370:お言葉を返すようですが

「……ねぇ、もしかしてあれがケンタウロスなの?」


「いやぁ~……、あれは違うだろう、さすがに……」


「だよね。……でもさ、じゃあ、あれは何?」


「いやぁ~……、あんな生き物、見た事も聞いた事もねぇぞ?」


「そっか……」


「悪魔……、とか?」


「うぇっ!? 嘘っ!??」


「ああいう馬の頭を持つ悪魔がいたような……。いやでも、悪魔なら背に羽が生えているし、変体しているとしても、あんな間抜けな面じゃねぇはずだ」


「……確かに、あの間抜けな二人が悪魔だったとしたら、僕でも倒せそう」


「いやぁ~、なはは! おまいにゃ無理だろう?」


「く……、けっ!」


 魔導式樹上テントの上から、馬面人間たちを見下ろしながら、俺とカービィはこそこそと話し合う。

 眼下の二人は、未だ俺とカービィがひっかけたオシッコのせいでパニック中だ。

 取り出した聖水とやらも、何やら不発だったようだし……

 むしろ、その聖水とやらの方が何倍も臭かったのでは?

 ドブのような臭いがプ~ンと、俺の鼻まで届いてきてますよ。


 すると二人の内、背の低い方が頭上の俺たちに気付いて……


「あっ!? 父ちゃんあれ見てっ!!」


 父親なのであろう、もう一人の腕を掴んで揺さぶりながら、こちらを指さしている。


「何だあれはっ!? 人かと思えば……、猫と鼠じゃないかっ!??」


 間違ってはいないが……、せめて獣人って言って欲しいな。

 それに、お言葉を返すようですが、こちら側としては、人かと思えば馬じゃないかっ!? と言いたいところですねまさしく、はい。


 そして次の瞬間、馬面親子は急に青褪めて……


「ひぃっ!? もう一匹出てきたっ!??」


「ぬぁっ! あいつはまずいぞっ!! アンソニー、逃げろっ!!!」


 猛ダッシュで森の中へと逃げていくではないか。


 ……はて? もう一匹とな??


「あやつら、何者だ?」


 声が聞こえて振り返ると、そこには腕組みをしたギンロが立っていた。


「あ、ギンロ、おはよう」


 普通に挨拶する俺。

 確かにまぁ……、俺は見慣れているから大丈夫だけど、下からのアングルで見るギンロは、かなり恐ろしい生き物に見えるな、うん。


「あいつら、モッモに向かって矢を放ちやがったんだ」

 

 ふ~んと息を吐き、憤慨した様子でカービィは言った。

 まぁ……、その前に、俺たちが彼にオシッコをかけちゃったんだけどね。


「何? 攻撃をしかけてきたのか?? ふむ……、ならば我が相手をしてやろうぞ」


 え? 相手??


 俺が首を傾げる間もなく、ギンロは大きくジャーンプ!

 そのまま地面にスタッと着地したかと思うと、馬面親子が逃げて行った方角へと全力ダーッシュ!!


 ほぁっ!? なんっ!??


「おいギンロっ! 獣化はすんなよぉっ!!」


 慌てて叫ぶカービィ。

 しかし既にギンロは森の中……、姿は見えなくなっていた。


「も~、朝っぱらからうるさいわねぇ~……」


 のっそりとした動きでテントから出てきたのはグレコだ。

 まだ少し眠いのか、目を擦っている。


「あ、グレコ、おはよう」


 またしても普通に挨拶をする俺。

 どんな時でも、挨拶は基本中の基本、大事なんだぞ!


