384:お尻

ゲコゲコゲコ~♪


……カエルだ。


ケロケロケロロ~ン♪


……あっちにもカエルが。


ゲゲッ! ゲゲッ!! ゲゲゲゲッ!!!


……うるせぇ~。


どこからどう見ても、でっかい沼にしか思えないヒッポル湖の湖岸を、北回りに俺たちは歩いていく。

メラーニアの言う事には、この先にケンタウロスの里があるんだとか。


ゲロロン! ゲロロン!! ゲロロロロンッ!!!


「もぉっ!? 何なのあれっ!!? 気持ち悪いしうるさいっ!!!」


誰よりも先に、グレコがキレた。

無論、みんなも同じ事を思っていたので、誰も宥める者はいない。


「ヒッポル湖には、ブルフロッグが沢山いるからね。湖の近くだと、夜眠るのも大変なくらいさ。だからケンタウロス達は、少し離れた場所で暮らしてるんだ。けど、あいつら案外美味しいよ♪」


ニコリと笑うメラーニア。

美少年なだけあって、無駄に可愛らしい。


「カエルを食べるの!? うわぁ……」


青褪めるグレコ。

まぁ、乙女ならばその反応で正解だね。

けど……


「んん? カエルは美味いぞグレコさん!?」


「うむ。丸焼きにして食うとなかなかいける」


カービィとギンロの野性味溢れる返答に、俺とグレコは揃って顔をしかめた。


「あ!? カナリー、カービィさん、あれっ!!?」


前を行くマシコットが、興奮気味に前方を指差す。

そこには、小さいながらもしっかりとした造りの頑丈そうな小屋が一軒、湖のほとりに建てられていた。


「あれは……、おぉ! あれがニベルーの小屋かっ!?」


苔むして緑色になった屋根と、蔦で覆われた壁。

かなり古びているが、基礎がしっかりしているのだろう木製のその小屋は、過ぎた年月の長さこそ感じさせるものの、全く崩れたりはしていなかった。


「あの小屋……、知ってるの?」


メラーニアが尋ねる。


「あぁそうか、君にはまだ説明してなかったね。僕たちはあの小屋が目的で森に入ったんだよ」


マシコットが説明した。


「ふ~ん、そうだったんだ。けど……、先に族長に会ってね。ここはもう、ひずめ族の縄張りの中だからさ」


ひずめぞく? それはなんぞ??


「蹄族? それは何なの??」


グレコが問い掛ける。


「この森に住むケンタウロスは、大きく三つの群れに分かれてるんだ。その三つそれぞれに名前があって、僕のいる群れの名前が蹄族なのさ」


ほほう? なるほどなるほど……


「族長がいらっしゃるんだね? その……、今更なんだけも、僕たちのような者が勝手に縄張りに入って大丈夫なのかな??」


「大丈夫だよ、僕が一緒だもの。けど、勝手に縄張りに入ったら勿論捕まえられるよ。三日前だったかなぁ? ビノが僕に使いを頼む前に、気持ちの悪い青色の毛をした猫が縄張りに入ってきて……。ちょこまかと逃げ回るもんだから、みんな総出で捕まえに走ったんだよ」


「え? ……青色の毛をした、猫??」


メラーニアの言葉に、マシコットの表情が変わる。

カナリーとカービィも、それぞれに「ん?」という顔になる。


「あ~……、その猫、喋れるのか?」


カービィがメラーニアに尋ねた。


「うん、喋ってたね。だけど、何言ってるのかよく分かんなくて……。何だったかなぁ? 報告がどうとか、きしだん?? そう、きしだんがどうとか言ってたよ」


メラーニアがそう答えると、マシコット、カナリー、カービィは、揃って歩みを止めた。


なんだ? どうした三人共??

足もだけど、呼吸も止まってるぞ???


「……なぁマシコット。おいら、すっげぇ~嫌な予感がするんだが」


「僕もです。どうなっているのかは全く分かりませんが……、嫌な予感がする」


「とにかく、……すぐに、インディゴとレイズンに連絡を取りますっ!」


そう言ってカナリーは、血相を変えて杖を取り出し、空に向かって構えた。

そのポーズを、俺は何度も見た事がある。

騎士団のメンバーが仲間と連絡を取り合う時の、通信魔法のポーズなのだ。

しかし……


「駄目だっ!」


メラーニアが叫んだ。

そして、カナリーの腕を掴んで、杖を取り上げてしまったではないか!


