277:東の村

「ひゃ~……。こりゃまた、デカイな……」


雨が上がって、真っ青な空に虹がかかったお昼前。

俺たちは、鬼族である紫族の、東の村へと辿り着いた。

目の前に広がるのは、なだらかな黒岩の上り坂に沿って形成された、とても大きな鬼族の村だ。

木々に覆われたその村は、無数の黒い岩の家が立ち並び、小さいが実りの良い畑が至る所に点在していた。


村の入り口付近で、ぼや~っとした顔で切り株に腰掛けて、見張りをしていたらしい鬼族の男は、オマルを見るなり態度を改めた。

シャキーン! って感じで、すぐさま背筋を伸ばして立ち上がって……、それはもう、かなりあからさまな張り切り具合だった。

しかも、他種族である俺とグレコが一緒だっていうのに、オマルのおかげで難なく村に入る事が出来たのだ。

ちょっと適当なとこがあるけれど、ちゃんと首長してるんだな~と、俺はオマルに対して感心した。


村は、西の村とは少し、様子が違っていた。

コトコ島の中央に位置するコニーデ火山より北東に位置するこの村は、西の村よりも標高が高く、周りには鬱蒼とした森が広がっているのだ。

大きな葉を沢山茂らせた木々が所狭しと立ち並び、辺りに漂う空気はどことなくシットリとしている。

マイナスイオンってやつだな、うん。

沢山ある畑には、見たことのない様々な野菜が栽培されていて、俺はちょっぴりテンションが上がった。


村の規模は西の村よりも大きくて、道行く鬼達も数が多い。

それに……、なんとなくだけど、衣服の着方とか歩き方とか、立ち居振る舞いが、西の村の鬼達よりも、東の村の者たちの方が美しく見える気がする。

こう、シャキシャキしているというか……

西の村が野蛮人の集まりなら、こっちは武士の集まり、っていう感じ。

……まぁどっちも、とっても怖くて強そうって部分は共通してるんだけどね。


そして、西の村でも見られた、白く鋭利な骨のオブジェが、この東の村にもそこかしこにあり、妙な存在感を放っている。

黒い岩で作られた家々は、大きさ形は西の村と大差ないが、所々が苔むしていたりするあたり、ここは湿度が高めらしい。

標高が上がったのにどうしてだろう? と疑問に思ったが……、それはすぐさま解消された。


オマルに連れられて、ネフェとサリ、俺とグレコは、村の南端にあるというベンザの家を目指す。

すると、何やら大きな声が聞こえた。


「姫巫女様がお通りになられるぞぉっ!」


その声を聞くなり、鬼族たちはみんな、家に入ったり道の端に寄ったりし始めた。


「お前たちも下がれ」


オマルに促されて、道の隅に移動する俺とグレコ。

耳に聞こえてきたのは、シャンシャンという鈴の音と、のっしのっしという大きな生き物の足音だ。


「うっわ……、何あれ?」


グレコの言葉に、その視線の先を見てみると、そこには馬鹿でかい、白い毛並みのアンテロープの姿があった。

手綱を引くのは、ドクラやサクラ並みの巨体を持つ鬼族二人。

だけど、そんな二人が小さく見えてしまうほど、そのアンテロープは巨大だ。

背に、艶やかな四角い箱のような物を背負ったアンテロープは、ゆっくりとした足取りで、のっしのっしと道を歩いてくる。


「姫巫女様の下部獣さ。もう、かれこれ四百年近く、ああして姫巫女様に仕えているんだ」


ふぇっ!? 四百年!??

なにそれどういう事っ!???


「えっ!? あの巨大なアンテロープが下部獣!?? ……私のはこんなに小さいのに」


俺を見下ろすグレコ。


「ちょっ!? 違うでしょっ!?? 僕は違うでしょっ!???」


俺は下部獣じゃありませんからぁあぁ~っ!!!


慌てて否定する俺なんて御構い無しに、グレコはオマルに向き直る。


「姫巫女様の下部獣ってことは、あの背負っている物の中に、姫巫女様がいらっしゃるのかしら?」


「そうだ。姫巫女様は、雨乞いの儀式の時以外は、誰にもその姿を見られちゃならねぇのさ。だからああして、お住まいから儀式場までは、隠れ箱の中に入って移動するんだ」


ほぉ~、なるほどねぇ~。

なんだか、なかなかに大変そうね、姫巫女様っていうのは。


「あの、オマル。四百年っていうのはどういう事なの? 姫巫女様って、四百年も生きてるの??」


オマルの服の裾をツンツンと引っ張りながら、問い掛ける俺。


「ん? あぁ、違う違う。確かに、下部獣であるあのアンテロープは四百年生きてるが、その間に姫巫女様は二回代変わりされている。つまり、あのアンテロープにとって、今の姫巫女様は三人目の主人って事になるな」


ほほぉ~! なるほどねぇ~!!

