278:万死に値するっ!!!

 道を歩くこと数分……

 見えてきたのは、こんなものが現実に存在するのかと、信じがたい大きさの頭蓋骨。

 それも、見た感じ恐竜としか思えないような、下あごの部分に前に突き出た極太の牙を二本持つ、かなり恐ろしい形相の骨である。

 小高い丘ほどはあるだろうと思われる頭蓋骨の、その内部に存在する黒岩の建物が、東の村の首長ベンザの家だった。


「あそこが勉坐の家だ」


「これはまた……。凄い場所に住んでいらっしゃるのね」


 あまりに桁外れの大きさをしたその頭蓋骨に、グレコは冷や汗を流している。

 俺はというと、もうなんていうか……、冷や汗すらかく余裕もない。

 

 俺なんか、ほんと、ノミのような存在だな……、いや、マジで。

 この頭蓋骨の持ち主であった生き物に比べれば、俺なんて食べられる価値もない、散歩の途中で知らない間に踏みつぶされる運命しか待ち受けていない虫けら以下だ。

 それくらい、でかい……、とにかくでかい。

 自分が小さなピグモルという種族である事は重々認識してきたが、まさかここまで巨大な生き物がいたとは……、なんなんだいったい、この世界は?

 ……ていうか、よく考えたらノミって凄いよな。

ほら、飼い犬にノミがついたとかなんとか、前世ではそういう話を聞いた事があったけど、そのノミの奴ら、自分より数百倍もでかい犬に噛みついてやろうなんて、かなり勇気があったんだな〜。


そんな、馬鹿みたいな感心を抱いてしまうくらいに、俺は呆然とそれを見上げていた。


 てか、何あの牙?

 何をしようとしてあんなに巨大なわけ??

 ……え、なんでこんな場所に住んでるの???


 疑問は尽きないが、質問する間もないままに、オマルは頭蓋骨の口の中にある家へと向かって行く。

 しっかりと閉じられた口の歯が欠けている部分が数カ所あって、そこの一部に家の扉があるのだ。

 家の前には、鬼族の中でもイケメンの部類に当たるだろう、細マッチョな体格の男たちが数人たむろしており、楽しげに会話していた。

 ……特に危険な者たちではなさそうだが、念の為、俺はグレコの背後にそっと隠れた。


「よぉ、勉坐はいるか?」


 爽やかに声を掛けるオマル。

 そんなオマルに対して、男たちは一瞬怪訝な顔をしたが、相手がオマルだとわかると、シャキーン! と背筋を伸ばした。


「雄丸さんっ!? どうしてここにっ!??」


 男たちの中でも、特に屈強な体つきの、額に傷を持つ者が俺たちに近付いてきた。


「おう、喜勇きゆう。久しぶりだな! いやなに、姫巫女様に雨乞いの頻度を増やしてもらえねぇかと思ってな」


「そんな事……、わざわざ首長自らおいでにならずとも、使いの者をよこしてくださればよいのでは!?」


 キユウと呼ばれた男は、かなり困惑した様子でそう言った。

 どうやら、西の村の首長であるオマルが、東の村へ自ら赴く事は異例らしい。


「まぁそうなんだが……。こいつらがな、火の山の麓の泉に行ってみたいと言うんだよ。さすがにこいつらだけじゃ、勉坐は会いもしねぇだろうと思ってな」


 そう言って、親指で俺たちを指さすオマル。

 キユウは、ようやく俺たちに気付いて……


「そちらの方々は……、あっ!? お前は祢笛かっ!??」


 ネフェの姿を目に捕らえたキユウは、目を見開いて驚き、眉間に激しく皺を寄せた。


「久しぶりだな喜勇。元気だったか?」

 

 にやりと笑うネフェ。

 こんな風に笑うネフェを、俺は初めて見る。

 なんていうか、相手をからかっているかのような、にやにやとした笑い方だ。


「お前……、よくここまで来られたな」


 険しい表情のキユウ。

 ふむ……、何やらこの二人には、因縁があると俺は見たぞ。


「あと、妹の砂里と、客人のグレコだ」


 オマルの紹介に、サリは「久しぶり~」と小さく手を振り、グレコはぺこりと頭を下げた。


 ……ねぇ、俺は?

 俺は紹介してもらえないの??

 え、従魔の設定だからですかそれ???


「なっ! 砂里までっ!? 気は確かですか、雄丸さんっ!!?」


 慌てふためくキユウ。

 その後ろでは、他の男たちも同様にザワザワしている。


「まぁ……、もうそろそろ、勉坐の怒りも収まっている頃じゃねぇかなぁ~? と思ってな」


 悪戯に笑うオマル。

 しかし、キユウはより顔をしかめる。


「収まっているなんてとんでもないっ! それでなくとも、昨日から気が立っておられるというのに!!」


 ふむ、どうやらややこしい事になりそうな予感が……

 と、俺が心配し始めた次の瞬間。


「ほぉ? よくぞまた、この私が収める土地に足を踏み入れられたな。それも、見知らぬ外者そとものを連れてとは……。見上げた図太さよのぉ、祢笛に砂里」


 俺の背後から女の声が聞こえて、キユウを始めとした細マッチョな男の鬼族達は、その浅黒い顔を真っ青にした。

 おそるおそる振り向くと、そこには……


「雄丸、いったいどういうつもりだ? それ相応の理由がなくば、貴様もただではおかぬぞ??」


 恐ろしい言葉とは裏腹に、とっても綺麗なお顔立ちの、スラリとした長身美人な鬼族の女が立っていた。


うわぉっ!? めっちゃ美しいお姉さんっ!!?


