珈琲


 12月24日(日) PM 7:30



 こうして僕の目の前に偽物の【雪の雫】が何重にも包まれて置いてあるわけだが、周囲の人はこれを何だと思うのだろう。ただの小包、もしかしたら誰かへのクリスマスプレゼントと思うかもしれない。渡す相手のいない自分が悲しくなってきたが、多分渡されても困るだけだろう。


 怪盗と呼ばれるような人物は多くがフィクションの世界の住人で、まさか自分が仲間入りするとは思いもしなかった。

(別に嫌って訳じゃないんだけどなぁ……)


『依頼は受けてもらえたってことでよろしいのでしょうか?』


 耳元にあてたスマートフォンから件の淑女の声がする。

 当日になって依頼の確認など馬鹿な話だが、僕自身がまだ悩んでいるのだから仕方の無いことかもしれない。


「はい。確かに承りました」


 言ってしまった…… 引き受けてしまった……


『分かりました、よろしくお願いしますね』


 一言いい残すと彼女は電話を切った。先日、封筒の中身を見たところ案の定"諭吉の束"と"メモ"が入っていて、依頼内容の紙はほかにもらっていたので怪しみながら開けるとそこには『前金です』とだけ書かれていた。目をこすって、頬をつねってから見ても『前金です』と書かれていた。ここ4か月貯蓄を少しづつ切り崩す僕に断ることなど出来なかった。


 いま渋谷の歩行者天国を目下に収め、ちびちびとコーヒーを啜っている。下を見るといつもならサラリーマンが足早に歩く道を今日だけはカップルや出来損ないのサンタクロースが闊歩していて、『明日は平日だぞ~』と思いながら一口。左右を見るとテーブル席でもカウンター席でもカップルと原形の怪しいトナカイがコーヒーを飲みながらキャッキャウフフしていて、『世界滅びないかな~』と思いながら一口。気付いたころにはカップの中身は無くなっていて、居場所の無くなった僕は席を立った。


「さて、お仕事お仕事」


 新宿まではJRで3駅、10分もかからないだろう。これ以上ゆっくりしている暇はなさそうだ。約束の時間まで6時間と少し、時計の針は思ったより速く進むものだな。





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