369:やっべぇ〜……、馬だ

ゴロン……、ドスッ!


「ぐはぁっ!?」


俺は、言葉にならない衝撃をお腹に感じて、目を開けた。

恐る恐るお腹を見ると、そこには見慣れたピンク色の足が覆い被さっている。


「くっ!? このぉ……、えいっ!」


「がはぁっ!?」


やられたらやり返す、倍返しだぁっ!


「くらえっ! とうっ!!」


「うがほぉおっ!??」


俺は、隣でスヤスヤと寝息を立てていた、とっても寝相の悪いピンク毛玉野郎に、自分がされたのと同じように、かかと落としを二発食らわせた。

あまりの衝撃に、さすがのカービィも目を覚ます。


「うぁっ!? えほっ!! えほっ!!! なっ、何すんだモッモ!?!?」


「それはこっちのセリフだぁっ!!!」


カービィは勿論、無意識に寝返りを打っただけなのだろうが……、それを仕方がないな~と許せるほど、俺は大人ではないっ!


昨晩、食事の後で軽く談笑した後、俺たちはみんなで仲良く就寝した。

無論、ベッドも何もないただのテントなので、寝袋のような物を使っての雑魚寝である。

ただ、本来ならこのテントの定員は四人らしく、いくら俺とカービィが小さいとはいえ、少々狭い。

ギンロがいつものように座って寝てくれたので、なんとかみんな寝転ぶ事が出来たのだが……

悲しい哉、睡眠中に、寝返りによるかかと落としを避ける術は俺にはありませんでした。


「も~、うるさいわねぇ~。……吸うわよ?」


ギャーギャーと言い争う俺とカービィの声に反応し、半分寝たままではあるものの、グレコがそう言った。


「ひぃっ!? ごめんなさいっ!! 吸わないでっ!!!」


「おぉっ!? 是非吸ってくださいぃっ!!!」


馬鹿野郎カービィ!

ブラッドエルフに吸われたら最後……、マジのマジであの世行きだぞっ!?


セシリアの森のブラッドエルフの村の海岸で、グレコの母ちゃんである巫女様のサネコに吸われたあの時の事を思い出し、俺は体がスーッと冷たくなるのを感じた。

それと同時に、昨晩水を飲みすぎたのか、激しい尿意に襲われた。


「うぅ……、オシッコしよ」


ぶるると体を震わせて、俺は立ち上がる。


「あ、オイラも」


何故だかカービィも付いてくるらしい。

連れションってやつだな。


俺とカービィはそろそろと、入り口付近で眠るギンロを起こさないようにと気をつけながら、テントの外に出た。


「おぉ~、もうすぐ夜明けだな~」


ヒンヤリとした空気の中、カービィの声がこだまする。

頭上に見える空にはまだ星が輝いているものの、東の空は白み始めていた。


「……ここでしちゃってもいいのかなぁ」


丸太の床の端まで歩き、眼下を覗きながら俺は呟いた。


魔導式樹上テントが設置されているのは、地上からおよそ10トールほどの高さの場所だ。

梯子を使って降りるのは少々面倒だし、何より足の短い俺が一人で梯子を降りるのはとても難儀なもので、時間がかかって漏れてしまいそうだ。


「なぁモッモ、どっちが遠くまで飛ばせるかやろうぜ!」


「えっ!? あ、あ〜なるほど……、いいよっ!!」


俺とカービィは、誰も見ていない事をいいことに、小ちゃな下半身をポロリと出して、この地上10トールの高い場所から、勢いよく放尿した。

ジョロロロロ~という音と共に、弧を描きながら、遥か下へと落下していく我等がオシッコ。


「はっは〜! おいらの方が飛んだなっ!!」


「嘘だっ! 僕の方が飛んでるよっ!!」


なんとも馬鹿らしいだろうが、俺はこの瞬間に、今まで感じた事の無い、青春というものを感じていた。

そして……


ヒュン……、ドスッ!


「……え?」


俺のこめかみの横ギリギリを、何かがかすめていった。

いったい何が? と思い、ゆっくりと振り返ると、そこにあるのは頑丈な巨木の幹に突き刺さった一本の矢。


「えぇえぇぇっ!?」


「モッモ! 伏せろっ!!」


「フギャンッ!?!?」


下半身を露出させたまま、丸太の床に伏せる俺とカービィ。


なんだっ!? なんだっ!??

なんなんだぁあっ!?!?


心臓がバクバク、呼吸がハーハーしている俺の耳に、見知らぬ声が聞こえてきた。

どうやら、この巨木の下に、何者かがいるらしいのだが……


「おいっ! 弓を打てとは言ってないだろっ!?」


「でもっ! 妙な液体が降ってきたんだっ!! うっ……、臭いっ!!! なんだこれっ!??」


「とりあえずこれで拭えっ! 痛みは無いかっ!?」


「痛みはないけど……、うぅっ、臭いっ! 臭いよっ!! 鼻がもげそうだっ!!!」


「何かの毒液かも知れないな……。よし、これをかけろ。ヒッポル湖の水だ、神の御加護があるぞ」


「う、ぐっ……、ぐわっ!? 臭いっ!! この水も臭いっ!??」


「何を!? これは聖水だぞっ!?? 臭いなんて事が……、ぐあぁっ!??? なんて臭いんだこれはぁっ!?!??」


……えっと~、何だろうな?

なんだか、新喜劇のコントみたいな会話が聞こえてくるぞ??


俺とカービィは、身を低くしたまま、そっとズボンを履き直し、丸太の床の端から下を覗き見た。

そして、二人同時にこう言った。


「やっべぇ~、……馬だ」

「やっべぇ~、……馬だ」


俺たちの目に映ったそれは、ケンタウロス……、では無かった。

記憶の中にあるケンタウロスは、上半身が人間で、下半身が馬の四本足の生き物だ。

しかし、今俺たちの目の前にいるのは、馬の顔をした人間。

即ち、衣服を身につけたまんま人間の体に、首から先には馬の顔がついている、なんとも奇妙な生物だった。

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