 その女は、他の者とは違って、エルフ並みの真っ白な肌をしている。

こめかみには、美しい顔には似合わない怒りの青筋が走り、鷹のように鋭い紫色の瞳が、俺達四人を睨みつけていた。

(四人というのは、俺を除いた四人ね。俺の事は全く見てないわ、この人……)


「べっ!? 勉坐様っ!?? お早いお帰りでっ!!!」


 深く深くお辞儀をするキユウたち。


 えっ!? こいつがベンザなのっ!??

 女だったのっ!???


 俺と同じ事を思ったらしいグレコも、少々驚いた顔でベンザを見ている。

 

 みんなと同じ、藍色に染めた布の服は足首までと丈が長く、頭の上には髪の毛を結って作ってあるのだろう、大きな金色のお団子が乗っている。

 一番特徴的なのは、その額にある紫色の角だ。

 今まで見てきた鬼族たちはみんな、比較的短くて太い角だったのに対し、ベンザのは細くて長いのだ。

 それが二本、空に向かって真っすぐに生えている。


「早い? 頭に虫でも湧いたか喜勇?? 昨晩から出かけて今帰った主人に対し、早いなどとは……。そんなに仕置きが欲しいのか???」


 美しくも恐ろしいベンザの鋭い視線に、キユウを初めとし、細マッチョな男たちは「ひぃ!」と震え上がる。

 女相手に震え上がるなんてみっともない……、なんてことは、この場にいる者なら誰一人思わないだろう。

 このベンザの目……、目力だけで人を殺せそうな勢いだ。

 俺は、ススス~っと、再度グレコの後ろに身を隠した。


「まぁまぁまぁ……、そう殺気立つな。いくつか話があって来たんだ。中に入れてくれないか? ほら、手土産もあるぞ」


 オマルは、機嫌を取ろうとしているのが丸分かりな声色でそう言って、リーラットが入った籠を持ち上げベンザに見せる。

 すると、それを見たベンザは、わかりやすく目の色を変えた。

 美味しそう~、っていう感じの目だ。 

 

 ……可哀想に、野ネズミさん。

 これから君たちが食べられてしまうかと思うと、俺は胸が締め付けられる思いだよ。


「話をのぉ? その手土産は悪くはないが……。雄丸よ。己の宿敵とも言えよう相手を易々と家に招き入れるほど、私はお人好しではないぞ」


 すぐさま先ほどまでの調子に戻ったベンザは、次はネフェを睨みつけた。


 なるほど……

 ネフェは、キユウと因縁があるんじゃなくて、ベンザとの仲に問題があるのか。


「私はそんな風には思っていないが?」


 あっけらかんとした表情で疑問を呈するネフェに対し、ベンザの顔にはまたもや青筋が走る。


「貴様ぁ~……、忘れたとは言わさぬぞっ!? 今まで生きてきた中で最大のあの屈辱を味わわせてくれた貴様の行いっ!! 万死に値するっ!!!」


 ふっ!? ひぃいぃぃっ!!?

 怖いぃいぃぃっ!?!?


 雷鳴の如きベンザの怒号に、俺は縮み上がる。


「だとしても、今回は話を聞いて欲しい」


 平然と話を続けるネフェ。

 すっごく肝が座ってらっしゃるわね。


「何をぬけぬけとぉおぉぉ~……!!!!」

 

 わなわなと体を震わせて、全身で怒りを表すベンザ。

 さすがにやばいんじゃないかと、俺がグレコの服の裾を引っ張ろうとしたその時……


「泉に、古の獣が再び現れたの!」


 ジッと黙っていたサリが口を開いた。

 その言葉に、オマルは「あ~」と小さく呟き、キユウ達は顔を強張らせ、ベンザは怒りを忘れたようだ。


「それは……、真か?」


 動揺したかのような表情で、尋ねるベンザ。


「あぁ、本当だ。中に入れてくれる……、よな?」


 オマルの言葉に、ベンザは口を真一文字に結んだ後、小さく頷いた。


 ……ふぅ~。

 なんとか一触即発は免れたようだ。


 でも、なんだろうな?

 みんなちょっと、様子がおかしいような??


 慌ただしく、どこかへ駆け出すキユウ達。

 ベンザも、先ほどまでの剣幕はどこへやら、急いで家の扉を開いて中へと入っていく。

 オマル、ネフェ、サリもそれに続く。


「ねぇモッモ」


 不意に、グレコが俺に話し掛けてきた。


「たぶんだけど……、何かあるわね!」


 確信したかのように、自信満々な表情でそう言って、グレコは扉から家の中へと入って行く。


 ……何かあるって? そんなこたぁわかってるんだよ。

 それが何かって話なんだよ。

 いくら脳味噌の小さな俺だって、それくらいわかってますよぉっ!


 グレコの間抜けな確信に、心の中で突っ込みを入れながら、俺もみんなの後に続いて家の中へと入った。

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