387:ふんどし

ギシッ、ギシッ、ギシシッ


鈍い音を立てながら、太い縄で縛り上げられた俺の体が、ぶらぶらと空中で揺れる。

その高さ、およそ10トールほど。

地面までの距離はかなり遠く、仮に縄が解けたとしたら、真っ逆さまに落下して即死しちゃう。


「うぅ……、なんだってこんな事に……?」


後ろ手に縛られた体はあちこち痛むし、ビビったせいでオシッコちびりそうだし、何よりこんな酷い仕打ちは初めてで、俺の小ちゃくて繊細なガラスのハートが今にも砕けそうだ。


うわぁ~ん! 母ちゃ~ん!!

こんな所、来るんじゃなかったよぉ~うっ!!!


グレコとカナリーを紫色のテントに残し、囚われた俺たちが連れて来られたのは、テントの裏側にある森。

ケンタウロス達は、頑丈そうな巨木の枝に縄をかけ、俺たちを一人ずつ空中に吊り上げた。

これがどうやら、捕虜をとらえておく為の、彼らのやり方らしい。

ケンタウロス達は、成す術ない俺たちを見上げて、嘲笑うかのような表情を浮かべ、この場を去って行った。


……くぅ〜、酷いっ!

これまで生きてきて、縛られた事なんか一度もないのにっ!!

しかも、縛られた挙句、高い所に吊り上げられるなんて!!!

酷い酷い酷いっ!!!!


「こりゃ~、ちとまずいなぁ……」


同じく、縄に縛られて手も足も出せないカービィが、空中でぶらぶらと揺れながら呟いた。


「奴ら、グレコとカナリー殿に何をする気だ!?」


殺気立つギンロ。


「このままでは二人が……。何か策を考えないと」


険しい顔つきで、身をよじるマシコット。


「とりあえず……、マシコット、おいらもおまいも、この状態だと杖が出せねぇ。なんとか下に降りねぇと」


「我が獣化すれば良いのではないか?」


「駄目だよギンロ! 傷口が開いちゃう!?」


「モッモの言う通りだ。獣化は最後の手段にとっとけ」


「ぬぅ~、しかしぃ~……、このままでは拉致があかぬ!」


「僕が全身を発火させれば、この縄を燃やし切って抜けられる。けど……」


「うん、それもやめとけ。そんな事したらおまい、裸んぼになるぞ? 服だけじゃねぇ、杖だって燃えちまう」


「うぅ~、グレコぉ~、カナリぃ~……」


本当に何も出来なくて、そんな自分が情けなくて、二人の事が心配で……、俺は思わず涙を流す。


二人を助けないと!

でも、どうやって!?

こんな状態じゃ、どうしようもないじゃないか……

どうしよう? どうしよう?? どうしようっ!??


そんな俺の目に、何やら不思議なものが映り込む。

吊り上げられた俺のすぐそばにある、見覚えのあるローブ。

それは、白地に薔薇の刺繍が入った、白薔薇の騎士団のユニフォームだ。

何故そんなものが、俺のすぐそばに?

よくよく見てみると、そのローブも空中に吊り下げられているではないか。


「……なんで?」


俺が小さく呟くと同時に、下から声が聞こえてきた。


「カビやん! マシコット!!」


聞き覚えのないその声は高く、少年のような声色だ。

俺を含めて、四人が一斉に眼下を見下ろす。

そして……


「あぁっ!? カサチョ!??」


「カサチョ! 無事でしたかっ!!」


カービィとマシコットは、ほぼ同時に声を上げ、歓喜の笑顔を彼に向けた。


カサチョ!?

あれが、ニベルー島の現地調査員のカサチョ!??

……何故にそんな格好なんだっ!?!?


はるか下の地面に立っているのは、下半身にふんどしのような物を履いただけの、ほぼほぼ全裸の獣人。

カービィと似ているように見えるあたり、おそらく猫科の獣人だろう。

尖った三角の耳に丸い顔、瞳はつぶらでかなり小さく、体にはブチ猫のような歪な模様が入っている。

何よりも特徴的なのはその毛色だ。

今まで見てきたどの獣人とも違う彼の毛色は、ブチ模様部分は濃い藍色をし、その他の体全般を締める部分は鮮やかな空の色……

つまりカサチョは、世にも珍しい、青い猫獣人だった。


「今、助けるでござるっ!!!」


カサチョと呼ばれたふんどし青猫獣人は、ニカっと笑ってそう言うと、すぐ側にある、巨木の太い根に括り付けられた縄に近寄って……


「せいやっ!」


掛け声と共に、その手の指先にある鋭利な爪を、躊躇なく縄に振り下ろした。

亀裂が入った箇所から、ブチブチブチィッ! と音を立て、引き千切れる縄。

ちなみにそれは、カービィの体を吊り上げている縄だった。


「ギャーーーー!!!」


ヒュ~……、ドッスーン!


叫び声と落下音が辺りに響く。

予想通りカービィは、盛大に地面に尻餅をついて、あまりの衝撃に白目を向いた。


なっ!? なんちゅう滅茶苦茶なやり方!!?

あんな風にされたら……、俺、死んじゃうっ!!!


「次! 行くでござるよぉっ!?」


しかしながら、何を考えてるのか青色カサチョは、それが正解案だと自信を持っているかのような満面の笑みで、次の縄をぶった切ろうとするではないか。


やめてっ! やめてぇっ!! やめてぇえぇっ!!!


「かっ!? カサチョ!!? カービィさんの杖を使って!!!」


マシコットが必死に叫んだ。

その声にカサチョは、ピコーン! と閃いたような顔をする。


「おぉ! なるほど!! カビやん、失敬!!!」


カービィを縛っている縄を雑に解き、遠慮なくローブの内側をまさぐって、カービィの杖を取り出すカサチョ。

そして、杖の先を俺たちに向けて、呪文を詠唱した。


解放リベラーティオ!」


すると、俺たちの体を縛っていた縄が、独りでにシュルシュルシュルっと解けて……


「ぎゃあぁぁ~っ!?!??」


おちっ!? 落ちるぅうぅ~っ!??


叫び声を上げながら、落下する俺の体。

またしても成す術のない俺は、せめて着地時の衝撃を減らそうと、自然と体を丸めた。

そして……


「浮かべ《プレーオ》!」


ヒュ~……、モフンッ! トスン。


カサチョの行使した魔法によって、小さく丸まった俺の体は、地面からほんの数十センチほどの高さで一度ホワンと浮かんで、それから地面に降ろされた。


や、やっべぇ~……

しにゅ、しにゅかと思ったぁ~。

し、心臓、心臓が……、鼓動が、やっべぇ~……


ドクドクドッキン! ドクドクドッキン!!


「はっはっはっ! 無事で何よりでござる!!」


両手を腰に当てた偉そうなポーズで笑う、ふんどし青猫獣人のカサチョ。

上から見ていた時はよく分からなかったが、体格は俺やカービィとほぼ同じで、かなりのちびっ子である。

そして……、なんともまぁ、緊張感のない素朴なお顔ですこと。


てかさ、ござるって……、ござるて何やねんっ!?

お前は武士かっ!?? 侍かぁっ!???


……はっ!?

ふんどし侍かぁあっ!??


心の中で阿呆な叫びを繰り返しながら、ドヤ顔で笑うカサチョを、俺はキッ! と睨み付けるのだった。


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