335:これを授ける

「なんだこの化け物はぁあっ!?」


アメコの姿を目にした雄丸が、一瞬だが、その視線を袮笛から外した。

その隙を、袮笛は逃さなかった。


ザンッ!


「ぐあぁあぁっ!?!?」


叫び声を上げて、手から双剣を放す雄丸。

白目を剥いたその顔には、頭のてっぺんから真っ直ぐ胴体へ向かって、紫色に光る一本の線が走っている。

袮笛が、雄丸の体を、縦に真っ二つに斬りつけたのだ。

だがしかし、雄丸が血を流す事はなかった。

袮笛の持つ光の大剣は、雄丸の肉体ではなく、その中にあるものを斬り裂いたのだった。


「あれが……、ハンニの呪い……?」


斬りつけられた雄丸の体から、真っ黒な煙が溢れ出す。

それはまるで、死霊の叫び声のような、思わず耳を塞いでしまうほどの高く悲痛な声を上げながら、空へと昇っていく。

そして、その煙が収まる頃には、雄丸の体からは漆黒の痣が消え、体中を取り巻いていた炎もスッと消えていった。


雄丸は気を失い、前のめりに地面へ倒れた。


「あ……、姉様ぁっ!?」


雄丸のそばに立ち、その様子を見下ろす袮笛に、砂里が駆け寄る。

袮笛は、肩で大きく息をしているものの、手傷を負っている様子はなさそうだ。

しっかりと両足で地面に立ち、光の大剣を元の破邪の刀剣の姿へと戻した。


「砂里……。心配をかけたな」


袮笛は優しく微笑んで、砂里をその胸に抱きしめた。


お……、終わった、のかな?

ようやく、悪魔ハンニが仕掛けた全てが、終わった……??


だがしかし、周りの巫女守り達は未だ悲鳴を上げ続けている。

何故ならそれは……


「やっ!? 野草様ぁっ!?? ご指示をぉっ!!??」


「どんどん膨らんでいくっ!?」


「逃げろっ! 逃げろぉおっ!!」


雄丸が倒れている場所とは別のところで、アメコがその気味の悪い巨体をプルプルと震わせながら、どんどんと膨らんでいっているではないか。

身体中から煌々と光を放ちながら、無数の触手をうねらすその姿はまさにモンスター。


あいつに一度でも食われたのかと思うと……、うぅう〜!

 今になって寒気がしてきた!!


ガクブルガクブル


巫女守り達は次々と、祭壇の近くへと避難してくる。


「案ずるな! そこにおわすのは雨神様だ!! 我らが屋敷の試練の洞窟の先におられる、恵の精霊様ぞ!!! 我らに害を為される事など決してない!!!!」


祭壇の上で、桃子を抱えながら、巫女守り達に告げる野草。

だがしかし、その説明が裏目に出たようで……


「あっ!? あんな化け物が試練の洞窟の先にいたのかっ!??」


「なんと恐ろしいっ!? 姫巫女様はいったい、何を考えておられるのだっ!??」


「離れろぉっ! 退避退避っ!!」


……うん、まぁ、普通そうだよね。

あんなの、どっからどう見たって、気味の悪い怪物だ。

昔は小さかったにしろ、よくあんなもんを拾い上げたよね、コトコ。

……てか、何故にここまで大きくなったんだ?


と、どうでもいい事を考えているうちにも、アメコはどんどん膨らんでいって……


『時の神の使者、モッモよ……。そなたにこれを授ける』


アメコが急に、一本の触手をニュ〜っと伸ばして俺に近付けてきた。


ぎゃあっ!? なんだなんだぁっ!??


心の中で悲鳴を上げつつも、その触手が差し出すものを見る俺。

ヌメヌメと光る触手が持っているのは、赤銅色の、五角形の盤だ。


そ……、それを、受け取れと?

