうがない奴だなぁ。まあ……ちょっとだけなら許してやるか」


 これでまた先生に抱きついてもよさそうだ。

 こっちは問題解決だが……一方のゆきちゃんの方は……

 ちらりとゆきちゃんを見ると、冷たい目で見つめられていた。


 これはまずい。


「ゆ、ゆきちゃん! 安心して! ゆきちゃんにはそんなことしないから!」


 信頼して欲しい。

 君には疑いの目で見てほしくない。


「先生にはするの?」

「し、しないよ!」


 するわけがない。

 しないはず。

 たぶん。


 ちくしょう! ロリっ子先生め!

 今度お返しにいっぱい抱きついてやる!


「まあいい。とりあえずこれでも飲んで落ち着け」


 二杜氏先生は、机に並べていた紙パックのジュースをあゆみとゆきにぽいと投げる。

 豆乳だった。

 二杜氏先生は、ストローを指してちゅうちゅう飲み始めた。


「あいつは貧乳こそ至高とかほざいてるが、そんなのは女の身からしたら冗談じゃないからな。飲んどけ。豆乳は女子の味方だぞ」


 どうやら先生は貧乳にコンプレックスをもっているらしい。

 ボクはそのまま視点を下に向ける。

 そこにあるのは自分の胸。

 男の体のときよりは、たしかに胸は出ている。

 しかし、大きくはない。むしろ小さい。


 これはこれでいいのだが……

 あっちのあゆみちゃんはどう思っているんだろう。

 飲んでおいてあげるか。

 ズ……


「それで、今日来てもらった理由だが……」


 二杜氏先生が2つ目の豆乳を取り出しながら話し出す。


「きたばかりのあゆみにこっちの世界のことを説明してやろうと思ってな」


 ありがたい。

 まだこっちの世界のことを何もわかっていない。

 とはいえ、見た目は前の世界とまるっきり同じで、建物の位置まで同じだってこと位だ。


「基本的には、あっちの世界とは同一だと思っていい。人間の性別が反転している同一世界だと思っても構わないだろう。ただし、こっちの世界にはそっちにはない物がある。それが『魔法』と『魔物』だ」


 昨日の戦闘が思い出され、思わず背筋に寒気が走る。


「こっちの世界は、因子の数が倍以上多い世界なのね。

その余計な因子が何に使われているかって言うと、魔素と呼ばれているエネルギー物質に使われているの。

通常、マイナス1とプラス1が融合することで0、つまり『無』へと帰還するんだけど、マイナス1とマイナス1とプラス1が絡み合って消滅しない『有』に固定されるの。

そうすると、本来元に戻って無へと帰するはずだったプラス1があまっちゃう。逆もあるけどね。

世界を構成する物質はそういった有が基本となっているんだよ。わたしも君たちも有の集合体なんだよ。


じゃああまってしまってはじかれてしまったものはどうなるか。

量子状態のその余った因子は、ペアを求めて次元を超える。

本来のペアがいるべきはずのこの世界へ。


しかしこの世界に来ても、本来戻るべきペアがいるとは限らない。

他の有へと固定されてしまい、はじかれてしまうものもでる。

単体であまってしまうもの、ペアを持たない因子、それが魔素の正体なの。

その魔素が集まることで『魔物』が生まれるのよ。


魔物にはペアがいない。だから、あっちの世界には魔物がいないの。


そして、本来ならペアとなるべき相手がいるはずなのに、相手に出会えない。

出会えない同士が組み合わさってできたものが魔物。


だからね、本質的に『はぐれもの』の魔物は憎んでいるんだよ。

本来のペア以上の因子を所持する人間を」


 む……難しい。


「ペアがいないからペアがいる人間を憎んでいるってことですか?」


 うんうんとロリっ子先生は頷く。


「まあそんな感じ」


 ふーん……よくわからないけど、そんな感じらしい。


「そういった魔物を倒すのがわたし達魔法少女の役目なのよ」


 先生は人差し指を唇にあて、ウインクする。


「先生、人間のまま次元を超える方法はまだ見つかってませんか?」


 横にいたゆきちゃんが先生に質問をしはじめた。

 人間のまま次元を超えるだって?

 そんなことも研究してるのか。


「悪いな、ゆき。基本的な理論はできあがってるんだけど、移転時の負荷耐性にまだ問題が残ってるのよ」

「そうですか……」


 ゆきはがっかりして俯く。


「そうがっかりしないで。そう長くはかからないから」


 先生はゆきの頭をなでようと背伸びをするが届かない。

 あきらめてゆきの肩をぽんぽんと叩く。


「それはそうとあゆみ」


 くるりとボクの方に振り向く先生。


「やっぱ戦闘怖い?」


 ボクは先生に連れられて、初戦闘を経験した。

 でも、戦闘などとはとてもいえるものじゃなかった。

 ボクは怖くてただそこにいただけ。

 実質的な戦闘は、全部先生一人でやっていた。


「は、はい……怖くて何もできませんでした」


「怖くて何もしなければやられるだけ。

じゃあどうする? 戦闘中に考える? そんな時間ないよね。

他になにができる?

何もできない、思いつかない。


ならどうする?

だったら、やることは一つ。

何も考えずに攻撃する。

以上」


胸を張って言い切る先生。


「考えるな。

敵より先に撃て。

避けられたら、もう一度撃て。

当たっても倒せなかったらもう一度撃て。

敵にやられる前に撃て。


あゆみに今出来るのはそれだけでしょ?

何か戦闘術でも身に着けてるの?

戦闘を有利にする戦術とか知っているの?


ないでしょ。だから撃て。それだけ!」


 先生はそういうと、ボクのお尻をパンと叩いた。


「は、はい。やってみます」


 考えずに撃てかぁ……


「んじゃ、今日はこれでおしまい! 明日の放課後は戦闘にいくから覚悟しておくように!」


 こうしてボクとゆきちゃんは理科実験室を後にした。


 その帰り道。


「あゆみ……ううん、歩君。ちょっといい?」


 ゆきちゃんに声をかけられた。


「なに? ゆきちゃん」


 ゆきちゃんがボクを見つめている。

 でも、その瞳はさっきの目とは違う。

 真面目な目だ。


「先生のさっきの話、おかしいと思わなかった?」


 え?

 おかしい所……?


「おかしな所って?」


 難しくてよくわかっていないのが正直な所。


「ううん。それならいい」


 ゆきちゃんはそれだけ言うと、すたすたと歩き始めた。

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