363:ケンタウロスのお尻

「ここを右に曲がると……、あ! あったわ、あそこ!!」


グレコが指差す先には、見覚えがあるようなないような、こじんまりとした看板が掲げられた店がある。

《ケンタウロスのお尻》と書かれたその看板には、何故か真っ赤などでかいキスマークのイラストが添えられていた。

……なんとも言えない、下品な看板だな。


船を降り、ハイエルフと共にフラスコの国へと向かうノリリア達を見送った後、俺たちは黄色くて湾曲した建物が立ち並ぶニヴァの町を歩き、昨晩の料理屋へやって来た。

まぁ、料理屋と言うか……、完全にバーだなこれは。

店長がムキムキマッチョのオネェだから、オカマバーか?

てか、どうしてケンタウロスなんだ??


「かなりパンチの効いた名前のお店ですね」


そう言ったのは、白薔薇の騎士団メンバーの一人、今回のプロジェクトでは通信班に割り振られている、ガルダリアンのカナリーだ。

ガルダリアンとは、背中に翼を持った、いわゆる翼人種に分類される種族らしい。

肩まである真っ直ぐな白髪に、青い瞳の整ったお顔、背には鮮やかな黄色の翼を持っているカナリーは、それこそ俺には天使に見える。

まさかこの美しいカナリーが、あの顎が出っ張っていたオーラスと同種族だなんて事は、言われなきゃ分からないし、言われたってピンとこないな。


ただ、そんな風に美しいカナリーなのだが……


「こんなお店、私なら絶対に入りたくないです」


うん、なかなかにこう、バスッ! とぶった斬る物言いをするんですね~これが。

美しい見た目と、辛口な口調から想像し得る激しい中身のギャップが半端ない。


「そんな風に言うのは良くないよ、カナリー。グレコさん、僕とカナリーは外で待ってますから、皆さんで話とやらを聞いて来てください」


そう言ったのは、こちらも騎士団の白いローブに身を包んだ、炎の精霊と人とのパントゥーであるマシコットだ。

出会った当初は鉄仮面で顔を隠していたのだが、コトコ島でそれを外してからというもの、面倒臭くなったのか、ずっと鉄仮面を被らずに過ごしていらっしゃいます。

今日もメラメラとお顔が燃えていて、近付くと結構熱かったりするのだが……

なんとも不思議な事に、マシコットを包んでいる炎は他の物に引火しないのだ。

一体全体どうしてなのか……、その理由は俺にはわかりませんっ!!


……さて、何故この二人が俺たちに同行しているかと言いますと、少々時を遡ります。


「あたち達はカサチョの元へ向かうポ。だけど……、万が一の事もあるポね。アイビーと他数名には船に残ってもらうポよ。それと、これはお願いになるポが、マシコットとカナリーをカービィちゃん達に同行させて欲しいポ。あたち達が、あのハイエルフの方々とここを離れた後で、ポ」


ノリリアと話をしていたカービィが、最後にノリリアがそう言ったと言って……

ハイエルフとノリリア達を見送った後、船で待機すると見せかけて、マシコットとカナリーは俺たちに合流した。


どうしてそんな事をしたのか。

まるで、ハイエルフを欺くような、そんなやり方をしたのかと言うと……


「彼ら、只者じゃないポ。もしかしたら、罠かも知れないポね」


ノリリアはカービィにそう言っていたという。


「まぁ、あいつの事だから大丈夫だ。本当にヤバくなったら、アイビーに知らせて助けに来てもらうだろうさ」


カービィはそう言うけど……

たぶん、通信班のカナリーを俺たちに同行させた辺り、ノリリアはきっと、本当に危なくなったらカービィに助けを求めるんじゃないかな? なんて、俺は思っていた。


マシコットはと言うと……


「帰らずの森に住むという、太古からの神に興味があるんだ」


という、私情全開な回答が返って来た。

マシコットは、一応戦闘要員としてこのプロジェクトに参加しているはずなんだけど……

恐らく彼は、重度の神様オタクなのである。

この間も飲みの席で、これまで俺が出会って来た邪神の話を聞かせたら、少年のように目を輝かせて、根掘り葉掘り質問責めにされたのだ。

正直、邪神に出会って倒した経験があるのは俺なのに、書物でしか邪神を知らないはずのマシコットの方が、邪神の何たるかについて詳しかった。


まぁそういうわけで、きっとマシコットがノリリアに頼んだのだろう。

彼も俺たちに同行する事になったのだ。


「じゃあ、私たちは中で話を聞いてくるわね。出来る限り早く終わらせるから」


そう言ってグレコは、お店の扉を開こうとドアノブに手をかけた。

が、しかし……


ガチャガチャ


「ん? あれ??」


ガチャガチャガチャガチャ!


あの~、グレコさん。

 そんな風に乱暴にしたら壊れますよ?

器物損壊は、立派な犯罪ですよ??


「んもうっ! 開かないじゃないっ!?」


執拗にドアノブをガチャガチャした後に、グレコはちょっぴり怒りながらそう言った。


「朝だから店は閉まってんだな。裏口に回ろうか」


カービィの提案で、カナリーとマシコットをその場に残し、建物と建物の間の細い道を抜けて、店の裏口へと俺たちは向かった。

そこには勝手口のようなものがあって、すぐ横に、不細工な馬の顔の形をした来客用の呼び鈴が設置されている。


「これかしらね?」


ディリンディリンディリ~ン!


呼び鈴を鳴らすと、なんともいえない不愉快な音が辺りに響き渡った。


この呼び鈴もあの看板も、きっと店主であるクリステルの趣味だろうが……

なかなかに個性的すぎるな。


そんな事を考えていると、ドアの向こう側からカチャカチャと、鍵が開けられる音が聞こえてきた。

そして、ゆっくりと扉が開かれる。


「だぁれぇ~? んん~?? あらやだっ!? 昨日のっ!??」


そこに現れたのは、デカイ顔に保湿の為の白いパックを貼り付けて、何故だか頭にシャンプーハットのような物を被った、ランニングシャツ姿のムキムキマッチョな男。

恐らくは、あのオネェの店長クリステルなのだろうが……


「はっ!? 下半身がっ!??」


あまりの光景に、俺たちは四人揃ってギョッとする。


ショートパンツの下からニョキッと生えているその生足は、完全に人のものではなく、草食獣のそれなのだ。

薄い茶色の毛が生えそろい、足先には靴を履く代わりに頑丈そうな蹄がついている。


驚いて目を見開き、その蹄と男のパックの顔を何度も見比べる俺。

すると彼は……


「うふふん♪ いらっしゃい、モッモちゃん♪」


オネェ丸出しの声と、満面の笑みでそう言った。


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