276:ネズミさん

「この辺りで少し休もうか」


そう言って、オマル、ネフェ、サリの三人が足を止めたのは、西の村を出発してから小一時間ほど経った頃だった。

雨は小雨になって、東の空は明るくなってきている。


「ふぁ~……、よく寝たぁ……」


欠伸をしながら、地面に置かれた袋から這い出た俺は、う~ん! と大きく伸びをした。


袋の中は想像以上に快適で、とても居心地が良かった。

ネフェが走る事で上下左右に揺れはしたものの、その揺れ方がまるで電車に乗っているような感覚のものだったので、俺は知らず知らずのうちに大口開けて爆睡していたのだった。


 ……うん、たまには袋で運ばれるのも悪くはないな。


比較的大きな樹の根っこに腰掛けて、休憩を取る俺たち。

頭上に生い茂る葉が大きいために、ここなら雨に濡れる心配はなさそうだ。

オマルにネフェ、サリは、随分と走ってきたにも関わらず、疲れた様子など微塵もない。

さすがは鬼族……、その逞しい身体に違わぬ体力をお持ちのようで。

グレコも、雨除けのフードを外したその下は、普段と変わらない表情だった。


「この調子だと、予定通り、昼前には東の村へと到着するだろう。それで……、考えたんだがな。グレコはともかく、ネズミさんは勉坐には会わねぇ方がいいかも知れねぇ」


……なんでグレコは名前で呼ぶのに、俺の事はネズミさんなわけ?

俺の事も、モッモって、名前で呼んでくれていいんですよぉっ!?


オマルの言葉に俺は、心の中で叫ぶ。


「どうして? 手土産だと思われちゃうから??」


おぉおいっ!? グレコさんっ!??

まだ俺を手土産にしようとっ!???


確かに、籠に入ってるリーラットには、他人とは思えないほどの親近感を覚えるけどさ……

でもだからって、どんな馬鹿でも、この俺を見て、二足歩行で喋る事もできる、この知性溢れる生き物である俺を見て、手土産だとは思わないでしょうよぉっ!???


「それも、無きにしも非ずだが……。なんせ、勉坐は大の外者そともの嫌い。俺達と姿形が似ているグレコは大丈夫だろうが……。紫族にとって、食糧とでも言える姿をしたネズミさんが相手だと、勉坐も何を言い出すかわからねぇからな」


しょくっ!? 食糧てぇえぇっ!??


「何を言い出すかわならないって……、例えば?」


グレコの問い掛けに、オマルはあからさまにバツの悪そうな顔になる。


「紫族にはもともと、他種族とは関わってはならぬという掟があるのだ。故に、相手に害があろうと無かろうと、我らの領地で他種族の者を見かけた際には、排除するのが当たり前だ。しかしそれも、もはや古い掟。今は、そのような古臭い習わしは無くすべきだという者がほとんどだろう。だが……、勉坐は違う。勉坐は古きを尊ぶ性格でな。未だ大昔の掟を守り、それが正義だと疑わぬ……。時代にそぐわぬ考えを持った、とても厄介な奴なのだ」


ネフェの、大層面倒臭そうなその物言いに、どうやらベンザという鬼族は、かなりの曲者だと俺は見たぞ。

古臭い掟を信じる、他種族嫌い……

古臭い、ベンザ……

 うん、もはやボットン便所しか思い浮かばないわ。


「その姿形で衣服を身に纏い、言葉を話す生き物がいるなんざ、勉坐にとっちゃ青天の霹靂だろう。モッモ族なんて見た事も聞いた事もないからな。まぁ、こんな孤島に住んでちゃ外界の事などわからねぇから、それも仕方がない話ではあるが……、勉坐には、そんな考えは通用しねぇ。あいつには、この島が全て、己の信じるもののみが全てなんだ。だから、他から来た奴の事を受け入れる気なんざ、欠片もねぇだろうよ」


「……あの、僕、……モッモ族じゃなくて、ピグモル族のモッモです。モッモは僕自身の名前で、種族はピグモルって言う種族なんです」


「ん? あぁ、そうだったのか、悪ぃな!」


 にかっと笑うオマルだが……、結構適当な覚え方をされていた事に、俺は少々ショックを受ける。

 だから俺の事、ネズミ君って言っていたのか……

名前をキチンと覚えていなかったから……、くそぅ。


「でも、だからって会わないわけにはいかないわ。モッモだって、私と一緒に泉に行くんだから。どっちか片方だけが許可をもらったって意味ないもの」


 私と一緒にって……、もはやグレコがメインだね、その言い方だとさ。

 この間から気になってたけど、メイン、俺だからね? そこんとこ大丈夫??


 ……てか、もうさ、泉に行かなくてもよくない?

 神の光もないし、なんか、ややこしそうだしさ~。

 今からでも遅くない、風の精霊シルフのリーシェを呼んで、すぐさまノリリア達に合流しよう!

