372:人間

ホロロロロ~♪ ホロロロロ~ン♪


森の笛の音が、周囲に響き渡る。

何者かが近付いて来やしないかと、耳を澄ませる。

しかしながら、今日もこの笛の音は、ケンタウロスには届かなかった。


「な~んも起きねぇな」


カービィが呟く。


「ケンタウロス達は、もっと森の奥深くにいるのかしらね?」


グレコが言った。


「いや……、ケンタウロスは、森の至る所に縄張りを持っています。この辺りにも複数、群がいるはずです。けれどもケンタウロスは、縄張りに侵入しない限りは、相手を敵とは思いません。だから姿を現さないのかと……」


馬面のブラーウンが説明してくれた。


「なるほど……。では、ケンタウロスを呼ぶには、その縄張りに足を踏み入れねばならぬのだな?」


ギンロが問い掛ける。


「それはやめておいた方がいいと思います。彼らは非常に利口な生き物ですが、同時にとても警戒心が強くて、野蛮です。縄張りに侵入者あらば、すぐさま駆け付け八つ裂きにする……。僕たちの仲間も数名、森を散策中にケンタウロスと出くわして、帰らぬ人となりました」


そう言って、アンソニーは俯いた。


「とにかく先へ進みましょう。ブラーウンさん、あなた方のお仲間は、ここより西に集落を築いているんですよね?」


マシコットが尋ねた。


「あ、はい、そうです。ケンタウロスの縄張りでない場所がありますので、そこに……。付いてきてください」


こうして俺たちは、馬面のブラーウンとアンソニー親子に案内されて、二人と同じく、白い悪魔と呼ばれる魔法使いに馬面にされてしまった者達の集落へと向かった。






ブラーウンを先頭に、俺たちは森を歩く。

何を隠そう、俺も今日は自分の足で歩いている。

地面のぬかるみが、少しばかり乾いてマシになり、昨日に比べると随分歩きやすくなっているからだ。


ブラーウンの話によれば、数日前に豪雨がこの島を襲ったらしい。

地盤の低いこのタウラウの森は、そのほとんどが水没に近い形になってしまっていたそうだ。

雨が上がって数日経った昨日も地面がぬかるんでいた理由は、この森の木々が生い茂り過ぎている為に、異常に水捌けが悪いからとの事だった。


「ねぇ、集落には全部で何人が暮らしているのかしら?」


歩きながら、グレコが二人に問い掛ける。


「私たちを含めて、全部で三十二人います。みんな、ニヴァの町からこの森にやって来た者たちです」


「そうなの。……思っていたより人数が多いわね」


「そうですか? 本当は……、もっと沢山いたんですけれどね。病気や怪我で亡くなったり、森を散策中に姿を消してしまった者も複数います」


ふむ、なるほど……、馬面達は、かなりのサバイバル生活を強いられてきたんだな。


「それは、全員が町の出身者なのか? みんな、どうして森に入ったりしたんだ??」


カービィが尋ねた。


「集落に暮らしているのは、みんな町の出身者ですね。そのほとんどが行方不明者の捜索の為に森に入って、白い悪魔の被害に遭ったんです。しかしながら、当の行方不明者は誰一人として見つかってません」


「え、そうなのか? ……その行方不明者ってのが、さっき言ってた狩猟師か??」


「そうです。港町ニヴァには、外界から多くの狩猟師がやって来ます。その者達はみな、口を揃えてこう言ってました。タウラウの森にいる守り神は悪魔だから、倒さなければならない、と……。そうして一人、また一人と森へ入っては、行方不明になる。見兼ねた町の自警団が、五年前に捜索の為にと最初に森に入って、白い悪魔の餌食になりました。その自警団のリーダーを務めていたラーパルという男が今、我々の集落をまとめてくれています」


ふむふむ、なるほど……、馬面達のリーダーはラーパルと言うのか。

まさかとは思うが、全員見分けが付かないとかいう事は、さすがにないよね?


「三十二人もいるのなら、みんなで町へ戻れば良かったんじゃないの? そんな顔でも言葉は話せるのだから、町の人たちも話せば分かってくれるでしょう??」


めちゃくちゃ言うグレコ。


「それは……、無理でしょうね。確かに港町ニヴァは、ピタラス諸島の中では外界からの旅行者や移住者が多い島ではありますが、それでも訪れる種族は大体決まってます。私もアンソニーも、カービィさんとモッモさんを見て、お二人を獣人とは認識出来なかった。ギンロさんに至ってはもう……、申し訳ありませんが、恐ろしい魔獣にしか見えませんでした」


……うん、いや、本当は魔獣なのよ、ギンロさん。

ブラーウン、あなたは間違っていませんよ。


「つまり、外見が異なる者に対する偏見が強い……、という事かしら?」


「そういう事です。お恥ずかしながら、町で旅行者の相手をしているのは、そのほとんどが他の小島から移住して来た者達で、我々原住者である人間は、外界の者とは極力関わらずに生きています。知らないから怖い、そういう事でしょうね。仕方がないと言えば仕方がないですが……。ですから、姿形がガラリと変わってしまった私たちを、町のみんなが怖がらないはずがないんです。だから私たちは、このままの姿では町へは帰れないのです」


ふむふむふむ、なるほどねぇ……

なんか、その話を聞くと、ブラーウンやアンソニーは本当に人間なんだって、よ~く分かったわ、うん。


前世の知識はあっても、記憶らしい記憶がない俺としては、こうだったかな~? くらいにしか思い出せないんだけど……

人間ってさ、心が狭いのよ。

ピグモルとして生まれてから分かった事なんだけど、毛の色が違ったり耳の形が違ったりするのって、ただの個性なんだよね。

それなのに、前世の人間ときたら、肌の色や目の色がちょっと違うだけで、姿形はほとんど一緒なのに差別とかしてさ……、ほんと、心が狭い!

でも、それは前世の世界だからではなくて、人間という種族が持つ特性、みたいなものなんだろうな。

自分達と違う者は怖い、気持ち悪いって、自然と思っちゃうんだろう。

だから、本当は人間であるブラーウンとアンソニーも、その気持ちが理解できちゃうわけだ。


俺は一人、妙に納得して、うんうんと何度も頷いていた。

そして……


「あぁ、見えてきましたよ。あそこが私たちの集落です」


前を行くブラーウンが指差す先には、大きさは違えども、なんとなく懐かしくなるような光景が広がっていた。

そこにあるのは、大きな木々に寄り添うようにして作られている、木と岩と泥で出来た質素な家々。

所々崩れかかっているように見えるのは、先日の豪雨のせいだろう。


な~んでこう、木の上に造ろうとしないのかね?

絶対に水没したでしょこれ??


幼い俺が助言をする前の、地面の上にすぐ壊れてしまう家を建てていた旧テトーンの樹の村のような景色が、そこには広がっていた。

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