336:良い粗霊
ゴゴゴゴゴ~……、ドロドロドロ~
マグマは流れるよ~、どこまでも~♪
ザァアァァーーーーーーー
雨は降るよ~、いつまでも~♪
ジョロロロロ~
オシッコ出たよ~、スッキリだ~、へいっ♪
「へぁ〜、ふぅ~……。疲れたぁ~」
溜息と共に、俺は大きな独り言を吐いた。
上空より降り注ぐは灰色の雨、もはや土砂降り。
眼下を流れるはマグマの川、落ちたら即死。
こんな場所で、こんな状況で、用を足した経験を持つピグモルなど、この世界には俺を除いて他にはいまい……、ふふふん♪
疲れた頭で妙な優越感に浸りつつ、ズボンをキチンと履き直した俺は、テクテクと歩いて騎士団のテントへと戻って行った。
西の空に太陽が沈み、辺りが薄暗くなってきた頃、紫族の東の村はようやく落ち着きを取り戻した。
雨が降った事で、悪魔ハンニの思操魔法にかかっていた西の村の者達は正気を取り戻した。
ただ、操られている間の記憶は消えてしまったらしく、皆かなり動揺していた。
怪我をした勉坐と、気を失ったままの雄丸に代わって、野草がみんなに事の経緯を説明していたから……、うん、大丈夫だと思う。
コニーデ火山は結局、三度大きく噴火した。
空には灰が舞い、大量のマグマが火口より流れ出てきた。
ノリリアは計画通り、東の村から数百メートル手前の山間部に巨大な溝を掘り、そこへマグマが流れ込むように仕向けた。
マグマはまんまとその溝にはまって……、結果今も、海まで真っ直ぐに流れていっている。
騎士団のみんなは、見張りと称してそのマグマの川の近くにテントを張って、今夜はそこで過ごすようだ。
かく言う俺も、若干……、いやかなりビビりつつも、騎士団のテントを使わせてもらってます、はい。
そしてその中では……
「じゃあ最初から、悪魔の残党の処理も、今回のプロジェクトの一部だったんだな?」
「そういう事になるポね。でも、団長とウルテル国王は、あくまでも可能性の話だと言っていたのポ。だから、正直あたちは、まさかこんな事にはなるとは夢にも思っていなかったのポ。今回のプロジェクトの正式な目的は、アーレイク・ピタラスの墓塔の攻略ポね。それがまさか……、本当に悪魔の残党がこのピタラス諸島にいたなんて……」
小さな机を挟んで、向かい合うカービィとノリリア。
先程からずっと、双方共に難しい顔をしながら、そうやって話し合っているのだ。
その周りには、同じように難しい顔をしたパロット学士と、副リーダーのアイビーと、衛生班リーダーのロビンズ、通信班リーダーのインディゴもいる。
なんだか、混じっちゃいけないような空気なので、俺はそろりとその場を抜けて、階段を上がった先にある寝室へと向かった。
騎士団のテント内は、空間魔法によって普通の一軒家並みの広さがある。
一階には談話室と、お風呂などの水回りがある。
二階には個室が五つあって、俺たちは一人一部屋を当ててもらった。
手前の部屋では、ギンロがベッドで眠っている。
カービィの懸命な治療によって、ギンロは一命を取り留めた。
呼吸は落ち着いているし、出血も既に止まってはいるものの、なかなかに深手を負ったようなので、万が一苦しみ始めた時のために、声が聞こえるようにと扉は開かれていた。
その隣が俺の部屋で、向かいがカービィの部屋。
一番奥の部屋は空いていて、手前にある、ギンロの部屋の向かい側がグレコの部屋だ。
グレコの部屋も扉が開かれていて、中では親しげに会話をするグレコとマシコットの姿があった。
マシコットはもう、その燃える顔に鉄仮面を被ることをやめたようだ。
至近距離だとちょっぴり熱いけど……、爽やかな顔立ちの青年がそこにいた。
「あ、モッモ君! 君にも話を聞かせて欲しい!!」
階段を登ってきた俺を見つけて、マシコットが声をかけてきた。
鉄仮面を被っていた時はそうでもなかったのだが……
くそぅ! 顔だけじゃなくて声もイケメンかよ、畜生っ!!
と、心の中で悔しがりながら、俺はマシコットとグレコの元へと歩いて行く。
「さっきの奴、自分でも言っていたけど、アメフラシっていう粗霊なんだってね。マシコットが教えてくれたわ」
いつもと少し違う、よそ行きの顔でニコッと笑うグレコ。
……けっ、イケメンと話せてご機嫌なんですかねっ!?
「これを見てくれるかい? ここに、粗霊アメフラシの形態が描かれている。ただこれは、一般的なアメフラシの形というだけで、それ以外の形態を持つ者も中にはいるだろうね」
マシコットは、膝の上に置いた分厚い書物を開けて、その中に描かれている奇妙な生き物を指差した。
それは間違いなく、アメコだ。
細部は違っているだろうが、この気持ち悪い触手だらけのナメクジのような姿をした生き物なんて……、他にはなかなかいないだろう。
「そのさ、ソレイって何なの?」
アメコ自身も言っていたけど、何なのそれ?
初めて聞くんだけど……
「粗霊というのは、大まかに分類すると精霊の一種だ。だけど、その力は実に歪なものでね。精霊とは似て非なる存在……、いや、精霊に比べればその存在は、とても卑しいものなんだよ。例えば、水の精霊ウンディーネなら、無条件で水を生み出し、操る力を持っている。しかし、君たちが遭遇したアメフラシのような粗霊は、周りの水を吸い取って初めて水を操る事が出来る。つまりそれは、この地に自然の雨が降らなかったのは、その粗霊が雨を吸い取っていたからだと考えられるね」
「えっ!? そんなっ!?? ……じゃあ、この島から雨を奪っていたのは、アメコだったって事なの?」
「そういう事になるね」
マシコットの言葉に俺は、ただただ愕然とした。
ハンニの言っていた事はこの事だったのかと……
想定外の事実に、俺はショックを隠し切れない。
あのアメコが、まさか、島から雨を奪っていた張本人だったなんて……
「ただ、一つ言えるとすれば……。そのアメフラシ自身が、自らの歪な力に気付いていたかどうかは定かではない。鬼族の姫巫女を通じて雨を降らせていたと聞いたけど……。少なくともそのアメフラシは、自分の力を使って、この村の鬼達を救いたかったはず。粗霊と言えども、邪悪な心を持っているとは限らないからね。グレコさんの話だと、そのアメフラシは、最後には自らを犠牲にして、この雨を降らせたんだろう? だったら……。そのアメフラシはきっと、良い粗霊だったに違いないよ」
マシコットの言葉は、俺の疲れた心にじんわりと浸透していく。
アメコは良い奴だった……、そんな事は分かっている。
自分の身を犠牲にしてでも、紫族達を守ったんだ。
アメコは良い奴だった、当たり前だ。
ただ……、この五百年間は、いったい何だったのかと……、思ってしまう。
アメコの五百年、桃子の五百年、そして志垣の五百年。
長すぎる過ぎた年月を思うには、俺はまだ全然、青臭いガキンチョだ。
アメコの気持ち、桃子の気持ち、志垣の気持ちを考えても、全く想像だに出来ないのである。
ただ、なんとなく……
「やり切れない、わね……」
ポツリと零したグレコの言葉に、俺は静かに頷いた。
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