386:おなご??
「メラーニアは掟に背き、単身で東の森へと入った。それが如何に危険な行為か……、ゴリラーン、お前にも分かるだろう? それに加えて、外界の者達を勝手に縄張りに連れて来たのだ。掟を破った者を裁くは当然。この者達と同様、メラーニアもまた、族長に処分を決めてもらう」
シーディアの言葉に、ゴリラーンは女性とは思えないほどに勇ましいその顔を酷く歪める。
「処分だと? 確かに、掟を破ったメラーニアが悪い。しかし、処分とは何事だ?? それは……、私の弟が人間であるが故かっ!??」
カッ! と目を見開き、怒るゴリラ!!
……あ、違う、ゴリラーン!!!
「そうだな……、他種族は信用ならん。お前の父が前族長などでなければ、タインヘン様も人間を我らが里になど置かぬだろう。まぁしかし、安心しろ。時期が早まっただけの事だ。タインヘン様の跡を継ぎ、私が族長になった暁には、このメラーニアを里より追放してやるつもりだったからな」
そう言ったシーディアの、恐ろしいまでに冷徹なその目に、俺は寒気と恐怖を感じた。
「くっ!? 何という物言いを……!?? 貴様それでも血の通ったケンタウロスかぁあっ!?!?」
農作業用の鎌を手に、今にも飛び掛かりそうなゴリラーンを、周りのケンタウロスが慌てて止めにかかる。
巨大な馬……、もといケンタウロス達がドタドタと、豪快に目の前で暴れるもんだから、怖いのなんのって……
お願いっ!
身内同士の揉め事は他所でやってくださいっ!!
「行くぞっ! 早くこの者達を族長の元へ連れ行かねばっ!!」
シーディアはそう言って、他のケンタウロスに押さえられているゴリラーンに背を向け歩き出す。
「シーディア! 話は終わってないぞっ!! 待てシーディア!!!」
ゴリラーンは、何度もそう叫んでいた。
俺の隣ではメラーニアが、悲しげな顔で俯いていた。
「ここに、我らが蹄族の族長、タインヘン様がいらっしゃる。お前達は勝手に縄張りに入ってきた、いわば大罪人だ。質問に答える以外は何も口に出すな、分かったか?」
シーディアに睨まれ、俺たちはそれぞれに頷く。
俺たちが連れて来られた場所は、かなり大きなテントの前だった。
おそらく、巨木を幾本か切り倒して開いた土地なのだろう、周囲を木々に囲まれた場所に建てられているそのテントは、とても艶やかな紫色をしていた。
それは、他のケンタウロスの住まいに比べれば、かなり近代的というか……、技術が必要な建物だ。
つまり、ケンタウロスが作った物とは全く思えないその仕上がりに、俺は少々首を傾げた。
テントの前には、二頭のケンタウロスが立っていた。
たぶん、族長の護衛か何かだろう。
その二頭のケンタウロスに話を付けたシーディアが、先行して中へと入る。
「お前達も入れ。くれぐれも、族長の前で粗相はするな」
護衛のケンタウロスにそう言われて、俺たちも続いてテントの中へと入った。
太陽の光が遮られ、明かりが中央の一つしかない薄暗いテントの中は生温く、どこか苦い臭いがする空気で満たされている。
それに、外で見たよりもずっと、中は狭いようだ。
俺たちは身を寄せ合って、その場に立っていた。
うぅ~、暗い。
それに変な匂いがする、気持ち悪いぃ~。
余りの居心地の悪さに俺は、知らず知らずのうちに、グレコの服の裾をギュと握りしめていた。
「こちらが、我らが蹄族が族長、タインヘン様である。罪人共よ、頭を垂れよ」
シーディアの言葉に、みんなは素直に従って一斉に、頭を下げた。
そうする事でようやく、一番背の低い俺の視界が少し開けて、そこにいるタインヘンの姿を目に捉える事が出来た。
暗いテントの中央、小さなランプの乏しい明かりに照らされて、そこにいるのは老いた男のケンタウロス。
人のものである上半身には、いくつもの深い傷跡があり、右腕は肩から先が全くなかった。
暗がりである為に、髪や瞳の色はわからないが、その特徴的な切れ長の目で、シーディアと血縁関係である事がわかった。
シーディアのお父さん? それともお爺さんかな??
