268:シ族の村へ行くわよっ!!
「……あぁ、眠いぃ~」
完全に寝不足顔の俺は、ポク海岸の砂浜にて、薄いオレンジ色の光を放つ東の空を見つめてそう言った。
日の出を拝むなんて、いつぶりの事だろうか。
結局、眠れなかった俺は、ネフェたちの家からそっと抜け出して、一人でここへやって来ていた。
これからどうするかを考える為と……、グレコから逃れる為だ。
……くっ、グレコめっ!
酔いつぶれた挙句、隣で眠る俺を抱き枕と勘違いしやがってぇっ!!
明け方、何やらもぞもぞと動き出したグレコ。
なんだろうな? と思っていたら、いきなり俺の体に両腕を伸ばしてきたではないかっ!?
最初はそっと抱き付いてきたから、ドキドキしながらも、嬉しかったりしたけれど……
その後が最悪だった。
背骨が折れるかと思うほど、ギュムギュムと抱き締められて……
「くふっ!? くるひぃ……!?」
声にならない叫び声を上げながら、必死にもがき続けた結果、なんとかグレコの腕を逃れ、俺はまたしても九死に一生を得たのでした。
いや~、もぉ~、あれはプロレス技に近かったわ。
何? あの怪力??
体は動かせないし、息はできないしで……
あやうく昇天しかけたわ、本当の意味で。
とまぁ、そんな事があったもんで、俺はあの恐怖の館から砂浜へと逃げてきたわけです、はい。
俺は、鞄の中から世界地図を取り出して、眺める。
神様の光はコトコ島にはない。
即ち、グレコが起きたらすぐ、風の精霊シルフのリーシェの力を借りて、真っすぐ船へ戻るが得策だろう。
そうすれば、何事もなかったかのように、当初の予定通りに騎士団の探索に同行できるわけだ。
だがしかし、果たしてグレコが、俺のこの計画に首を縦に振るかどうか……
昨晩の様子、ネフェと話していた感じだと、なんだか鬼族の村へ行くとか何とか言っていたような……
ちゃんと会話に参加してなかったので、うろ覚えなのだが、泉がなんちゃらかんちゃら言っていたような気がする。
……いやまぁ、酒の席での話だし、グレコも馬鹿ではないので、ちゃんと話せばわかってくれるだろう。
カービィは、ミルクがいるから別に俺はいらない、的な事言っていたけど……
俺だって一応、ちゃんとみんなと一緒に冒険がしたいんだからなっ!
完全戦力外だし、お荷物ちゃんではあるけれどもさっ!!
コトコの洞窟だって、一緒に探検したいんだからなっ!!!
ふんっ! と鼻息を荒くして、東の空を見る。
「朝日が、眩しいなぁ~」
目を細めて、呟く俺。
きらりと輝く太陽が、水平線よりその姿を出してきました。
今日も、一日が始まります。
「モッモ! シ族の村へ行くわよっ!!」
「えぇっ!? なんでさっ!??」
サリに用意してもらった、島特産のめちゃめちゃ酸っぱい果物を朝食として頂いた後、グレコがそう言った。
「なんでって……、昨日のネフェの話聞いてなかったの?」
昨日のって……、そんな話、聞いちゃいませんでしたよ。
あんたが酔っぱらっている横で、俺はずっと、魚の小骨と格闘していたんですよ、知らないの?
こう、自慢の前歯の裏側に、ちっちゃな小骨が挟まって、全然取れなかったのよっ!?
粘り勝ちでなんとか取れたけどさっ!!!
「紫族の村は二つある。西の村と東の村。そして、火の山の麓には、大きな泉が存在するのだ」
ネフェが、何やら巨大な包丁を砥石で研ぎながらそう言った。
……そ、その包丁は、いったい何に使うおつもりで?
ガクブルガクブル
「そ、それがどう……、どうしたのさ?」
怯えながらも尋ねる俺。
「あ~も~鈍いわねっ! 昨日、マシコットが話してくれたじゃない、ピタラス諸島の神獣の話!! そいつが泉にいるかも知れないって思わない!?」
え……、あ~なるほどそういう……
「でも……、神の光はこの島にないよ?」
「それでも、行ってみる価値はあるはずよ。もしそこに神獣がいたらどうする? 行かなければ会えないままよ??」
ん~、まぁ~、そうだね……
「言いたい事はわかるけど……。泉に住んでいるんだったっけ? その神獣?? ……名前忘れたけど」
「私も名前忘れちゃったのよ。けど、太古からそこに住んでいる生き物がいるって……、ねぇ、ネフェ?」
「あぁ。私は見た事がないのだが、紫族の伝承に残っている古の獣が、そこに暮らしているはずだ。故に、泉は神聖なる場所。案内してやりたいが……、それには東と西の村の首長の許しが必要なのだ」
えぇ~? 何それややこしぃ~。
「その……、西の村と東の村って……?」
「ここから南西に位置する村と、南東に位置する二つの村があるらしいの。それぞれ別の首長が治めているらしくて……、えっと……。名前、なんて言ったかしら?」
なぜだかにやつくグレコ。
「西の雄丸、東の
はぁ~? オマルに便座??
