依頼


 佐藤千恵と名乗った女性は僕の目をまっすぐに見ながら話をしてくれた。仕事柄、依頼人が話しづらいことも多いようで、テーブルに目線を固定したまま会話が終わってしまうこともある。その分、彼女には好印象を抱いた。


『依頼内容ですが、とある品を持ってきてほしいのです』


 最初、この一言に違和感を覚えた。定番の猫探しなら"捕まえて"だし、たまにある証拠写真(浮気・賭博 etc……)の確保なら"撮ってきて"だ。探偵の仕事に"持ってきて"という言葉が出てくることは少ない。


 遺品整理か何かか?と思い、尋ねることにした。

『詳しくは何を持ってくれば良いのでしょうか?期日は?』


 僕が悶々と考えている間に茶菓子として出した羊羹を口に入れ、緑茶で喉を潤した様子の彼女は一言、僕に伝えた。


『雪の雫を、12月25日の午前0時00分に、この住所の家まで持ってきて頂きたいのです』


 そう言いながら、彼女は小さなメモを取り出して僕に手渡そうとしていた。だがメモを受け取る前に、僕には確認すべきことが2つばかり残っていた。


『ちょっと待ってくれ、雪の雫というのはやはり"あの"雪の雫か?』


 驚いた、あぁ驚いたとも。今さっき新聞の一面で報じられていた国宝級の宝石がこんなところで出てくるとは思いもしなかったのだから。

 それでも平静を装って聞き返したのだから褒めてもらいたいくらいだ。


【雪の雫】とはごく最近、フランスでオークションに出品された金剛石つまりダイヤモンドで、52.67カラットの大きさを誇る。【春の日に一滴ずつ溶ける雪の雫、透き通る美しさは見るものを惹きつけ恋をさせる】こう評された至高の一品。今は新宿の新東京博物館で特別公開されている。


『えぇ、"あの"美しきダイヤ、雪の雫のことを言っています』


『それを"持ってきてほしい"ということでしょうか?』


『いいえ、正確には交換してほしいのです。この"偽物"と』


 最後に

『依頼料ですが、このくらいで足りますでしょうか?』と

 厚み約1.5㎝の封筒が卓上に置かれた時の僕の顔、一体どうなっていたのだろう……



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