371:白い悪魔

「じゃあ……、あなた達二人は、港町ニヴァで暮らしていた普通の人間の親子で、行方不明になっている人達を探す為に、数ヶ月前、数人で捜索隊を結成してこの森に入った。けれど、何者かに魔法でその姿に変えられて、町には戻れなくなってしまった……、という事かしら?」


グレコの問い掛けに、馬面親子は……


「ぞっ、ぞうなんでずぅ~! ブヘッ、ブヘッ!!」


「信じてくだざい~、ブヒヒ~ン!!!」


自らの涙と鼻水に溺れそうになりながら、必死の形相で訴えた。

その光景ときたら、なんともまぁ……、形容しがたい地獄絵図である。


カービィの水攻めによって目を覚ました馬面親子を待っていたのは、きつ~い尋問の時間だった。

ギンロによって、弓や短剣などの武器を取り上げられ、丸腰になってしまった彼らに出来る事は、ただただ命乞いをする事だけ。

ガタガタと震える二人に対し、グレコは……


「生きたいのなら、私の質問に答えなさい」


冷たい笑顔でそう言って、根掘り葉掘り、いろんな質問をしていった。

後ろには腕を組んだギンロが仁王立ちしているので、彼らがこの場から逃げる事など全くの不可能。

そんな、身も心も削られそうな状況の中、哀れ馬面親子は、その醜い顔面をベッチャベチャのグッチャグチャにしながら、全てを話したのだった。


この馬面親子……、父親の名前はブラーウン、息子の名前はアンソニーという。

ただ、どちらもよく似た薄汚い格好をしている上に、背丈はほぼ一緒、顔もほぼほぼ同じような馬面なので、どっちがどっちだかは声で判断するしか方法がない。

ブラーウンはしゃがれたおじさん声で、アンソニーは少し高めの子供のような声なのだが……

何しろ二人とも、先程からずっと涙声であるが為に、聞き分けるのも一苦労だ。

少々面倒だと感じた俺は、もはやどちらがどちらでもいいか、と思っている。


……ただ、一つ言いたい事がある。

仮にもブラーウンは、アンソニーの父親なのだ。

なのに、同じように号泣するのはどうかと思うぞ。

そりゃ~確かに、怖いだろうよ。

前にはグレコ、後ろにはギンロだもん。

仲間の俺だって、この二人に挟まれて尋問なんてされちゃあ、きっと盛大にちびっちゃう……

だけどさブラーウン、息子のアンソニーの気持ちも考えてよ。

自分の父親が涙と鼻水だらけになっている姿なんざ、普通は見たくないでしょ?

俺なら嫌だね、父ちゃんのそんな姿を見るのなんか……

うわぁ……、ついには涎まで垂れてきたぞ。

ブラーウン! 口閉じてっ!!

あ~あ、駄目だ……、こりゃもう父親の面目丸つぶれだな。


「ふむ……。この二人の話を信じるのならば、この森のどこかに魔法使いがいて、この二人と同じように頭部を馬に変えられた人間達が隠れている、という事になりますね」


メラメラと炎を燃やしながら、マシコットが言った。


「けれど……、虚言という事もあり得ますよ」


疑ぐり深いカナリー。

見た目は天使そのものなのに……


「本当なんでずぅっ! 本当にぃいっ!! しょっ、証拠なら、みんなに会ってもらえれば、わがってもらえまずぅうぅ~!!!」


ブラーウンの必死の訴えに、グレコはハァーと大きく息を吐いた。


「おかしな連中と出会ってしまったわね。……どうする、モッモ?」


「はへ? 僕??」


俺が決めるのですか???


「間抜けな声出さないでよ。私たちのリーダーはあなたでしょ? この先どうするのか、この人達の事をどうするのか、考えてちょうだい」


え~……、あれだけ好き勝手に尋問しておいて、最後は俺に丸投げですかぁ~?

う~ん……、でもなぁ~……


「えっとぉ……、特に彼らに用事があるわけでもないし、別に解放してあげてもいいんじゃないかなぁ?」


「うぇっ!? いいのかっ!?? おまい……、こいつに頭を矢で射られるとこだったんだぞっ!?!?」


そうは言うけどさぁ、カービィ……

ほら、半分は自業自得じゃない? 俺たち。

彼らはオシッコかけられたんだよ??

