第34話ヤンデレ少女と5人の容疑者~後編~

<ピリオドからの物語>


 五木のやろう。ここであの話を蒸し返してくるとは、どこまでドSだったら気が済むんだよ。美々が探す犯人は、まず間違いなく俺のことを指しているのだろう。


 だが、美々の話しぶりだと、どうやら五木は、俺と犯人を繋げる証拠を美々に伝えていないっぽい。そうすると、わざわざ名乗り出る必要もない。ということはだ…。スケープゴートを作らねばなるまい。


 犠牲になっても良心が痛まないやつ…っと。順に横目で見ていく。


 チンピラ3人衆はないな。五木といる時に絡んできた時にはやべぇやつらだと思ってたんだけど、不覚にもダチを庇う姿勢とか熱い言葉には感動してしまった。よって、却下。


 残るは、魔法使いだが…。うん、全く心が痛まない。よしっ。



『魔法使いを犯人にしよう』



そう決意した矢先だった。魔法使いが美々に話しかける。


「美々ちゃん、美々ちゃん。犯人のことなんだけどさ。俺心当たりがあるんだけど」


 魔法使いに心当たりあったのか。そんなら、一応解決だな。


「美々ちゃん、俺が思うにピリオドが怪しいと思うんだよね」


「俺かよっ?!」


 勝ち誇った魔法使いの顔が憎たらしい。ぶん殴りてぇ。だがそれは後回しにしよう。美々の綺麗な瞳がぎょろっと俺の方に向けられる。超恐いんですけど?!


「せんぱい、もしかしてお姉さまの私物に欲情したんですか?」


「イヤ、オレガソンナコスルワケナイジャン」


 ヤバい。美々のオーラに蹴落とされて、不自然に答えちまった。当然、美々は疑念を持った目で俺を見つめながら近寄ってくる。


 そんな時、俺と美々の間にリーゼントが割って入った。


「お兄さんどいてください。さもなければ、あなたも血を見ることになりますよ?」


 こわっ。もう捕まっていいんじゃないかなこの子。そんな少女の脅しに屈することなく、リーゼントは言葉を返す。


「嬢ちゃん、こいつがやった証拠あんのか?」


 その返答に口ごもる美々。ありがとうリーゼント!お前のおかげで一命をとりとめたようだ。


 一方、美々に近寄っていくハイエナが一人。魔法使いである。ひそひそと二人で会話をし始めた。


「あかんで、加藤。証拠がないで」


 魔法使いの言葉に、美々も応じる。


「バーロー。証拠がないときには作ればいいんです」


「そやかて、加藤。どうやって作るんや?」


「美々がせんぱいを拷問にかけて自供させます。それを録音すれば証拠になります」


「さすがや、加藤。真実はいつも一つってわけやな」


「お前ら東と西の高校生探偵にまず謝れっ!」


 俺のツッコミに不満そうな美々と魔法使い。それをスルーして俺は続ける。


「証拠がないんなら、俺は帰らしてもらおう」


 スタスタと彼女たちから立ち去ろうと目論むも、後ろから抑揚のない声がかかる。


「せんぱい、美々は実は知っているんです」


「…な、何をだ?」


 俺は立ち止まり、少女の方に身体を向ける。口の中がやけに渇く。


「お姉さまに関することは何でもです」


 一筋の汗が額を伝う。だが、どうせハッタリに決まってる。


「ははは。美々は面白いこと言うな。まるで五木といつも一緒にいるような口振りじゃないか」


「その通りです。美々はお姉さまの後ろをいつもつけていますので」


「へ?じゃあ、公園でのハンカチのことも?」


 言った瞬間、自分が大きな過ちを犯したことに気付くも時すでに遅し。俺のバッキャッロー!


「…せんぱい、ハンカチって何のことですか?」


 やられた。鎌をかけられていたのだ。美々の瞳からは急速に色彩が失われていく。その間も、ゆらりゆらりと歩み寄ってくる美々。


「…えと…だな…」


 額には大粒の汗がダラダラと流れる。どうにかして誤魔化さないと。


「ねぇせんぱい…顔を逸らさないで答えて下さい」


 どうする?!どうする?!どうする?!どうする?!


「ねぇせんぱい…美々とお話することありますよね?ねぇ?!」


 背筋がゾクリとした瞬間、俺の視界一杯に美々の顔が映る。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 あまりの恐怖に美々からぱっと距離をとる俺。そんな俺に対し、一瞬で距離を詰めてくる美々。


「ねぇせんぱい?どうして美々から離れるんですか?何かやましいことでもあるんですか?そうですよね?そうとしか考えられませんよね?ねぇ?ねぇ?」


 返事さえする間もなく、美々の言葉が怒涛の如く押し寄せる。圧倒される俺は何かにに躓き尻餅をつく。地面に打ち付けた腰の痛みも無視して、地面に腰をつけたまま後ずさろうとする。


 そんな俺の足掻きも虚しく、少女によって一瞬で間合いを詰められる……



かと思いきや何も起きない。あれ?ついでに、先ほどまで続いていた呪詛が止んでいる。ん????


