第32話ヤンデレ少女と5人の容疑者~前編~
「犯人はこの中にいます」
お団子少女こと美々は、容疑者である男5人の前をカツカツと歩いていく。さながら名刑事になったかのように。ごくり。誰かの生唾を飲み込む音が静かな空間に響く。
「この中にお姉さまの私物に対して欲情した方がいるそうですね。美々は悲しいです。犯人さん自首して頂けませんか?」
可愛らしいけれども鋭い声。それに応える声はない。少女ははぁと小さくため息をついてから続ける。
「そうですか…。それでは、犯人に直接問う必要がありそうですね。身体にね」
そう言って、ある男の前に立つ。少女は小さな指をビシッと前に突きだす。
「犯人はあなたです!」
何でこんな展開になったか謎な方も多いだろうから、20分ほど前に時を巻き戻すことにしよう。
五木と別れた後に恥ずかしさのあまり意識を失った俺は、1拘束された状態で目が覚めた。近くには、同じく拘束された状態だった俺の親友魔法使いと、怪しく微笑む五木大好き少女こと美々がいた。
ヤンデレ属性を持った少女は、自身のクナイで俺達に襲い掛かろうとした。その刃先が俺の喉元を貫通する寸前、五木から美々に連絡が入る。
必然、電話に夢中になる美々。そんな彼女の目をかいくぐり、どうにか自分と魔法使いの拘束を解くことに成功した俺だったが、あまりにも終わりのない電話に『ヤンデレの相手が間違っているだろっ?!』とのツッコミを入れてしまう。
そのツッコミのために、ようやく会話を中断するお団子少女。そこからお話は始まる。
驚愕した様子で俺たちの方に目をやる美々。
「いつの間に拘束を解いたのでしょうか?」
どうやら本当に俺達の存在を忘れていたらしい。詰めが甘いというかなんというか。まあ、ようやく話ができそうだからいいか。
「ついさっきな。どうやらドジを踏んだようだな?お嬢さん?」
このまま攻勢に出て、決着をつけたいところだ。だが、自分のミスで俺たちが拘束を自ら解いたことが、予想以上に彼女には応えた様子。明らかにテンションを下げながら、
「美々としたことが一生の不覚…。お姉さまとの連絡に夢中になるあまり、大罪人に脱出する準備を与えるなんて…美々にはお姉さまのお側に立つ資格などありません。もはや美々はせんぱい…よりははるかに上にいますから、美々はゴミムシ同然です」
「さらっと俺をディスるなっ!」
そんな俺に目を呉れることもなく、ガクッと膝をついてショックを受ける少女。地面に『探さないでください』とか書き始めた。
うん、こいつめんどくせぇぇぇぇぇ。だが、このまま凹んでる美少女を放っておくのも騎士道に反するので、とりあえず励ますことにする。
「そんなに肩を落とすなよ。それになにやら誤解を受けているようだが、お前が思っているような関係じゃないぞ。五木と俺は」
あくまでも慎重に言葉を選ぶ。だが、しょんぼりした少女は口を閉じたままである。相変わらず地面に『美々はゴミムシ、せんぱいはゴミムシ以下』とか書いている。うーむ、どうしたものか?考えろ俺…。何か何か策はないか?美々が食いつきそうな話題はどれだ?
そこで思い当たった一つの事実。そう、五木の話題なら絶対食いつくはず。思い立った俺は、即座に美々に話しかける。
「そういえば、美々さんは五木のことが大好きみたいだけど、何かきっかけとかあったのか?」
案の上、はっとなってこちら側を見据えてくる。相変わらずテンションが低いままだったが。
「美々とお姉さまの出会いについて知りたいんですか?」
「ああ、めっちゃ知りたい」
すると、少し気分が良くなった様子の少女。よし。もうひと踏ん張りだ。
「五木とお似合いといったら、美々さんしか思い当たらないからさ、そんな二人がどうやって出会ったのか教えてほしいなーなんて」
ふふーん♪と機嫌のよさげな鼻歌を歌い始めた少女は、小さな胸を張って応じてくる。
「しょうがないですね♪美々がお姉さまと出会った日の物語を語ってあげようじゃありませんか!」
こいつちょろいな。ま、機嫌直してくれて良かったわ。ついでに、五木の弱点とか神崎が仲直りする情報でも手にいられるといいんだけど。
さっきまで、終始無言で美々を拝んでいた魔法使いも専用の手帳を取り出して、彼女の話を一言一句書き漏らすまいとしている。
準備は整ったとばかりに、美々は真剣な顔つきになって語り出す。
「1章…お姉さまが私の『お姉さま』になった日…」
「ん?」
「第1節決戦前夜…」
「はいストップ!」
俺は彼女の話に待ったをかける。それがいたくお気に召さなかったのだろう。お団子少女は口をとがらせる。
「何ですか?せんぱい、レディの会話を途中で止めるのはあまり褒められたことじゃないと思います」
