383:沼だなこりゃ

「ほらモッモ! 遅れてきてるわよっ!!」


「はっ!? はいっ!!」


「ほらほら! ちゃっちゃと歩くっ!!」


「はいぃいぃぃ~!!」


 ひぃ~ん!

 俺、この中じゃ一番の弱者なんですけどぉっ!?

 もっと優しくしてよぉおぉぉっ!!!


 昨日とは打って変わって、最弱種族である俺に対し、バリバリ罵声を飛ばしてくるグレコを背に、俺は汗だくになって、必死で森の中を歩いていた。


「ラーパルさんは私がおぶっていく! 必ず助けるよ!! 君たちも気を付けて!!!」


 ふんっと鼻息荒くそう言ったブラーウンの馬面を、俺はきっと忘れないだろう。

 あんなに馬に似た人間には、この先二度と出会えない……、うくくく。

 

 町へと戻っていく人間達を見送った後、俺達は森の中心部へと歩を進めていた。

 メラ―ニアの説明だと、この森の原住種族であるケンタウロスは、今は森の真ん中にあるヒッポル湖より西側に縄張りを持っているのだという。

 東側に存在した縄張り印は、今はもう使われていない、昔のものだという事だった。

 

「僕が森に入ってしばらくした頃、気味の悪い連中がやってきて、ケンタウロス達を襲った。だからケンタウロス達は、森の東側の縄張りを全て捨てて、西側へ移り住んだんだ」


「その、ケンタウロスを襲った連中は?」


 マシコットが尋ねる。


「今でもたまに森で見かけるよ。けど……、襲ってくる奴は体が小さいからね。単体の獲物しか狙わないんだ。僕は魔法で姿を消せるから、奴らと出くわしても逃げる事が出来るけど……。何も知らずに一人で森に入って来た人間はみんな、奴らの餌食になったよ」


「じゃあ、森に入った狩猟師達が行方不明になったってのは、きっとそいつらのせいだろうな」


 カービィがそう言った。


「そうですね。そして恐らく、ラーパルさんを襲ったのも、その連中の仕業でしょう」


 カナリーがそう言った。


「その連中の正体はわからないのかい? 種族とか……、姿形はどんなのだい??」


 マシコットの問い掛けに、メラ―ニアはう~んと唸る。


「種族はわからないけれど……、奴らは、大きいのと小さいのがいるんだ。大きい方は、そうだな……、ギンロさんくらいの背丈があって、森に溶け込んでしまうような暗い色の服を着ている。そいつらは狩りをしない。狂暴なのは小さい奴らの方さ。強靭な顎と爪で襲ってくる。ちょうど……、モッモさんによく似た感じだよ」


 ……はい? わたくしれすか??


 振り返って、こちらを指差すメラ―ニアに対し、俺はハァハァと苦しそうに息をしながら首を傾げた。


「モッモ、やはり我の肩に乗ってはどうか?」


 ギンロが心配そうに声を掛けてくる。

 ありがとうギンロ、出来ればそうしたいんだけどね……


「駄目よギンロ。そうやって甘やかすから、モッモはいつまで経ってもお荷物ちゃんなのよ。モッモ、今日は自分の足で歩くってあなたが言ったんだから、ちゃんと最後まで歩きなさい!」


 ひぃ~ん!

 グレコの鬼ぃっ!!

 あの時はいけるかもって思ったんだよぅっ!!!

 でも、もうそろそろ、体力の限界がぁあぁぁ~……

 

「モッモさんとよく似た感じの……、って事は、ピグモル族の生き残りがここに?」


 顎に手を当てて考えるマシコット。


「その可能性は低いのでは? モッモさんを見てもわかるように、ピグモル族は戦闘能力に全く長けていません。体格といい知能といい……、正直言って底辺です。加えて魔力も持ち合わせていないのですよ?? そんな種族が、別の種族を襲うなんて……、むしろ、返り討ちに遭い兼ねない。自殺行為にも等しいのでは???」


 おいカナリー!

 ちゃっかりピグモルをディスってんじゃないよっ!!


「まぁ、ピグモルじゃねぇ事は確かだな。モッモの村の奴らを知ってるけど……、あいつらが自分より大きな相手を狩るなんて、とてもじゃないが無理だ」


 くぅ……、カ―ビィまでぇ……

 けどカービィは、俺の村に来た事あるし、みんなにも会った事あるから、あながち間違っちゃいないのが腹立たしぃ~!


「そうよね。ピグモルは心優しい種族だもの。あんな風に、ラーパルさんがされたようなあんな酷い事……、ピグモルがするはずないわ」


 おぉ! そうだよなグレコ!!

 さすがは一番付き合いが長いだけあって、ピグモルの事を良く知っていらっしゃる!!!


「心配しなくても大丈夫だよ。ヒッポル湖の西側へは奴らもやって来ない。それにほら、見えてきたよ!」


 メラ―ニアが指差す方向に視線を向けると、その先には太陽の光を受けてキラキラと輝く水面が見えてきた。


「うわぁっ!!!」


 俺たちは一斉に駆け出す。

 この深い森の中にあって、ピタラス諸島で唯一最大の湖。

 その全貌が今、目の前にっ!


「すっごぉ~……、い?」


 そこに広がる景色に、俺は首を傾げた。


 巨木が立ち並ぶ、鬱蒼とした薄暗い森が途切れて現れたのは、眩しいくらいに日の光が差し込み、キラキラと水面に反射する、大きな大きな……、湖?


「これ……、これが、湖?」


 俺は思わずそう零した。

 マシコットとカナリーは沈黙し、カービィは「なははっ!」と声を上げて笑った。


「なんだか……、想像していたのと随分違うわね」


「我の知っている湖ではないな」


 グレコとギンロが、それぞれに、遠慮なく思いを口にする。


 ……うん、まぁ、俺も同意見だな。

 何これ? これが湖??

 どう見たってこれは……


「沼だなこりゃ」


 ヘラヘラと笑いながら、カービィがそう言った。


 淀んだ緑色の水に、蔓延はびこる藻などの水草。

 水面に浮かぶ葉っぱや、倒木の欠片。

 泳いでいる魚はいるものの、どことなく元気がない。

 そして、辺りを漂うドロッとした雰囲気。

 どこからともなく聞こえてくる、ゲコゲコという蛙の鳴き声。


 メラ―ニアに案内されて、俺達がやって来た場所……

 二ベル―島の中央に位置するヒッポル湖は、湖とは名ばかりの、巨大な沼だった。

 

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