第2話 もう一人の自分

 パラレルワールドで魔法少女になってくれ。

 担任の先生に呼び出され、そんな言葉を言われたら誰だって驚く。

 何を言っているんだ? と冷ややかな目で見られるだろう。

 実際ボクもそうだった。

 でも……1枚のイラストが、その言葉の真実を物語っていた。

 少し前まで毎日夢に見ていた少女。

 それがもう一人の自分で、本当に存在しているという。

 本当にボクは魔法少女になれるのか?

 だってボクは男だぞ?


 でも……ボクは……魔法少女になりたかった。




「良く決断してくれた! 本当に助かるよ」

「先生、でもどうやってパラレルワールドに行くんですか? それに……ボク……男ですけど」

「パラレルワールドに行くというのはだね、実際には行くのではない。パラレルワールドの君と、あっちの世界の君を入れ替えるのさ」

「そんなことができるんですか?」

「出来るとも。鍵は『夢』さ。ある特殊な方法で入れ替えは実現できる。この手法を発見するまで、長い年月がかかったがね」

「大発見じゃないですか!? ノーベル賞物ですよ!」

「とはいってもね、出来る人は限られている。使えるのはあっちの世界で魔法少女の資質を持っている人だけなんだ」

「そうなんですか……ってあれ? もしかして先生も……?」

「ふふん。その通り。何を隠そう、ボクの『ペア』も魔法少女なのだよ」


 鼻息を荒くして答える担任教師。

 無精ひげを生やしているこのおっさんが魔法少女?

 二杜氏先生がフリフリの衣装を着ている姿を想像する。

 正直冷ややかな笑みを隠すことはできない。


「ははは……」

「歩君!! 笑っているがね、ボクのペアの魔法少女はとってもキュートなのだぞ!」


 機嫌を悪くする二杜氏先生。


「まあ、やり方はこうだ。夢の中でペアの魔法少女に頼む。それだけだ」


 頼む……? 何やら機械を使って行くとかそういうのじゃないのか。

 完全にあっちの魔法頼みだ。少しがっかりした。


「何か大発明でもしたってわけじゃないんですね」


「そんなことはないぞ! 量子が二つの世界を行き来している事実を利用してね、お互い『夢』を利用してリンクさせるんだ。

夢同志が特定以上の強度でリンクできれば、そのリンクはワームホールになる。

座標位置の固定にもなるしね。

脳の記憶をデータ化して、二人のデータを交換するわけだ。

毎日毎日、ボクとペアの二人であれこれ試行錯誤をした結果なのだぞ!」


「え? 会話できるんですか?」

「君はできないのかね? ふうむ……」

「実は……会話できないどころか、音はさっぱり聞こえないんです。最近はその夢すら見なくなっていて……」


 もしかしたら、ボクは向こうの世界に行けないのかもしれない?

 嫌だ! ボクも行ってみたい!

 ボクは熱っぽく懇願する。


「先生! 何とか出来ませんか?」


 ボクは女の子になりたいんだ。

 背は小さくて胸の小さい女の子になりたいんだ。


「ふうむ……恐らく原因はあれだろう……向こう側からアクセスさせれば……いや、しかしあの子が……むぅ」


 二杜氏先生は、独り言をぶつぶつ言いながら考える。

 その姿をただ黙って見ているしかない。

 お願い、先生。何か方法を見つけて!


「まあ、やってみるしかないだろう。今夜頼んでみるよ。会ってくれればいいが……」




 そうしてその日の夜―

 いつもより念入りに体を洗った。

 別に体が行く訳ではないとは聞いているけれども、なんとなくそんな気持ちだった。

 早く会いたい。ボクが魔法少女になれるかもしれない……

 そんな気持ちで気分が高揚していた。

 こんなに落ち着かないのは初めてだ。

 遠足だって、前日にはちゃんと眠れていた。

 あぁ……楽しみだ。

 ボクが魔法少女になったら、何をしよう。

 ブルーのあの子と……ちゃんとお話しできるかな。

 やばい、女子との会話ってどうすればいいんだ?