「す、すいません?…じゃなくて、今俺は五木と美々さんの出会いについての話を聞いているんだよね?!決戦前夜とか関係ないよね?!」
首を左右に振りながら『やれやれこれだから素人は困る』みたいな顔をすんなっ!腹立つ~。
「せんぱいは美々の話聞きたいんですか?それとも聞きたくないんですか?」
「聞きたいです」
「だったら余計な口出ししないでください」
「はい、ごめんなさい」
ゴミムシ風情が、とか呟くお団子娘。うわぁ、五木を慕っているだけあるなーこの子。所々に猛毒を持っているよ。まあいいや。口を閉じると、一息ついて彼女は話し出す。
「それでは気を取り直して。それはある寒い日のことでした…朝4時ちょうど。いつも修行を開始する時間なのにも関わらず、お師匠様が滝の前に現れません」
「…」
「呼びに行くと、そこには壊れた家具、散乱した窓ガラスの破片、そして赤く染まったお師匠様がいらっしゃいました」
「…」
「お師匠様に近づくと、絶え絶えに呟きます。『美々や、儂はもうだめじゃ。秘伝の奥義を今ここで授ける。そして、あやつを…あやつを…呪縛から解放してやってくれ』。そう言って、力尽きるお師匠様」
「…」
「美々はそこから復讐を果たすために旅に出ることになりました」
「絶対このエピソード関係ないよねっ?!」
全力でツッコんでいた。今まで耐えていた自分に拍手を送ってやりたい。さて、そろそろ本題に入ってもらおうか。
「10年後…」
「まさかのスルー?!」
話を遮られてご不満な様子の美々は、話を中断して悪態をついてくる。
「何のつもりなんですか?せんぱい。そんなにツッコまれると、今日中に1章が話し終わらないんですけど」
「そんなかかんの?!聞きたいとは言ったけど、1日話聞く予定ないからな?!それに大体何章まであんだよ?!」
「109章です」
「なげぇよっ!日またぐの確実じゃねぇか」
「せんぱい、夜は寝かせませんよっ♪」
「うわー後輩に言われたいランキング第一位のフレーズなのに、今一番聞きたくなかった」
ぜえはあ呼吸を整える俺をよそに、美々は笑顔で呟く。
「せんぱい馬鹿なんですね」
「理不尽な罵倒?!」
「こんなのフィクションに決まってるじゃないですか」
「分かってはいたけど、本人に言われるとイラっとくるよね?!」
「大体、お師匠様って誰ですか?この現代にそんなお師匠様(笑)みたいな存在いるわけないじゃないですか」
「お前が言い出したんだよっ?!」
俺の言葉に急に笑い出す美々。ついに狂ったかと思ったが、どうやら違うらしい。華奢な肩を前後に揺らしながら言葉を紡ぐ。
「お姉さまがせんぱいを気に掛ける理由が分かった気がします」
え?それって、まさかの告白フラグですか?しかも、五木もってことは二人に言い寄られちゃうわけ?いやぁ、参りましたな。アハッハッハッ。
「せんぱいを罵倒するとスッキリくるんですね。だから、お姉さまもせんぱいを気に掛けていたんですね。美々は納得です」
「その答えに俺は全然納得できないんですけど?!」
「やはりお姉さまの言うことが正しかったようです。ご迷惑かけてごめんなさいです」
そう言って、ぺこりと頭を下げる少女。やっぱり根はいいやつらしい。
「気にすんな。俺も楽しかったし」
「ありがとうございます。あ、美々でいいですよ。これから宜しくです」
「おう、宜しく美々」
「じゃあ、少しお姉さまに電話してきますね」
美々は言葉を残して隅の方に移動する。すると、別方向から寝言のようなものが聞こえてくる。近寄ってみると、リーゼント、モヒカン、ハゲが拘束されてる状態で眠っていた。
概ね美々に五木との関係を疑われて連れては来られたけど、存在自体忘れられていたってところか。気の毒なやつらだな、とか思いながら拘束を解いてやる。
「…はい。美々です。お姉さまのおっしゃっていた通りでした。いかようの罰も受け入れる所存であります」
あっちも無事解決したようだし。めでたしだな。
「え?お姉さまの私物がない?…今朝まではあったのに学校に着いた時にはなかった?」
嫌な予感がする。ぱっぱとずらかろう。
「今日会った5人の男が怪しいんですね…ちょうど全員そろっていますので、絞りあげます。…必要とあらば拷問にかけます♪ご安心ください」
逃げろぉぉぉぉぉぉぉ。脱兎の如く逃走したのにも関わらず、即座に距離を零に詰められて捕獲される。
「これよりお姉さまの私物に欲情した犯人を捜します。皆さまご協力をお願いします」
笑顔で告げるヤンデレ少女。
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