 

 ……と、ここまで来ておいて、今更言い出せるはずもなく。

 

「ん~、それもそうなんだが……。よし、じゃあこうしよう。モッモは、グレコの下部獣しもべけものって事でどうだ?」


「しもべ……、けもの? 何それ??」


オマルの言葉に、首を傾げる俺とグレコ。


「野生の獣を捕まえて、使役させた者の事さ。俺達紫族は、森に棲む知能の高い生き物を捕まえて、生活の為に働かせる事があるんだ。ほら、エルフ族も、小さい獣を召使として飼ってんだろ?」


 めし……、つかい……、とな?


「あぁ……、従魔って事ね。確かに、そういう事をするエルフもいるけど……、私たちブラッドエルフには、そういう習慣はないの。でも、それがいいかもね。隣の島のエルフ族たちは確か、従魔を持つエルフ族たちなのよね?」


 出たよ! 従魔!!

 旅に出た当初、その言葉に何度頭を悩まされた事かっ!!!

 俺は、列記とした獣人、ピグモル族なのにぃっ!!!!

ようやく、変な不細工ネズミのフリをしなくて良くなったと思ったら、今度は従魔に逆戻りだなんて……

 またグレコのペットのふりをしなきゃならないなんて、そんなの嫌だぁあぁっ!!!!!


「そうだ。私は一度、隣島であるニベルーまで行った事があるが、確かにエルフ達は、モッモのような小さな獣を引き連れていた」


おいネフェ! やめろぉっ!!

俺は従魔になんかならないぞぉっ!!!


「なら問題ねぇな。髪色は違うが、どこからどう見ても、グレコはエルフにしか見えねぇ。得体の知れねぇ種族を名乗るより、エルフの下部獣だって言った方が、モッモも怪しまれねぇだろうよ。……というか、俺の村の連中も、大半はそう思ってたかも知れねぇなっ! はっはっはっはっ!!」


 はぁんっ!? 何が面白いのさぁっ!??

 こちとら全然面白くないねっ!!!


「じゃあそうしましょうか。いいわよね、モッモ?」


ぬわぁあぁぁっ!?

何故にだあぁぁっ!??


心の中で悶絶する俺。

 だがしかし、こちらを見下ろすグレコの赤い目が、俺にノーとは言わせてくれなさそうだ。

早く首を縦に振りなさい……、そんな言葉が聞こえてきそう。


「ぐぅ……。い……、いいでぷ~」


 精一杯の抵抗を込めて、語尾を変にしてみたけど、グレコは眉一つ動かさずに、オマルに向き直った。


完全スルーかよっ!?

せめて何か言って!??


「少し気になっていたんだけど……。オマルさんはベンザさんに、何の用事があって会いに行くのかしら?」


「ん? あぁ、言ってなかったか?? 先日の泉での出来事の報告と……、まぁ、簡単に言えば、姫巫女様の雨乞いの回数を増やしてもらおうと思ってな。ここ最近の西の村は慢性的な水不足で、姫巫女様には悪いが、雨を呼んでもらわねぇと生活がままならねぇのさ」


「あら、そうだったのね。確かに水は生活に欠かせないものだけど……。雨を呼ぶだなんて、本当に出来る事なの? その……、姫巫女様の力を疑うわけじゃないけれど、あまりに聞いたことの無い話だから……」


「ははっ! そうだろうなっ!! 世界がどれだけ広かろうと、雨を呼べるのは紫族の姫巫女様だけだろうよ。なに、気になるんなら、姫巫女様の雨乞いを見てみればいいさ。驚くぞぉ~?」


グレコの質問に対し、オマルはにやにやしながらそう答えていた。


「モッモさん、お茶をどうぞ」


サリが、緑茶っぽい苦味のあるお茶を俺に手渡す。

和風の盃のような器は、鬼族サイズなので、かなり大きくて重いけど……

せっかくなので、頂くことにした。


お茶をコクコクと飲み、俺はホゥと息を吐く。


正直、雨乞いとか、姫巫女様とか、全く興味がない。

仮にその、姫巫女様が本当に雨を呼べるとしても、俺には何の関係もないのだ。

火山の麓の泉にいるという古の獣が、実在するのかどうかもかなり怪しいし……


俺は、チラリとグレコを見やる。

何食わぬ顔で、サリから受け取ったお茶を口に運ぶグレコ。

少々お口に合わなかったらしく、微妙な顔をして、それ以上は飲まなかった。


……どうでもいいからさ、早くノリリア達に合流しようよ。

洞窟探検、きっと面白いよぉ~?

今度こそ、お宝ザックザク出てくるかもよぉ~??

そうなれば、テッチャもおったまげの、億万長者になれるかもっ!??

……ぐふ、ぐふふふふふ。


俺は一人、明日か明後日には加われるであろう、コトコの洞窟の調査に想いを巡らせ、気味の悪い含み笑いを堪えていた。






……この時の俺は、気付いていなかった。

この先に待ち受けている真実など、全く、知る由もなかったのだ。


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