373:片耳のラーパル

「こりゃ~、またなんとも……、ワイルドな村ですな」


精一杯、言葉を選ぶカービィ。


「ワイルド? ……廃村一歩手前じゃないの」


全くもって、言葉を選ばないグレコ。

しかしながら、俺はグレコに賛成である。

崩れかかった家々に、悪い意味で生活感のない雰囲気。

よくもまぁ、こんな場所で暮らしているなと言いたくなるほどに、集落は酷い有様だ。


「ふむ。ブラーウン殿の話は真であったな。同じような顔の者がこんなにも沢山……」


左右に散らばって、怯えた目でこちらを見る馬面人間達を横目に、ギンロが呟いた。


馬面人間の親子、ブラーウンとアンソニーに案内されてやってきた集落の中には、数十人の馬面人間がいて、これがもう……、ギンロが言うように、本当にみんな同じ顔をしているのだ。

背丈や服装は皆それぞれ違うものの、身につけている衣服はどれも一様に薄汚れていてボロボロで、それだけで個々人の違いを見分けるのは少々困難だ。

おそらくだけど、声はみんな人間だった頃のままだろうから、それで聞き分けられると思うけれど……

そんな事をする必要は今の所ない。


馬面人間達は、集落の入り口に立つ俺たちを、随分離れた場所から観察している。

どうやら怖がっているようなのだが……

はっきり言って、同じような沢山の馬面の顔に見つめられている俺たちも、かなり恐怖を感じてますよ。

取り分け俺は、何か来てはいけない場所に足を踏み入れてしまったかのような……、そう、まるで、前世のテレビ番組で見た事のある、世にも奇妙ななんちゃら~の世界に入り込んだような、そんな気味の悪い感覚に心を支配されていて……

とにかく、あなた方のその無表情な馬面が、とってもとっても怖いです、はい。


「アンソニー、私は皆さんをラーパルさんの家まで連れて行くから、お前はみんなに事の経緯を説明してきておくれ。皆さん、行きましょう」


ブラーウンの後に続いて、集落の中を進んでいく俺たち。

俺は、出来るだけ周りの馬面人間達を見ないようにしながら、前を行くグレコにピッタリとくっついて歩くのだった。






集落の中でも一際大きな(木と岩と泥で出来ており、先日の雨の為にいつ崩れてもおかしくないような危険な)家に、ラーパルはいた。


「私がラーパルだ。以前はニヴァの町で自警団の団長を務めていたが、今はこの帰れずの集落の長をしている」


例によって、彼もまたみんなと同様に、これでもかってくらいの馬面なのだが、彼の場合は、あるべきはずの場所に右耳がない。

そこにあるのは、右耳を何者かに斬り落とされたのであろう、痛々しい傷跡だけだ。

しかしながら、他の馬面人間達に比べると、彼はその顔付きがとても凛々しく、一目見て俺は、彼は頼れる人物だろうなと思った。

身につけている衣服も、ボロボロのズタボロではあるが、警官の制服のようなキチッとした感じの服で……

明らかにこのラーパルだけは、他の馬面達とは放つオーラが違っている。


家の中にあるものは、木々の枝や蔦を編んで作った質素な敷物と、地面を軽く掘って作られた焚き火のような石の囲いだけ。

狩に使うのであろう弓矢と長剣が壁際に立て掛けられてはいるが……、どちらもボロボロのサビサビで、なんとか原形を留めているっていった感じだ。

本当に、ギリギリの生活を営んでいる事が、顕著に見て取れた。


「帰れずの集落……、ここはそういう名前がついている場所なのですね。集落の長様、我々の突然の訪問をお許しください。私の名はマシコット。しがない旅の者です。こちらは私の仲間で、右から順番に、カービィ、グレコ、モッモ、ギンロ、カナリーと申します。白い悪魔と呼ばれる魔法使いの話を聞きたく、ブラーウン様にお願いして、連れて来て頂きました。どうか私どもに、その魔法使いの話を聞かせて頂けませんか?」


マシコットの、お手本のような自己紹介と説明に、俺は心の中で拍手を送る。

カービィもグレコも、ギンロまでもが同じ事を思ったようで、俺たち四人は一斉に、マシコットに羨望の眼差しを向けた。


もし仮に、俺たちが四人だけでここへ来ていたとしたら……

グレコが頑張ってくれたとしても、もっともっと遠回りな言い方しか出来ず、話がなかなか前に進まなかったに違いない。

マシコットがついて来てくれて良かったわ~。


「なるほど、白い悪魔を……。その前に、二、三聞きたい事がある」


「はい、何でしょう?」


片耳のラーパルは、馬面とは思えないほどに鋭い眼光をマシコットに向ける。


「君達は何者で、何故この森へ来た? 旅の者だと言ったが、その旅の目的はなんだ?? ……返答によっては、私に話せる事はない」


おぉ~、なんちゅう気迫……

同じ馬面だというのに、涙と鼻水でベチャベチャになっていたブラーウンやアンソニーとは、もはや別の生き物に見えますな。


鬼気迫るラーパルの佇まいに、俺たちは押し黙る。


さぁ~、困ったぞ。

旅の目的なんて……、何をどこまで話せばいいんだ?


う~んと俺が悩んでいると、マシコットが口を開いた。


「失礼しました。では、具体的に申し上げます。私達は、ここより遥か遠く、アンローク大陸南東に位置する魔法王国フーガより、ピタラス諸島の探索調査を目的として、このニベルー島に参りました。私達が所属するのは、魔法王国フーガの王立ギルド、白薔薇の騎士団。国王直下の魔導師ギルドですので、その活動は多岐に渡りますが、私達の配属されている部隊は、歴史の中に残る謎を解く事を目的に活動しています。このタウラウの森は、故人である魔導師ニベルーの遺物が眠っていると考えられる場所。私達は、そのニベルーの遺物を手に入れんが為に、この森へと入ったのです。そしてその遺物は、森の中央に位置する湖のほとりに存在する、故ニベルーの隠れ家に残されていると私達は考えています。しかしながら、元は人であった皆さんを、そのような獣の姿に変えた悪しき魔法使いがいると聞き及び、尚且つその魔法使いは湖の近くで目撃例があるとの事で、探索調査に万全を期す為に、こちらに話を伺いに来た次第なのです」


おぉお~! 素晴らしい説明ですなっ!!

分かりやすいにもほどがあるぜっ!!!

グッジョブ、マシコット!!!!


でも、なんかあれだな。

ここまであまり何も考えずに、騎士団に同行させてもらって……、まぁ今はプロジェクトから外されているわけだけど、こんなにキチッとしたプロジェクトだったんだなって……

今のマシコットの説明で、改めて、騎士団って凄いな~って、思いましたよ。


「なるほど……。つまり君達は、何が何でも、ヒッポル湖に行きたいと……、そういう事だな?」


試すような視線を、俺たちに向けるラーパル。

深く頷くマシコットに合わせて、俺たちもうんうんと頷いた。


「ならば、一つ頼みがある。魔法王国の王立ギルドと言うくらいだから、君達は相当の手練れだろう。今から私は君達に、白い悪魔の情報を伝える。その情報を元に君達は、白い悪魔を倒してくれ」


よしっ! 情報をくれるんだなっ!!

これで先に進めるぞぉっ!!!


……って、ん? え??

白い悪魔を、倒してくれ???

うえぇえっ!?!??


ラーパルの突然の申し出に、俺達は再度押し黙り、それぞれに憂鬱な表情を浮かべた。


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