そりゃ~、知らない相手に上からオシッコかけられちゃ、弓を向けたくもなるでしょうよ。


「うん、まぁ、そうなんだけど……。それだって、勘違いだったわけでしょ? ねぇ??」


「ごぉっ!? ごめんなざいでずぅっ!!! 何か、毒液でもかけられたのかもって思ってぇえぇっ!!!!」


可哀想にアンソニー、そんなに俺たちのオシッコは臭かったかね?

こんな恐怖体験しちゃあ、ろくな大人になれないだろうなぁ……、ごめんよっ!


「しかし腑に落ちぬ……。何故我等を見張っていた?」


背後からギンロがそう尋ねると、親子は揃ってビクゥッ! と体を震わせた。

やっぱり、ギンロが一番怖いよね、うんうん。


「それは、その……。もし、町の者がまた、行方不明者の捜索のために森へ来たのだとしたら……。わ、私たちの二の舞に、な、ならないようにって……、う、うぅ……、うぇ~! ヒヒーン!!」


なるほど、俺たちがその何者かに馬にさせられないように……、見守っていた、というわけか……?


「その、あなた達を馬に変えた魔法使いって、何処にいるの?」


「う……、何処にいるのかは分かりません、けれど、仲間達はみんな、ヒッポル湖のほとりで、その……、似たような者を見かけたと言っていて……」


「ヒッポル湖? それは……、この森の西にあるという湖の名前かしら??」


「は、はい、そうです……。昔からその湖には、この島の守り神が暮らすと言われていて……。数年前、外界から来た若い狩猟師ハンターが、その守り神は悪魔だから倒さなければならない、と言って、一人で森の中に入り行方不明になったのをきっかけに、このタウラウの森は帰らずの森と呼ばれるようになりました。それ以降も、森に入った者はことごとく行方不明となり……。三ヶ月前、生活苦を理由に、森に狩猟に出かけた友人が行方不明となって、私たちは捜索隊を結成し、森へと入りました。しかし、そこで待っていたのは、お、恐ろしい……、白い、悪魔……」


白い、悪魔とな?


「は、白髪の……、ち、小さな、子ども……。あいつのせいで、私たちは皆、このような……、馬の頭に……、ブヒヒヒヒーン!」


「ヒヒヒーン! 元の姿に戻りたいよぉ!!」


う~ん……、なんだかまた、話がややこしくなってきたぞぉ~?


「そのヒッポル湖っていうのは、ニベルーの隠れ家がある湖のことよね?」


「おそらくそうでしょう。この森に、湖は一つしかありませんから」


この島の地図を広げて確認しながら、カナリーはそう言った。


「その湖の近くで、その白い悪魔とかいう魔法使いが目撃されているとなると……、う~ん、なんだか嫌な予感がするわねぇ……」


グレコが苦笑いする。


「ん~、こりゃ一旦、こいつらの仲間とやらに話を聞いた方が良さそうだな。もし本当に、その白い悪魔が湖にいたとして……、何でもいいから情報が欲しい。知らずに近付いて、こんな馬面にされちゃあ、グレコさんも嫌だろう?」


「嫌よこんなのっ! 絶対に嫌っ!!」


……二人とも、容赦無いな。


「じゃあ決まりですね。お二人とも、手荒な事をして申し訳ありませんでした。さぁ、涙を拭いてください」


マシコットはいつもの優しい笑顔で、二人にハンカチを差し出す。


「僕達を、お二人のお仲間の所へ案内して頂けますか?」


マシコットの申し出に、ようやく疑いが晴れて、この恐怖から解放されるのだと悟ったブラーウンとアンソニーは……


「もっ! 勿論ですっ!! 良かった……、良かった分かってもらえてぇっ!!!」


「ヒヒーン! ヒヒーン!! 怖かったよぉおっ!!!」


今度は違う意味で号泣し始めたのだった。


いやはや、また妙な展開になってきたなぁ~。

その白い悪魔が、本物の悪魔だとしたら……

うん、グレコの言うように、嫌な予感しかしないな~、はははは~。


ブラーウンとアンソニーが泣き止んで、落ち着くのを待つ間、俺たちは呑気に朝食をとる事にした。

いつもに比べてみんな、言葉数が少ない。

きっと頭の中で、各々に考えを巡らせているのだろう。


白い悪魔と呼ばれる魔法使いは、いったい何者なのか?

何故そいつは、ブラーウンやアンソニーを、馬面に変えたのか??

そして……、この森に住むというケンタウロスは、太古からの神は、果たして本当に存在するのか???


甘~い蜂蜜がたっぷりかかった、ホカホカの胡桃くるみパンをもぐもぐと頬張りつつ、俺はそんな事を考えていた。

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