「モッモが変な奴等に襲われたんだ。それで、ギンロがそいつらの後を追って行った」


 ざっくりと説明するカービィ。

 やはりグレコにも、最初にこちらから失敬した事は話さないらしい。


「襲われたって……、えっ!? 大丈夫なのっ!??」


 カービィの言葉に目が覚めたのか、途端に血相を変えて俺を見るグレコ。


「大丈夫、矢が飛んできて……、ほらそこに」


 俺は、巨木の幹に突き刺さったままの矢を指さす。


「なんて事……、寝ている場合じゃなかったわね」


 眉間に皺を寄せて、何に対してかはわからないが、たいそう怒った顔になるグレコ。

 こ、怖い……


「あ~、お! 捕まえたみたいだぞ!!」


 カービィが指さす先には、気を失った馬面親子二人を引きずりながらこちらに歩いてくる、ドヤ顔のギンロの姿があった。 






「このような生き物は、僕は初めて見ますね」


「私も……、もし出会っていたら忘れません、こんな奇妙な生き物」


 気を失い、白目を向いている馬面親子をしげしげと観察しながら、マシコットとカナリーは言った。


「悪魔じゃねぇよなぁ? おいらの記憶が正しければ……、馬の顔した悪魔っていたよな??」


「いるにはいますが……、しかし、彼らからは魔力がまるで感じられない。さすがに、このような無力な悪魔はいないかと」


「だよな。じゃあ……、こいつらいったい何なんだ?」


 カービィとマシコットは、双方共に首を傾げた。


 一連の騒動とグレコの声で、テントの中でまだ眠っていたマシコットとカナリーも目を覚まし、グレコに続いてテントから出てきた。

 そして、俺たちは揃って地上に降り、今現在、ギンロが引きずって来た馬面親子を前に、みんなして考え込んでいるのだ。


 何処からどう見ても、何度見ても、馬だ。

 茶色い毛並みに、でっかい鼻と、鼻毛だらけの鼻の穴。

 顔の大きさの割には耳が小さく、気絶している為か口はだらしなく半開き。

 そこには草食獣ならではの、四角くて先が尖ってない歯がキッチリと並んでいる。

 目は、白目を向いてはいるがとても大きくて、睫毛がバサバサと無駄に多くて長い。

 正直言って……、この種族に生まれなくて良かった~と心から思うほどに、彼らはなんというか……、うん、不細工だ。


「こやつら、自らの事を人間だと叫んでおったぞ」


 腕組みをしたままのポーズで、ギロリと馬面親子を見下ろすギンロ。

 その目付きが半端なく恐ろしくて……

 仕留めたところを見ていないから分からないけれど、馬面親子が揃って白目を向いている辺り、かなり強烈なギンロの攻撃をくらったに違いない。

俺は少々、馬面親子を憐れんだ。


「人間? ……この顔で人間はないだろうよ!」


 そんな馬鹿な!? とでも言いたげに、ヘラヘラと笑うカービィ。


「も~、埒が明かないわ! 手っ取り早く本人達に聞きましょう!! カービィ、彼らを起こしてちょうだい!!!」


「合点承知の助っ!!!」


 グレコに命令されたカービィは、杖も詠唱もなし……


 ドバババババババ~!!!!!


 水の精霊も顔負けの、大量の水を空中から出現させて、気を失っている馬面親子二人の顔面にぶっかけた。


「ヒヒヒヒ~ン!?」


「ブヒヒヒヒ~ン!??」


 水攻めにあった馬面親子は、馬ならではの悲鳴を上げながら、不細工な顔を歪ませて目を覚ました。

 そして……


「ぎゃあぁあぁぁっ!? 化け物ぉおぉぉっ!!?」


「いやぁあぁぁっ!? 食べないでぇえぇぇぇっ!!?」


 誰を見て、何を思ったのか、二人揃って再度失神しそうな勢いで叫んだ。

 そのお顔の醜いこと醜いこと……、とてもじゃないが、見ていられない。


 化け物ってそんな……、お言葉を返すようですが、俺達からすれば、君たちの方が得体の知れない化け物なんですよ?

 人の外見をとやかく言う前に、鏡を見たらどうですか??


 慌てふためき、涙ながらに救済を懇願する馬面親子を前にし、俺たちはみんな、何とも言えない憐みの目を向ける事しか出来なかった。

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