第5話 魔法少女として

「そっちに1匹行ったよ! あゆみ!」


 赤と黒の衣装をきた魔法少女は、巨大なデスサイスで目の前の魔物を切り倒す。

 全身灰色で人型をした魔物。

 その背には蝙蝠のような翼が生えている。

 異様に大きな赤い目。

 その目に一人の少女が映し出される。


「キシャーーッ!!」


 牙の生えたその口を大きく開けて、涎を撒き散らしながらピンクの魔法少女へと襲い掛かる。

 ピンクの少女は身動きができないでいる。

 恐怖。

 足がすくみ、手は震え、口は力なく開かれている。

 恐怖に歪んだその顔は、涙が零れ落ちていた。


「うぁ……あぁ……あぁぁ……」


 あの牙に噛み付かれる。

 そう思った瞬間、見ていられなくなった。

 両目をつぶり、手に持った杖で体を庇う。

 その瞬間、目の前で爆発音がした。


 助けて……!


 爆風で飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。


 やられた!


 もうお終いだ!


 せっかく魔法少女になれたのに……せっかく女の子になれたのに。

 何もできずにすべてが終わってしまった。

 こんなに怖いと思わなかった。

 『戦う』というリアル。

 命を懸けた戦闘がこんなに怖いということを知らなかった。


 ごめんねあゆみちゃん。

 ボク何もできなかったよ……

 ごめんね……

 ごめんね、ゆきちゃん……

 そういえば、ゆきちゃんにもまだ会ってなかったな……

 ごめんね先生……

 あんなに可愛いと思わなかったよ……

 セクハラしてごめんなさい……


 セクハラといえば、まだまともに女の子になった自分の体も見てなかったな……

 あんなことやこんなこと……したかったな……

 あーそういえば……スカートって初めてはいたけど、予想以上に恥ずかしいや。

 足がスース―して冬は寒そうだな……

 女性もののパンツって履き心地が全然違うんだな……

 あれは慣れるまで大変そうだなぁ……

 ブラジャーもなんか違和感があったなぁ……

 でも、ちっちゃい胸を無理やり寄せてあげて出来る谷間……

 いやぁ……最高だったなぁ……


「もう終わったぞあゆみ。いつまで寝てるんだ?」


 目を開けると、ボクのおなかに幼女が座っていた。

 幼女はボクの顔を軽くぺちぺち叩きながら覗き込む。


「大丈夫か?」


 何が?

 あーそうか。ボクは魔物に襲われて、現実逃避をしていたのか。


「怖かったです! 先生!!」


 ボクはさっきの恐怖を思い出した。

 怖かった。

 立ち竦んで、体がまともに動かなかった。

 だから、先生にぎゅっとしがみついた。

 そのまま押し倒して、自分の顔を先生のほほになすりつけて泣いた。


「怖かったよー。先生可愛いよー」


 恐怖と変な感情が混ざり合い、軽くパニックになっていた。


「やめろっ……! はなせっ……こらっ!」


 じたばた暴れるロリっ子先生を、更に力を入れて抑え込む。


「ありがとうございます、先生!」

「やだっ……!! 離せってばー!!」


 体をくねらせてもがくロリっ子。

 それを上から押さえつけて、頬をすりすりするピンクの少女。


「ありがとうございます。ありがとうございます」

「やめてぇー!」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

「助けてぇー!」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

「離してぇー!」


 涙目のロリっ子に抱きつき、感謝の言葉を繰り返すツインテールの少女。

 しばらく二人の攻防が続いた。


「ごちそうさまでした!」


 ボクは素直な感謝を先生に告げた。


「お前は何に感謝してるんだよぅ……」




 幼女の前で正座をしている少女。

 涙目の幼女にお説教されている。

 まったく情けない。

 恥ずかしいったらありゃしない。


 そんな14歳の中学二年生。

 それがボク、いやワタシ。

 白木あゆみ(♀)


 今日から魔法少女、はじめました。




 軽く魔法少女のチュートリアルを、先輩であり先生であり幼女である二杜氏ゆたか(30歳)から受け、基本的な決め事を終えた。

 まず、魔法は大地属性という設定にした。

 魔法のエフェクトは花びら。桜の花びら。


 可愛らしいでしょ?

 なにしろボク、美少女だから。


 花びらが舞って、敵に攻撃するというイメージ。

 可憐なボクにはぴったりだよね。

 武器は迷ったけれども、杖にした。

 これはボクの中にあったイメージで、ボクの中ではボクは魔法使いだから。


 よくオンラインゲームとかやるときは、いつも選ぶ職業が魔法使い。

 だから、ボクは魔法使いなんだっていうイメージがずっとあったんだ。


 変身シーンは、ピンクの桜の花びらが舞い乱れ、花びらが集まってピンクの衣装になるようにした。


 人前で変身するのはとっても恥ずかしいね。

 変身する前は、きょろきょろ周囲を見回して、人がいないか確認してからだったよ。

 とはいっても、先生には見られてたけどね。


 一度変身モードを発動させると、変身シーンがしばらく続くんだよ。

 はずかしさからか、やたらとその時間が長く感じられるんだ。

 全裸になっているときに誰か人が来たらどうしよう、ってどきどきして興奮しちゃった。


 とはいってもね、実は変身するまえから本当は裸なんだけどね。


 先生いわく、「見えないから裸じゃないもん!」を自分にも言い聞かせてやってみたよ。


 本当は裸なんだ。

 電池がいきなり切れたらどうしよう。

 人込みの中ですっぽんぽんになっちゃう。


 本当にわくわくどきどき新世界だったよ。

 癖になっちゃいそう。

 ボクが美少女だっていうのが更に興奮を掻き立てるんだ。


 みんなも是非やってみてほしい。


 おいで、こっち側に。

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