パラレルワールドでボクは魔法少女だった

sorano

第1話 夢の中の少女

 真っ暗な世界。

 静寂に包まれた無の世界。

 一点に小さな、そして微かな無の揺らぎが生じる。

 やがて無の揺らぎは二つに分かれ、光を帯びはじめる。

 その光は徐々に広がり、ぼやけたビジョンを映し出す。

 次第に揺らぎは収まり、はっきりとした映像へと変わる。

 緑で生い茂った木々。

 その木々を背に、一人の少女がいる。

 少女の像がくっきりと映し出される。


 整った顔立ちの長い髪の少女。

 彼女の青い衣装は、フリルが用いられた可愛らしい服。

 背は自分よりは少し高いが、全体的にいうと低い方だろう。


 彼女はずっとこっちを見つめている。

 緊張しているのが見て取れる。

 長い沈黙。

 彼女の目がそわそわと泳いでいる。

 頬を赤らめ、しきりに何かを言おうとして、そして言うのをやめる。

 深く深呼吸をする彼女。

 意を決したのか、その思いを口にする。


 しかし、その声は聞こえない。

 彼女の目は潤み、その表情からは、決死の覚悟が伺える。

 次の瞬間、彼女の表情が一気に崩れた。


 泣いている。

 何かを叫んでいる。

 手を伸ばして、訴えかけている。


 彼女に背を向け、次第に世界は再び静寂の闇へと戻っていった。




 ボクは白木 歩(しらき あゆむ)

 いたって平凡……ではなく、まさに底辺を這いずり回る中学二年生だ。

 女の子には全然もてない。

 人生負け組のボクは、これまた同類の友達と一緒に深夜アニメの話題をする。

 周囲の女子の視線など気にもしない。

 学校での日々は退屈で、深夜アニメとゲーム、それと夢がボクの楽しみだった。


 この日も授業が終わった教室で、やることもなくうなだれていた。


「どうしたんだ歩(あゆむ)?」


 友達の有紀が話しかけてきた。

 ボクの名前は白木 歩(しらき あゆむ)

 こいつは友達の佐倉 有紀(さくら ゆうき)