何にしても、凄い迫力だ……
身体中傷だらけな上に、右腕がないなんて……
どれほどの死線をくぐり抜けてきたのか計り知れない。
シーディアは、何やらタインヘンにコソコソと耳打ちする。
「なるほど……。メラーニア、一人で縄張りの外に出たのか?」
タインヘンの低くてダンディーな声に、メラーニアはこくんと頷いた。
……なんだろうな?
見た目の割に、声や話し方はさほど怖くないぞ。
どっちかというと、シーディアの方が全体的におっかないな。
「何故だ? その訳を聞かせろ、メラーニア」
おぉ、理由を聞いてくれるのか!
なかなか優しいな。
「父が……、ビノアルーンが、笛の音を耳にしたと言ったんです。それで、森の入り口まで行って欲しいと頼まれました」
メラーニアも、このタインヘンに対してはさほど恐れを抱いていないようだ。
淡々とした口調で、真実を述べた。
「笛の音? ……あぁ、呼び笛の音の事か?? しかし……、ビノアルーンの呼び笛は、彼の息子であるバイバルンが持っていたはずだが……???」
バイバルン? バイバルンて……??
まさかクリステル、本名はバイバルン!??
「理由は分からないけれど、笛を持っていたのは彼らで、笛を吹いたのも彼らで、森にいたのは彼らでした」
メラーニアはそう言って、俺たちを指差した。
「なるほど……。では、メラーニアは下がって良い。あとはこの者達に尋ねるとしよう」
「なっ!? タインヘン様っ!?? メラーニアは掟を二つも破ったのですよっ!??? 下がって良いとは……、何も罰を与えぬのですかっ!?!??」
タインヘンの言葉に、シーディアは目を見開いて抗議する。
「メラーニアはまだ子どもだ、間違える事もある。それに、ビノアルーン様の言いつけで外に出たのなら、それを私が咎めるのは間違いだ。メラーニア、お前はビノアルーン様の元へ戻れ」
タインヘンの優しげな物言いに、シーディアは大きく溜息をついた。
……うん、怖いのはこのシーディアだけなんだな。
タインヘンはなかなかに話が通じる奴だと俺は見たぞ。
メラーニアは、心配そうな目を俺たちに向けてから、静かに外へと出て行った。
「さて……、お前達は外の者だな? 代表者は誰だ??」
タインヘンに問われて、カービィ、グレコ、ギンロの視線が俺に向く。
うぇえぇぇっ!? ここでっ!??
ここで俺に前に出ろとっ!?!?
「僕です。僕がこのパーティーのリーダーです」
狼狽える俺を背に、マシコットが一歩前に出てそう言った。
なんという男気!
漢!! まじで漢!!!
「ふむ。では聞こう。そこの二人は
……へ? お、おなご??
タインヘンは、グレコとカナリーを指差して尋ねた。
「え? ……あ、えと、はい。二人は女性です」
少々戸惑いながらも、マシコットは正直に答える。
「相分かった……。ゲイロン! レズハン!! 女子以外の者は吊り上げろ!!!」
はんっ!? 吊り上げっ!??
突然大声で叫んだタインヘン。
すると、テントの外にいた護衛の二人が、物々しい雰囲気でドカドカと中へと入ってきた。
「タインヘンさんっ!? これはいったい!??」
マシコットが慌てて声を出す。
しかし、タインヘンは答える気は無いらしい。
「むぅ……、やるかカービィ?」
ギンロが剣の柄に手を回す。
「待てっ! 多勢に無勢だっ!!」
カービィの言葉通り、護衛の二人に続いて、テントの中にはドンドンと、武装したケンタウロス達が入ってくるではないか!
しかも、ケンタウロス達はその手に持った縄で、俺たちの体をきつく縛り始めた!!
これはもしかして……、もしかしなくても……!?
「グレコ!? カナリー!??」
二人の名を叫ぶ俺。
しかしながら、太い縄で縛り上げられ、身動きが取れない小さな俺には成す術がなく……
驚きめを丸くするグレコとカナリーをその場に残し、俺たち男四人はテントの外へと放り出された。
俺の名を何度も呼ぶグレコの声が、聞こえた気がした。
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