 完全に女子との接点がなかった自分が嘆かわしい。

 何か会話のネタはないかな。

 天気の話だ。そうだ、多分そういう話から入ればいいんだろう。

 後は……趣味の話とか。

 ボクの趣味……アニメ、ゲーム、漫画……

 やばいだろこれ!

 こんな話じゃあの子と会話できないだろうが!

 まずいまずいまずい!

 何か話題……何か……何かないかー!?

 …………

 やばい……ボクって何もないや……

 どうしよう。こんなんじゃ嫌われちゃうよ。

 …………


 ――朝が来た。

 結局、眠ることができなかった。

 徹夜だ。

 興奮が焦りに代わり、恐怖になった。

 だめだ。まだ準備が出来ていなかった。

 まだ会うわけにはいかない。

 悲しいまでに何もないボク。

 どうやってこんなボクがあの子と話せばいいんだ。


 悩み続けてその日の夕方。

 二杜氏先生から呼び出しを受けた。

 昨日と同じく、理科実験室のドアを叩く。

 扉を開けると、昨日と同じく二杜氏先生がいた。


「失礼します」


 こちらに振り向く二杜氏先生。

 あれ? 無精ひげが剃ってある。

 服装もいつもよりおしゃれだ。


「いらっしゃい。歩君。こっちでは初めましてね」


 は? いきなりの女性言葉に戸惑う。しかも思いっきり先生の声だし。


「え? 初めましてってどういう……?」

「あっれ~? 全部説明したって聞いてたんだけど?」


 ぷくーっと頬を膨らます先生。

 全然可愛くない。むしろきもい。

 しかし、そのギャップが閃きへと繋がった。


「もしかして!? 入れ替わってる!?」

「そうそう! なーんだ。わかってるじゃん。よかったー!」


 といいながら、いきなり先生がボクの頭を思い切り叩く。


「痛っ!」

「何で昨日は寝なかったの? みんなでずっと待ってたんだよ?」

「へ? 待ってた?」

「せっかく苦労してあゆみちゃんを説得したのに。全部パーよ!」


 バシバシと頭をはたかれる。


「ご……ごめんなさい!」

「何でこなかったの?」

「その……なんというか……ボク……自信がなくて……」

「大丈夫よ! みんな最初は初心者なんだから。わたしが1から教えてあげるから! 慣れれば簡単よ! 魔法なんてイメージよ。イメージ」

「あ……いえ、そうじゃなくって……いや、そっちもそうなんですけど、何を喋ればいいのか、とか……女の子と上手に話す自信がなくって……」

「そんなの大丈夫よ。自然でいいの。変に気負わなくていいって。みんなわかってるから大丈夫よ」

「それに……あっちの世界のボク……彼女の気持ちはどうなんですか?」


 そう。入れ替わるといっても、あっちの彼女はどう思うんだろう。

 ボクは男だ。

 彼女がいきなり男の体に入ったらどう思う?

 しかもこんな冴えないボクに……


「うん、その辺も理解した上であゆみちゃんは了解してるわ」


 あゆみちゃん……

 そうか、あの子ってあゆみっていうのか。

 ボクの夢はいつも無音。

 だから会話も何を話しているのかわからない。

 それでもわかる。

 あゆみちゃんと、もう一人の彼女のただならぬ間柄を。


「それに……長い髪の……ブルーの服の女の子は……どう思ってるんですか?」

「あぁ……ゆきちゃんね。まぁ……あの子はダイジョブでしょ。たぶん」


 ゆきちゃん!

 ゆきちゃんていうのか!

 そうか……あの子の名前はゆきちゃんっていうんだ。


「それならいいんですけど」

「とりあえず、今日は早めに寝ること! わたしがあっち側からあゆみに言って、君にアクセスさせるから。

あとはあゆみの言うこと聞いて。それでOK!」


 なんか……この人、随分と雑だな……


「それじゃあっち側で会いましょっ」


 そういうとボクの背中をぽんぽんと叩いて、部屋から追い出した。



 徹夜の次の日ということもあり、ボクはあっという間に眠った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る