ふざけてんのかそいつらっ!??
あまりに臭そうなその二人の名前に、俺はぶっと吹き出してしまう。
その様子を見て、ネフェは首を傾げる。
「ま、まぁ……、モッモの気持ちはわかるけど。名前なんて人それぞれよ、うん」
オマルと便座の意味がわかるらしいグレコも、半笑い顔だ。
「それで……、じゃあその、ぶふふ……、オマルさんとベンザさんに、お許しを貰わなくちゃならないわけね? ……ぐふっ」
「そういう事だ。……どうしたモッモ? 先ほどから苦しそうだが、大事ないか??」
「あ、うん、ごめん。ちょっと……、ごほっごほっ……。いろいろと衝撃的で……、ぬふっ」
ネフェに心配されてしまったので、どうにか笑いを堪える俺。
「とにかく……。コニーデ火山の麓に存在する泉に行くために、一度西の村と東の村へ行って、それぞれの首長に許可を頂きましょうよ。どのみちノリリア達も、コニーデ火山の麓を目指しているんだから、たぶん会えるでしょ?」
「ん~、まぁ~……。日数的にはどれくらいかかるの?」
俺はネフェに尋ねた。
「私と砂里の足で走って行けば、一日とかからず西の村へは辿り着けるが……。お前たちも共に行くとなれば、二日は見ておいた方がいいやも知れぬな」
なるほど、案外遠いのね。
……てか、走ってって、……絶対に無理それ。
「姉様、アンテロープの力を借りましょうよ。そうすれば、モッモさんもグレコさんも、お疲れにならずに済むでしょ?」
「なるほど、アンテロープか……。ならば、今から探しに行って来よう」
そう言うと、ネフェは研いでいた刃物をサリに手渡して、そそくさと家を出て行った。
「えと……、アンテロープ、って何?」
「この島に生息する大型の魔獣です。おとなしくて賢くて、こちらの話が通じるから、荷運びなどをよく手伝ってもらうの」
ほぉ~、そんな便利な魔獣がいるのかぁ~。
「それで、そのアンテロープに乗って村へ行くのね?」
「そう。アンテロープなら、モッモさんとグレコさんの二人ぐらいなら、軽々と運んでくれますよ。私と姉様は走ればいいし……。姉様が戻り次第、出発しましょう。そうすれば、日暮れ前には西の村へ辿り着けます」
「なるほど、それなら……、いいわよね、モッモ?」
いいも何も……
「もうネフェが、そのアンテロープっていうのを探しに行ってくれてるんだから、行くしかないじゃないか……」
唇を尖らせ、渋い顔をする俺。
最初から、選択権などないに等しいではないか……
グレコの馬鹿野郎ぉっ!!!
「よし、決まりねっ! じゃあ……、サリ、お願いがあるのだけど……。どこか、水浴びできる場所はないかしら? 昨日海の水に濡れたままだから、体がぱさぱさしちゃってて」
「あぁ、それなら裏に雨水を溜めた水瓶がありますから、使ってきてください」
「ありがとう。モッモも一緒に来る?」
はんっ!??
「いっ!? 行かないよぉっ!!?」
赤面し、叫ぶ俺。
破廉恥っ!
水浴びに男の俺を誘うなんてっ!!
破廉恥が過ぎるぞグレコっ!!!
「そう? でも、あなたも体中塩っぽいでしょうから、後で水浴びしなさいよ??」
そう言うと、グレコは一人、家を出て行った。
……ったく、昨晩と言い今と言い、なんだか妙にオープンじゃないか、グレコのやつ。
「ふふ。お二人は仲良しなんですね♪」
「デリカシーがなさすぎるよ、グレコは~……」
横目でグレコの後姿を睨み付け、ぶつぶつと文句を言う俺に、サリはお茶を出してくれた。
骨製の変わった形の湯呑みで湯気を出す緑色をしたそれは、どこか懐かしい、渋い緑茶の味がした。
「けれど、グレコさん……。なんだかとっても良い匂いがしますね。お香でもつけてらっしゃるのかしら?」
サリはそう言うと、うっとりとした表情になる。
あ、あぁ、それはきっと……
ブラッドエルフ特有のあの、渇いた時に出す匂いですな。
まさか、それのせいでグレコ、いつもより破廉恥なので?
「……ねぇ、サリ。村へ行くまでの間に、何か小動物でもいいんだけど、狩りをしたりできるかな?」
「狩り? えぇ、まぁ……、狩りなら道中の森で出来ますけど……」
ふぅ、良かった。
とにかく、何でもいいから血を飲ませないとな。
渇きも気になるけど、年頃だっていうのに、あの破廉恥なのはいかがなものかと俺は思うぞ!
「でも、良いんですか?」
「……何が?」
どこか悲しげな目で俺を見るサリ。
「だって……。お仲間を狩るんですよ? 心の準備、出来ていますか??」
……サリはいったい、俺の事を何だと思っているのだろうか?
お互いに複雑な表情のまま、俺とサリはしばし、無言で見つめ合うしかなかった。
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