かなり嫌だ。

 どう考えたって、ぬめってるよね、それ……


しかし、授けると言われてしまっている以上、受け取らないわけにもいくまい。

俺は、小刻みに震える両手を差し出して……


ベチョリ


ひぃいぃっ!? 気持ち悪いぃっ!!?


アメコのベトベトの粘膜に包まれたそれを、俺は震えながらも観察する。

おそらく金属で出来ているのであろう、ずしっとした重みのある赤銅色の盤には、金色の五芒星ペンタグラムが描かれていて、五つある星の先っちょには紫色に輝く宝石が埋め込まれており、中央部分は鏡になっている。


なんだこれ? 何の……、何??


てか、誰か水をぉっ!!

手がっ!? 手がっ!?? 手があぁあっ!!??


 ベチョベチョ〜、ヌチョヌチョ〜


『それは、コトコが時の神の使者に残しし遺産。アーレイク・ピタラスが創りし【封魔の塔】を開く鍵となるもの』


「えっ!?」


「なんですってっ!?」


アメコの言葉に、俺とグレコは同時に驚く。


これが、コトコの遺産!?

アーレイク・ピタラスの墓塔の鍵っ!??

 ……ヌチョヌチョだけどなっ!!??


『その昔、コトコの師であるアーレイクは、かつての大陸に現れし異空間への穴を塞ぐべく、大陸を破壊した。そうして生まれたのがこの島々である。そして、その島々の中央に位置する最も巨大な島に塔を築き、いずれ訪れるであろう奴らとの戦いに備えたのだ。先手を打つ為に、アーレイクの四人の弟子は、こちら側に残った五匹の悪魔のうち四匹を追って、それぞれが四つの島へと渡った。他の者達がどうなったのかは分からぬが……。コトコは自分の命の期限を悟り、その鍵を我に託した。遥か未来に現れるであろう、時の神の使者に授けんが為に。奴らは力を蓄えて、再びこの世界へと穴を開ける。それを防ぐは時の神の使者の役目。この鍵を持って、封魔の塔を開き、そこに残された【邪滅アポクティビブリオ】を手に入れるのだ。それが奴らに勝つ為の、最大にして唯一の方法』


えっ!?

えっ!??

えっ!?!?


なんっ!?

今なんてっ!??

何言った!?!?


なんか……、めっちゃ重要な事、サラッと言ってないぃっ!?!!?


「何それ? どういう事……、なの??」


混乱する俺とグレコ。

周りの者達はみんな、いったい何の話をしているんだ? といった顔付きでいる。

しかし勉坐だけは……、アメコの言葉の意味を理解し、まさか!? といった表情をしていた。


『もはや、我に桃子は守れぬ。我は雨となりて、この地に永劫の恵みをもたらそう。……思い返せば、長い年月が経った。粗霊それいとして生まれし我を、コトコは嘘偽りない優しき心で包んでくれた。コトコ亡き後、雨を降らせる為とはいえども、桃子も志垣も、我を慕ってくれた。誰からも必要とされぬ、疎まれるべき存在である我を……。今、その者達が愛する地が、愛する者達が、失われようとしている。ならば、我が為すべき事はただ一つ』


アメコは、どんどんどんどん、どんどんどんどんどんどん、膨らんでいって……


「んん……。な……? あっ!? アメコ!??」


意識を取り戻した桃子が叫ぶ。


『桃子よ。長い間……、本当にありがとう。我を……、いや、僕を必要としてくれて、ありがとう……』


そう言ったアメコの顔は、どこか微笑んでいるように見えた。


「やっ!? 駄目だっ!! アメコぉおっ!!!」


桃子の叫び声が響き、そして……


バァアァァーーーーーン!!!


膨れ上がったアメコの体は、水と光の粒となって辺りに飛び散った。

そこにあったはずのアメコの巨体は、跡形もなく消え去って……


ポツ……、ポツポツ……、ポツポツポツポツ……


「あ……、雨?」


晴れ渡った青空から、雨が降り始めた。

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