てか、アンテロープって、かなり長寿だったのね。

さすが魔獣と呼ばれるだけあるな。


のっしのっしと地面を踏みしめて、姫巫女様の入っている隠し箱を背負ったアンテロープは、どんどんと、俺たちがいる方へと歩いてくる。

アンテロープの周りには、丈の長い衣服に身を包み、顔を奇妙なお面で隠した者たちがぞろぞろと歩いているのだが……、俺の真ん前に他の鬼が立ってしまったので、その姿をよく見る事は出来なかった。

周りの鬼族達は、平伏す事はしないようだが、軽く頭を下げてお辞儀をしたり、胸の前で両手を重ねた独特のポーズで拝んだりしていて、静かにその行方を見守っている。


「……大きいわねぇ」


ほぼ目の前までやってきたアンテロープに対し、グレコが呟いた。

確かに……、かなりデカイ。

たぶん、これまでの旅で出会ってきた生き物の中で、一番デカイんじゃなかろうか?

……いや待てよ、邪神カマーリスの方がもっとデカかったな。

けどこの大きさは……、バーバー族の親玉トカゲといい勝負だな。

ほんと、馬鹿デカイわ。


四百年生きているらしいこのアンテロープは、かなりのご老体だ。

目の上の瞼は重たそうに垂れ下がり、でっかい二本の角は色が剥げているし、白い毛並みには艶がない。

でも、足取りはとてもしっかりしていて、なんていうかこう、存在そのものが威厳に満ちていた。


赤く光沢のある綱で、アンテロープの背に固定された隠し箱は、その全面に、様々な色の糸で雅な刺繍が施されている。

流れる川や、美しい花、羽ばたく蝶などの、見るからに色鮮やかな装飾だ。

どことなくそれは、前世の記憶の中にある、女性用の着物によくあるような柄に似ているなと、俺は思うのであった。


「どこに行かれるのかしら?」


「お住まいに戻られるのさ。今朝は雨が降ってたろ? あれは、姫巫女様が雨乞いの儀式をされたからなんだ。姫巫女様は、雨を降らせる日の前日の夜から儀式場に入って、夜通し舞を踊られる。そして、雨が降り始めてから降り止むまでは、天に祈りを捧げ続けなければならない。その一連の儀式は、儀式場で行われるんだ。さっき雨が止んだから、祈りを終えて、お住まいに戻られるのだろう」


うへぇ~、何それ大変だぁ~。

夜通し踊った挙句、雨が止むまで祈りを捧げるぅ~?

そんな事しなくても、雨は降る時には降るでしょうに……

科学のない世界っていうのは、まぁ~大変ね。

文化水準的には、俺の故郷も似たり寄ったりだけど……、古いしきたりのある村は、ほんとに大変だぁ~。


ゆっくりと歩いて行くアンテロープと、隠し箱の中にいらっしゃるのであろう姫巫女様を、俺はなんとも言えない表情で見送った。

シャンシャンという鈴の音が遠ざかり、姫巫女様の御一行が通り過ぎて行くと、鬼族達は各々の生活に戻って行った。


「さぁ、行こうか。腹も減ってきた事だしな。さっさと勉坐に会って、話を付けようぜ」


オマルはニカっと笑って、リーラットの入った籠を指差しながらそう言った。


……ごめんね、野ネズミさん達。


再度、居た堪れない気持ちになりながらも、歩き出したオマルとネフェ、グレコの後に続こうとした俺は、ふと、サリが未だ立ち止まっている事に気付く。

サリは、先ほどの姫巫女様御一行が歩いて行った道の先を、ぼんやりと見つめている。


「……? サリ、どうしたの?? 行こうよ!」


俺が声を掛けると、サリはハッとしたような素振りを見せた。


「あ、ごめんなさい! 行きましょう!!」


パッと笑顔を作って、歩き出すサリ。

何か、気になる事でもあったのだろうか? と思ったが、俺は、特に尋ねる事はしなかった。

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