「なっ!? 何をするのっ!??」


驚き、怒るカナリー。

その表情から、とても焦っている事が見て取れる。


「ここは蹄族の縄張りだっ! 何をするにしても、第一に、族長に会わなければならないっ!! でないと」


「でないと首をもがれる」


メラーニアの言葉を遮って、聞き覚えのない高い声が、どこからか聞こえた。

すると、前方の木々の影から、凛々しく美しい女の人が……、あ? 人じゃないっ!?


「シーディア!? どうしてっ!??」


シーディアと呼ばれたその女性は、下半身が馬だ。

それはクリステルのような中途半端なものじゃなく、完全に、胴体もある四本足の馬なのだ。

即ち彼女は、ケンタウロスだった。


そして、彼女の登場を皮切りに、右からも左からも、更には後ろからも、沢山のケンタウロスがゾロゾロと姿を現したではないか!

その数およそ……、九、十、十一……、うん、十五以上。

みんな揃って、弓や剣を装備している。

つまり、俺たちは知らない間に、武装したケンタウロスの群れに完全包囲されていた!!


ひえぇえっ!? いつの間にぃっ!??


ただ、想像していたケンタウロスと少し違うのは、みんな衣服を身に着けている事だ。

それも、毛皮とか葉っぱとか、そんな原始的な服ではない。

ちゃんとした布でしつらえた、綺麗なボタンまで付いている洋服なのだ。

中には鎧のような物を身につけている者もいる。

だけど……、どうしてだろう、服を着ているのは上半身だけで、お尻は丸出しだ。

つまりお尻の穴が……、いや、お尻の穴の説明はやめておこう。


「おぉ、モノホンのケンタウロス……!?」


「なんと美しいのだ……!?」


何故か、目がハートになるカービィとギンロ。

……まぁ、惚れっぽい君達の事だから仕方がないか。


目の前にいるシーディアは、逞しくも美しい、女戦士のような出で立ちをしていた。

長い栗色の髪の毛には自然なウェーブがかかり、グレーの瞳が印象的なお目目は切れ長でカッコいい。


「どうして? どうしてもこうしてもない。お前が一人縄張りを出て森へ行ったと……、探してきて欲しいと、ビノアルーン様が仰ったからだ。何故掟に背き、縄張りを出たっ!?」


ひぃいっ!? こっ、怖いっ!!?


シーディアは、グレコ顔負けのガチギレっぷりで、メラーニアを叱責した。

その表情、声色、醸し出す威圧感は、まさに鬼神のごとし……

おっかねぇえぇぇっ!!!!


「ビノがっ!? くっそぉ……、あの老いぼれジジィ、またボケてんのか……??」


おおう、メラーニアよ。

そんな汚い言葉も知っていたのかね。

美少年なんだから、そんな言葉使っちゃ駄目よっ!


「……理由は何であれ、お前は掟に背いた。それだけに留まらず、外の者を易々と縄張りに入れるとはな。族長がなんと仰るか」


美しいお顔で、これでもかってくらい悪女な雰囲気で笑うシーディア。


「おおうっ!? ゾクゾクするぅっ!!?」


黙れカービィ!

そんな事言ってる場合じゃないっ!!


「あの……、縄張りに勝手に入った事は謝罪します。ですが、我々も目的があって」


「説明は結構! 私はお前たちを捕らえにきたまで。話は族長が聞く。ついて来いっ!!」


マシコットの言葉を遮って、そう言い放ったシーディアは、くるりと背を向けて歩き出した。


あ……、お尻の穴が見えてる……、くすっ。


「さっさと歩けっ!!!」


ひぃいっ!? 怖いぃっ!!?


こうして俺たち六人、プラス何故かメラーニアまでが、武装したケンタウロスの群れに囲まれて、連行される事となった。

果たして、蹄族の族長とは、どんな人物なのだろうか……?

 ガクブルガクブル。


「ウホホッ! シーディアさんのお尻っ!!」


やめろカービィ!

そんな場合じゃないだろこの野郎っ!!


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