 女みたいな名前だけど、男だ。

 周囲からは、ホモだちのあゆむとゆうきと言われている。それくらい仲がいい。

 しかし、周囲の意見とはうらはらに、ボク達の会話はしがない内容ばかりだ。

 やれ今期のアニメは何が面白いとか、あのゲームの登場人物が可愛いとか。


「あぁ。ずっと毎日見ていた夢が気になってね」


 そう。最近ボクは夢を見なくなっていた。少し前までは毎日のように見ていたあの夢。

 またその話か、と有紀は肩をすぼめる。


「例の歩が魔法少女になる夢か。夢とはいえ、可愛い女の子になって百合百合生活なんてうらやましいね」


 少し前ならば、そうだろう。と得意げに話していた。しかし、今は違う。


「それがさぁ、ここ最近全然見なくなっちゃったんだよな。はぁ……」


 歩は机にうつ伏せ、ため息をこぼす。


「現実を見ろってことだよ。現実を」

「こんな寂れた現実をかい?」

「そうそう。いつまでも夢なんて見てないで、現実を見据える時期が来たんだよ」

「現実なんてクソゲーから早くログアウトして、別の素晴らしいゲームにログインしたいよ」

「俺もそのゲームにログインさせてくれ。それで俺も今度こそは可愛い魔法少女になる!」

「頼むから、ボクの世界にまで勝手にログインしないでくれ」

「つれない奴だなぁ」


 そう、ボクはつい先日まで、夢で二人の少女の夢を見ていた。

 一人はピンクのフリフリの衣装を纏ったツインテールの小さな少女。

 もう一人は、ブルーのこれまたフリフリの衣装だが、こちらはいわゆる和ゴスという衣装だ。

 二人ともとっても可愛らしい。この二人の少女は普通の少女じゃない。

 魔法少女だ。

 そして、どういうわけかピンクの魔法少女はボクと意識がリンクしてる。

 この夢の中では、ボクがピンクの魔法少女だ。

 とっても仲良しの二人組。その仲の良さは、ボクも引く位。とっても百合百合である。

 これは間違いないね。ブルーの子はボクに恋してる。見詰め合う瞳でわかるよ。

 もう一度言おう。『ボク』に恋してる。

 まあ、夢の中じゃボクは女の子なんだけどね。

 わかってるさ。現実のボクじゃないってことくらい。まあいいや。

 そして、そんなボク、いやピンクの少女もブルーの少女の気持ちを察してはいるようだ。

 でも、女の子同士でそういう関係になる事に後ろめたさを感じているのか、はたまた周りの目が気になってしまうのか。

 過度の接触を避けているように思われる。

 あぁ……なんてもったいないんだ。

 それはさておき。


 二人は何度も何度も、毎日のようにたくさんの魔物と戦っている。

 どうやら、ピンクのボクは魔法少女を続けるのが辛いらしい。

 というのも、魔法少女の役目を終えた後、いつも泣いているからだ。

 『ボク』っていっちゃったけど、いいよね。

 だってボクの視点じゃピンクの少女がボクなんだもの。どうせ夢だし、自分の好きなように解釈すればいいのだ。

 ある日、二人は珍しく喧嘩をしていた。

 何やら口論をしているようだが、何を言っていたのかは聞こえない。

 ピンクのボクは、ブルーの少女を振り切って逃げだしてしまった。

 そして、そのままブルーの子とは会わなくなってしまった。


 それ以来、これまで毎日見ていた夢だけど、ここ最近になってからは彼女たちの夢を見なくなってしまった。

 自分が可愛らしい少女になる夢は、なんともいえない甘い時間だった。

 またあの夢を見たい。

 またピンクの少女になりたい。

 ここ数日は、そんな気持ちでいっぱいだった。


「あーそういえば……現実といえば、担任に呼ばれてたんだった。はぁ……ったく何の用だよ」


 適当に友達との会話を終え、ボクは担任の教師がいる理科実験室に向かう。

 この担任の教師は、なんでも有名な物理学の教師らしい。

 宇宙物理学や量子力学とやらで、論文も専門の雑誌に何度も載っているらしい。

 どうでもいいのでそれ以上は知ろうとも思わない。


 そうこうして、ボクは理科実験室に着き、ドアをノックする。

 コンコン。


「失礼しまーす」


 ドアを開けると、担任の先生がいた。


「先生、呼ばれたので来ました。何の用ですか?」


 けだるそうな声でボクは話しかける。

 先生の名前は二杜氏 豊(にとうじ ゆたか)。無精ひげを生やした、うさんくさそうなおっさんだ。


「やあ、歩君! ちょうどいい所に来たね。今ちょうど美少女の魔法少女のイラストが完成した所なんだよ!! 見るかい? 見たいだろ?」


 チラチラ見えそうで見えないように紙をチラつかせる二杜氏先生。

 みえ……みえ……ない!

 見せたいのかどっちなの!


「いいえ、結構です」


 ボクは素っ気なく答えた。

 そうかい? と残念そうに二杜氏先生は横にあるホワイトボードまで歩いて行った。

 いい大人が魔法少女はないだろう! 心で突っ込みを入れる。


「さーてさて。歩君。君はこの世界がどうやって誕生したか知っているかい?」


 はぁ? 理科の授業?


「ビッグバンでしたっけ? なんか爆発するやつ」


「まあその通りと言っておこう。厳密にいえば、インフレーションが起こってからビッグバンが起こったんだがね。

この世界は、無から誕生したんだ。何故『無』から『有』が誕生したかわかるかい?」

「わかりませーん」


 やる気のない声で適当に答えた。


「プラスマイナス0が、プラス1とマイナス1に分かれたんだ。プラス1とマイナス1がくっつくと0、つまり無になるんだ。

歩君は量子力学を知っているかい?」


「はぁ。シュレティンガーの猫とか二重スリッド実験とかのですか?」


 二杜氏先生は、意外そうな顔をしてボクの顔を見つめる。


「ほお。中学生なのに良く知っているね。関心関心」


 つい最近やってたアニメで知っただけなんだけどね。

 二杜氏先生は尚も続ける。


「実はインフレーション時に、プラスとマイナスに分裂した無のかけらは、均等ではないんだ。

この宇宙で3割しか見つかっていない。

残りの7割の因子がどこにも見当たらないのは知っていたかい?」


 そんな話は授業でも習っていない。ボクが知っているわけもない。


「いえ、知りませんでした」


 そう答えたボクを見る二杜氏先生の目は、一層輝きを増してきている。


「どこにあると思う? 残りの7割。知りたいだろ? ん? ん?」


 可愛そうなので適当に相槌してあげた。


「はい! 先生、知りたいです」


 ボクの言葉に二杜氏先生は得意げになる。


「この宇宙はね、プラスの宇宙なんだ。

そしてね、実はもう一つ宇宙がある。そう、マイナスの宇宙さ。

つまり、パラレルワールドさ」


 手を広げて熱弁する先生。

 ボクは適当に「おお!」とかわざとらしく言ってあげた。


「量子の世界ではね、このプラスとマイナスの量子が次元を超えて行き来しているんだ。

同じように見える二つが同時に存在していて、中身はプラスとマイナスで別物なんだがね。

まあ、この世の全てがこのワンセットで存在しているんだ。

さてここで質問だ、歩君。この世界がプラスの宇宙なら、マイナスの宇宙は実際に存在すると思うかい?」


「さあ? じゃああるんじゃないですか?」


 適当に言ってみた。


「その通り! あるんだ! 宇宙誕生時に分裂したこの世界とワンセットの世界が!」


 二杜氏先生の興奮した声が理科実験室に響き渡る。

 ちょっとひいてしまう。いい年した、しかも教師が何言ってるんだ?

