267:危険な鬼族の家

「もしも~し! こちらカービィ!! モッモ~、聞こえたら返事してくれぇ~!!!」


ん? お?? あ!??


「はひはひ、こひらホッホ~!」


「おぉっ!? モッモ!! 無事だったかっ!!? グレコさんも無事かぁっ!???」


「ふん、ふれほも無事らよ~!」


「そか~、良かった良かった。で、今どこにいるんだ? なんか……、声が聞き取り辛いんだが??」


「へっと……、ちょっひょ待っへね!」


モグモグ、ゴックン!


「ふぅ……、カービィ聞こえる~?」


「お、聞こえる聞こえる。今どこだ? まさか、まだ海の上か??」


「いや、もう陸に上がったよ。コトコ島の北の浜辺にいる」


「なにぃ? そうなのかっ!? そりゃまた……、なんで???」


「えっと……、話すと長くなるんだけど……。でも、僕もグレコも元気だから心配しないで! そっちはどう? もう港に着いたの??」


「あぁ、今ちょうど着いた! あの後結局、二匹ともザサーク船長が仕留めたらしいぞ、ザオ・クナップ。この後宴会だとよ~。おいらとギンロは、波にやられて甲板に落ちて……。さっきまでずっと意識失ってたんだ」


あ、なるほど、それで……

何度も絆の耳飾りで交信を試みたが、返答がなかったのは気を失っていたからなのね。


「大丈夫なの? 二人とも怪我したりしてない??」


「平気さ、気にすんな! それより、北の砂浜って言ったか? 自力でこっちまで来られるのか??」


「それがぁ、そのぉ……。風の精霊に頼めば一発で解決するんだけどぉ……。ちょっと妙な事になっててね」


そう言った俺は、チラリと横を見る。


今、俺がいる場所は、ネフェとサリの姉妹の家。

コトコ島の最北端に位置する、ポク海岸と呼ばれる砂浜の、大きなヤシのような木々に囲まれた、頑丈そうな石造りの家の中である。

部屋の中央にある、丸い囲炉裏のような物を囲って座る、俺とグレコとネフェとサリ。

そして、俺の視線の先には、何やら鬼族の地酒とやらを嗜みながら、上機嫌にお喋りするグレコとネフェがいて……


「じゃあそのオマルって奴、あなたに惚れているわけ?」


「そういうわけではなかろう。雄丸おまるはあくまでも、戦士としての私の腕を認めているに過ぎぬ」


「またまたぁっ!? 絶対ネフェに気があると思うよ、そいつ!!」


「ぬ? ……例えそうであったとしても、私は興味がない」


「え~? ほんとぉ~??」


「う、嘘などついてないっ!」


「ムキになるところが怪しいぞぉ~?」


「なっ!? どこを触っているのだグレコ!??」


「ほほほ♪ 綺麗な足ですねぇ~♪」


「やめろグレコ! くすぐったいではないかっ!?」


……俺は今、いったい何を見ているのだろう?

エルフ族の女と、鬼族の女が、レズビア~ンな感じでじゃれ合うその光景に、俺は赤面しながら両手で目を覆った。


「ん? どうしたモッモ?? お~い???」


「あ、いや何でもない……。とにかく、そっちへは自力で合流するよ。カービィとギンロは明日、予定通りにノリリア達と一緒に行動して」


「わかった! まぁ、この島での目的は、調査探索のみだからな。コトコの洞窟には守護結界が張られているらしいが……。最悪おまいがいなくても、ミルクがいるからなんとかなる!!」


……そりゃまぁ、安心だけど。

ちょっとばかり寂しい言い方ですね、カービィ君よ。


「とりあえず、気をつけろよ! この島には危険な鬼族がいるんだからなっ!! じゃ、グレコさんによろしく~☆」


そう聞こえると、カービィとの交信は途絶えた。


……その、危険な鬼族の家に、俺は今いるんですよね~。







ポク海岸の白い砂浜に到着した俺とグレコは、ネフェとサリの荷物運びを手伝いつつ、二人の家にお邪魔した。

そこかしこに大量に転がっている、火山の噴火によって流されてきたマグマ、それが冷え固まって出来た火山岩を使って造られているその家は、一見すると黒い岩が一箇所に積み上げられているだけだ。

ただ、ちゃんと木製の扉と窓があり、煙突があるからして、意図的に造られた家だと認識できる。


陸に着いてわかった事は、鬼族はやはり体が大きいという事だ。

エルフ族であるグレコの体は、普通の人間とほぼ変わらない大きさなのだが……

ネフェはグレコより頭二つ分ほど背が高く、筋肉質なためか一回り体が大きく見えるのだ。

これまで旅してきた中で、こんなに大きな体をした人型の女性を見るのは初めてだった。


……だがしかし、鬼族の中でもネフェは、さほど体が大きな方ではない、という事だった。


家の中は、簡素な作りながらも、落ち着ける空間が広がっていた。

1LDK、と言っても良いだろうか?

