364:森の笛

「あら? 言ってなかったかしら?? あたしはケンタウロスと人の間に生まれたパントゥーよ♪ ほら、ケンタウロスって性欲旺盛でしょう? うっかり森に入っちゃった母に、父が一目惚れしちゃって♪ その日からはもう、アプローチの嵐よ! それで、すったもんだありつつも、あたしが生まれたってわけ♪ うふふ♪ 驚かせてごめんなさいねぇ♪」


……自分の父親の事を、性欲旺盛だなんてすんなり言えちゃうあなたの言動に、俺は今驚いてますよ。


ムキムキマッチョな下半身草食系男は、もれなくクリステルだった。

頭のシャンプーハットをとり、お顔に貼られていたパックを剥がすと、そこに現れたのは、男性ながらも可愛らしい顔立ちをしたクリステルの素顔。

あんな、昨日みたいな濃ゆい化粧はしない方がいいんじゃないか?

体格はともあれ、すっぴんの方がまだ可愛さがあるよ、うん。

……百歩譲ってだけどね。


クリステルに招かれるまま、俺たちは建物の中に入った。

そこは、表の店から繋がっているクリステルの住居スペースらしい。

小さなキッチンが併設されている部屋の中は、クリステルの体格には全く似合わない、ピンクや白といった乙女カラーを基調とし、ゴージャスかつビューティフルな薔薇柄の家具で満たされていた。


うぅ……、ラブリーすぎる!

目がチカチカするぜ!!


「待ってね、今お茶を入れるから♪」


人差し指をクルルンと回して、ガスコンロ風のかまどに火をつけ、これまたお洒落なポットでお湯を沸かそうとするクリステル。


すげぇ~、火が勝手についたぞ!?

 クリステル、魔法使えるんだ~。


「あ、えと……。ごめんなさい、あの……。外で、人を待たせているので、あんまりノンビリとはその……」


クリステルの存在感に圧倒されてしまっているのか、なかなかに歯切れの悪いグレコ。

……まぁ無理もない。

もしかしたらグレコは、オカマとかオネェとかいう人種に出会うのは、これが初めての事かも知れないのだ。

昨日は絡みが少なかったからね。


「あらあら、急ぎだったのね、ごめんなさいあたしったら。じゃあ……、ちょっと上から取ってくるから、待っててちょうだい♪」


そう言うと、クリステルは一瞬でポットの火を消して、奥にある扉から出て行ってしまった。

足音を聞く限り、階段を上がって上階に向かったらしい。


「取ってくるって……、何をだ?」


首を傾げるカービィ。


「モッモ、昨日、忘れ物でもしたの?」


「いやぁ~……、してないはず、だけどなぁ……」


はて? と考える俺。


天井からガサゴソと、物を漁る音がしばらく聞こえていたかと思うと、軽快な足取りで階段を降り、クリステルは戻ってきた。


「さぁさぁ……、モッモちゃんはどっちをご所望かしらねぇ~♪」


そう言うとクリステルは、俺の真ん前にしゃがみ込んで、両手を出してきた。

その手の中には、小さな箱が二つ並んでいる。

右手にあるのは、キラキラと輝くガラス細工の箱。

左手にあるのは、少々年季の入った木製の箱。


「え? これは……??」


こんなもの、俺は忘れて行ってませんけど???


「あたしからのプレゼントよ♪ けど、一つしかあげな~い。だからどちらか選んでちょうだい♪」


プレゼント? 何の??


話があると言われたのでここへ来たのだが、プレゼントとはいったい……


「モッモ、とりあえず選んだら?」


えぇ~?

とりあえずってなにさグレコ。


「んだ。くれるって言うなら貰っとけ~」


えぇ~?

中身も分かんないのに適当な事言うなよカービィ。


「……菓子かも知れぬぞ」


えぇ~?

それはあんたの願望でしょうよギンロ。


さてさて、どうしたもんかねっ!

中身の分からぬガラスの箱と木の箱。

金の斧か銀の斧のどちらかを選びなさい、っていうあれではないよな?

どちらも選ばなかったあなたは正直者なので両方授けましょう、っていうあれではないよな??

……いや、てかまず、俺何にも落としてないしっ!!


それにさ、正直、どっちもいらないよ。

変な物が入ってたら困るし。

呪いのなんちゃら~とか、不吉ななんちゃら~とか、気持ち悪い虫とかさ……


しかしながら、どちらも受け取らないという選択肢はとれなさそうだ。

目の前にいるニコニコ笑顔のクリステルが、俺になんとも言えないプレッシャーを与えてくるのだ。

さあ、早く、選びなさい! と……


木かガラスか、右か左か……

選べって言われても、そんな急には……、ん?


ここで俺は、ハタと思い出した。

そういえば誰かが、右と左で迷った時は右を選べって、言っていたような……

誰に言われたんだっけ? 思い出せない。


まぁ、もうこの際、どっちでもいいや!

どうせ中身は大した事ない物さっ!!


悩む事に飽きて開き直った俺は、俺から見て右側に当たる、クリステルの左手の上にある木の箱を手に取った。

かなり古い物で、丁寧に扱わないと壊れてしまいそうなほど脆く見えるそれは、見た目の割に重量があって、どうやら中に何かが入っているようだ。


「うふふふふ♪ さすがねぇ~、モッモちゃん」


少々気味の悪い含み笑いをしながら、もう一つのガラスの箱をテーブルの上に置くクリステル。


「まさかとは思ったけれど……。やっぱりあなたは、選ばれし者なのね。モッモちゃん、それを開けてご覧なさい」


言われるままに木の箱を開けるのは、かなり抵抗があるのだが……

俺の後ろに控える三人が、興味津々に俺の手元を覗いているので、開けないわけにはいかない。


お願いします神様……

箱を開けたら白い煙が出てきて、気付いたらお爺さんピグモルになってました! なんて事になりませんように。


恐る恐る、そっと、木の箱の蓋を取る俺。

その中身は……


「んん? なんだこりゃ??」


「……石、かしら?」


「石にしては歪である。穴も開いておるぞ」


首を傾げる三人。

しかし、俺にはこれが何なのか、大体の見当がついた。

前世の記憶の中にあるそれとは、少しばかり形が違ってはいるが……


「これは……、オカリナ?」


俺の言葉に、三人は余計に首を傾げた。

どうやら、オカリナはこちらの世界にはないらしい。


「それはね、森の笛という楽器なの。帰らずの森に住むケンタウロスを呼ぶ為の、魔法の笛よん♪」


クリステルはニコリと笑い、俺に向かって気色の悪いウインクをしてみせた。


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