 でも一応「おお!」とさも感動したかのような返事はしてあげることにした。


「それで本題だ。驚くかもしれんがね、歩君。もう一つの世界に行ってはくれないかね?」

「……は?」


 何て言った? もう一つの世界に行けと? ボクが? どうやって?

 どうかね? といった期待の目でボクを見る二杜氏先生。

 一体どういうことだ。


「え? そもそも行けるんですか?」

「もちろん行けるとも。ボクはね、長年の研究でその法則をついに見つけたのだよ!」


 衝撃の発言が飛び出してきた。


「いやいやいや。行けるわけないでしょう! っていうか、パラレルワールドなんてあるわけないじゃないですか!」


 二杜氏先生がさもがっかりしたかのような表情でボクを見つめてきた。


「……君にはがっかりしたよ。歩君……」


 いやいやいや、がっかりしたのはボクの方ですよ!

 こんな頭おかしい先生がボクの担任だなんて。


「歩君。君は夢を見るかい?」


 夢……びくりとした。二人の魔法少女の夢。

 喧嘩別れをしてから、ついぞその続きを見れなくなってしまった夢。何故いきなり夢の話をするんだろう。

 二杜氏先生は、先ほどの紙をボクに手渡してきた。

 なんだ?

 そこには二人の少女のイラストがあった。

 長い髪の少女と、ツインテールの少女が裸で抱き合ってる。二人とも胸はかなり小さい。

 心臓がドキッと高鳴る。

 小さい胸にときめいたのではない! 断じて違う!

 そうじゃない。ボクは知っている。この二人を知っている。

 二人のイラストが、夢の中の少女と重なる。

 この子……あの子とそっくりだ。

 心臓が激しく鼓動し始める。

 そんな馬鹿な! ありえない……あれは夢なんだぞ!

 じっとその子の顔を見つめてしまった。どうして夢の中の子がここにいる?

 わからない。

 でもボクは、イラストから視点を動かすことができない。


「何故……なんで……」


 やはりか、というように頷く二杜氏先生。


「やはり見覚えがあるようだね。まあ、驚くのも無理はない」


 ボクの手は震え、紙を持つ手に力が入る。


「ボクは……この絵の女の子を知っている。でも……どうして?」

「実はね、ボクは頼まれたのだよ。この二人の少女からね」

「え? 頼まれた……? どういうことですか?」

「驚かないで聞いて欲しい。

この二人は実在する。

そう、パラレルワールドにね」


「え!?」


 ボクの夢に出てきていた少女達。ボクだけの夢の少女達。なんで先生が知っている?


 実在する? 頼まれた? 出鱈目を言っている?


 いや……でもこのイラストの少女達は、見間違いようがない。


「どうだい? そっくりだろ? 趣味でイラストを描いてたんだがね、役に立ったようだ」

「ボクの……夢の中の女の子だとばっかり……」

「君がその子たちの夢を見るのは訳があるんだよ」

「訳……?」

「この二人は、君の夢ではどんな女の子達だい?」


 一瞬言い惑ったが、素直に言った。


「……魔法少女……です」

「その通り。魔法少女だ」


 まさか担任の先生から魔法少女なんて単語が出てくるとは思わなかった。

 これは現実なのか……?


「魔法少女としての素質が、君の夢へとリンクしていたからなんだ。ははは。信じられないって顔だね」


 信じられるわけがない。一体何が何やら。


「さて、話を本題に戻そうか。


パラレルワールドに行くといっても、実は君がそのまま行く訳じゃないんだ。このプラスの世界にいる君と、マイナスの世界にいる君がいるってことは理解しただろう?」


 いや、さっぱり理解できていない。


 二杜氏先生がイラストを取り上げ、ボクに向けて見せる。


「こちらの少女はね、君なんだよ。歩君」


 ツインテールの少女を指さし、先生はそう言った。

 そうだ。夢ではこのツインテールの少女はボクだった。

 二人で毎日魔物と戦って……


「パラレルワールドの歩君はね、可愛らしい魔法少女なんだよ」


 知ってる。

 でもそれを、先生から言葉で言われると妙だ。恥ずかしいような、信じられないような。


「どこまで知っているかはわからないけど……実は、彼女は魔法少女を辞めたがっていてね。残念で仕方がないんだが……他に適任者がいないんだ。あっちの世界では君たちは希少でね。


代わりがいない。単刀直入に言おうか。彼女の代わりに向こうの世界で戦ってくれ」


 突拍子もない話だ。

 だけれども……ボクはこの世界にうんざりしていた。

 そして、何より夢で見ていたあの子達が好きだった。恋焦がれていた。

 それだけじゃない。

 ボクには人に言えない思いがあった。

 ボクは……女の子になりたいのだ。

 だから、ボクは言ってしまった。


「本当に行けるんですか? 行けるならやりたいです!」

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