玄関から続く、リビングダイニングキッチンと、寝室が一つのシンプルな家だ。

……といっても、壁と天井は黒い火山岩が剥き出しだし、地面は砂交じりの岩である。

そこに、椅子やテーブル、ベッドなどの木製の家具が並べられているのだ。


キッチン部分には、大きな石のかまどと、水が入ったたるが三つ。

調理に使う鍋やフライパンらしきもの、金属製のトングっぽいものなどはあるものの、食器を使う習慣はないらしく、皿やフォークなどは皆無だった。


奥にある寝室には、それはそれは大きな木製のベッドが三つあり、ネフェとサリ、そして以前は二人の父親がそこで眠っていたらしい。

もう、その大きさときたら……、ピグモルなら、余裕で二十匹は寝れますね、はい。


「今夜はそこを使ってくれ」


そう言ってネフェは、父親が使っていたらしいベッドを、俺とグレコに勧めてくれた。

木の上に、動物の毛皮が敷かれているだけだから、ちょっと固そうだけど……

広さは十分だし、どこに鬼族がいるかもわからないこの島で、野宿するよりかは断然良いだろう。

……まぁ、泊めてくれるって言っているネフェ自身も、鬼族なわけなんだけどさ。


夕餉ゆうげの支度をしてくるから、適当にくつろいでいてくれ」


と言われて、俺とグレコは部屋の中央の囲炉裏端にある丸太の椅子に腰掛けた。


囲炉裏、といっても、俺が知っているような地面を掘って作ったあれではなく、テーブル代わりにもなる巨大な丸太の真ん中をくり抜いて、その中に小さな火山岩の欠片を敷き詰めて作った、鬼族特有の物である。

つまるところ、暖炉でもないし、囲炉裏でもないのだが……


「今日獲れた魚だ。これを囲炉裏で焼いて食おう」


と、ネフェが大量の魚を持ってきたので、これは囲炉裏と呼ぶのが正解らしい。


獲れたて新鮮な魚は、味付けなんかしなくても丸焼きにしただけでかなり美味しくて、俺もグレコもバクバクとご馳走になった。

鬼族の主食であるという芋の団子も、伝統の味噌とやらにつけて食べるとなかなかにいける口だ。

そして、食後にサリが出してくれた鬼族の地酒。

禁酒令が出ている俺は、もちろん飲ませてもらえなかったが……

グレコはそれが大層気に入ったらしく、浴びるように飲んでいらっしゃいました。






そして現在。


「ねぇ~え~ん♪ ネフェの体ってぇ~、本当に逞しいのれぇ~♪」


「……グレコ、飲みすぎたんじゃない?」


自分よりも一回り大きな、筋肉質で逞しいネフェの体にまとわりついて、クネクネとしてらっしゃるグレコ様。

 目はトロンとしているし、呂律も回ってない。


くそぅ、スマホがあればこの醜態を録画して、後日見せつけてやれるのに!


結局、そのままグレコは酔い潰れてしまい……


「ふふふ、初対面の相手にここまで心を開くとは……。素直な女子よの」


そう言って笑うネフェの膝の上に寄りかかって、スヤスヤと眠ってしまいましたとさ。


「ご、ごめんねネフェ。いつもはこんなんじゃないんだけど……」


 いや、いつもこんなんかも知れないけど……


「構わぬ。船での長旅で疲れが出たのだろう。ベッドへ運んでやろう」


 ひょいとグレコを抱えたネフェは、寝室へと向かった。

 

「ふふ、姉様、本当に嬉しそう」


 グレコを抱えるネフェの後姿を見ながら、サリが微笑む。


「あ……、サリも、ごめんね。助けてもらった上に、泊まらせてもらって……。グレコがあんななっちゃって……」


「構いませんよ。久しぶりに話し相手が出来て、私も姉様もとても楽しいから」


 ニコッと笑いかけてくれるサリの、可愛らしくも美しい笑顔に、俺のハートはズッキュンコ!!!


「でも……。鬼族がみんなこうだとは、思わない方がいいですよ。姉様はどうだかわからないけれど、私は……。あなた方を見つけた時に、仕留めて食べようかと思っていましたから」


 ……え?

 今、なんて??


 綺麗なお顔で、俺をジッと見つめるサリ。

 顔面蒼白になり、固まる俺。


「……ふふふ。冗談ですよ、モッモさんは可愛いですねぇ♪」


 そう言って、お茶目に笑ったサリだったが……


 俺はこの夜、なんだか生きた心地がしなくて、食事を終えてベッドに横になっても、次の日の朝まで一睡もできなかったのだった。

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