 不思議に思って、美々を見てみるとフリーズしている。一点を見つめて。彼女の視線の先には、女性用のピンク色の布が散らばっていた。ふと我に返ってみると、柑橘系の香りが鼻をくすぐる。どうやら発生源は、ピンク色の布らしい。


 この香りなんだっけ??懐かしい。すごく懐かしい。でも、どこで嗅いだものだか分からない。ひとまず、布を手に取りクンカクンカしてみる。


「ふわぁー。フローラル♪フローラル♪なぁんだこの香りは!自然と吸い寄せられていく。すーはぁー。俺が探し求めていたオアシスがここにあったのか。すーはぁー」


 そんなことを独り言ちていると、手元の布をひったくられる。誰だよ?俺のリフレッシュタイムを邪魔する奴は?ひったくったやつに対して、恨みがましい目を送ると…



「お姉さまの私物に対して欲情しないでくださいっ!これは美々が今朝お姉さまの部屋から集めてきたコレクションなんですよっ!堪能していいのは美々だけなんですっ!」



「「「「「「…………」」」」」」



 6人の人間がいるとは思えない静寂が周りを支配する。数秒だっただろうか?いやもっと長い時間が経っていたのかもしれない。


 最初に沈黙を破ったのは美々だった。


「サアテ、ハンニンはダレデショウカ?」



「「「「「お前だよっっっっっ!」」」」」



 美々以外全員がツッコんでいた。それに対して、美々は抗議する。


「だってお姉さまの私物ってすごくいい香りなんですよ?四六時中嗅いでいたいじゃないですか」


 この少女、自分を弁護するつもりあるのだろうか?


「分かったよ。美々詳しくは署で聞くよ」


 俺は出来るだけ優しい声で、美々を諭す。大人しく従うってくれると思ったが、そうは問屋が卸さない。


「無関係を装っているご様子ですが、せんぱいも同罪ですよね?」


「ぎ、ぎくり」


 勢いで乗り切れるかと思ったが、ダメだったようだ。少女は続ける。


「ハンカチのことも何やらやましいことがありそうですし。今もお姉さまの私物に対して『フローラル♪』とか言ってましたよね?」


「ぎくぎく」


 このままでは、美々と一緒に共倒れになってしまう。それだけはマズイ。


 そんな時に、ある一つのアイディアが俺の頭の中に過った。そうか、チェス盤をひっくり返してしまえばいいのか。


「なあ、美々一つアイディアがあるんだけど」


「何ですか?せんぱい?」


 先ほどまでの色彩を失った瞳とは打って変わった、つぶらな瞳で俺を覗き込んでくる。


「俺達は、『今日ここで会わなかった』ということで手を打たないか?」


 我ながら名案。美々の反応は…?


「なるほど。美々がお姉さまの私物を持ち出した事実もなく、せんぱいがそれらの香りを堪能していた事実がそもそもなかったことにしようと?仕方ないですねっ、せんぱい。美々もそれで手を打つことにしましょう」


 どうやら美々も賛成してくれたらしい。ふー良かった良かった。そしたら肩の力が抜けたのか、どちらからともなく笑い出す。


「ハハハハハハハハハハハハハ」



「それは不可能ですよ♪変態さん方♪」



「美々!俺五木の声が聞こえる気がするよ♪」


「奇遇ですね!せんぱい。美々もお姉さまの声が聞こえるような気がします♪」


「さっき香りを堪能しすぎたからかな♪」



「健太さんがそこまで変態だとは知りませんでしたわ。それに、美々に対して『ヤンデレの相手が間違っている』と仰っていましたが、誰に対してデレさせるおつもりだったのしょうか?あら、もしかして健太さんご自身に対してだったり?このロリコン♪」



「あ、あれぇ…?何かやけに幻聴が毒舌なんだけど、どうしてだろう?あはは」



「美々もこれで何回目でしょうか♪今後私の家の出入りを禁止しますわ」



「そ…そんな、美々が一番恐れていたことを…どうかお姉さま。お慈悲をっ!お慈悲をっ!」



 血の気が引いた俺たちは、ふと我に返って五木の声がする方向に目を向ける。美々が持っているスマホの方に。画面には『通話中』の文字があった。



「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」


「あらあら、ゾクゾクしますわ。ついでに、警察にもご連絡しておきましたので、そろそろそちらに到着する頃かと」



 五木の声が終わると同時に、目の前に黒服を来た屈強な男たちが現れる。そのうちの一人が低い声で俺と美々に向かって声を上げる。


「加藤美々、並びに山田健太。現行犯で逮捕する!」


「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」




<リーゼントからの物語>


 叫びながら連行されていく二人を、あんぐりとした表情で見つめていたオレ達。暫くすると、残ったメガネ男と、正、そして良と一緒に頷きあう。



「「「「さて学校に行くか」」」」



オレ達は目の前で起きたことを全て忘れることにした。


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