269:シ〜
タカラッ! タカラッ!! タカラッ!!!
「いやっふぅ~!」
「快調ねっ!」
岩山を颯爽と走る、巨大な一頭のアンテロープの背にまたがる俺とグレコ。
両隣では、美しき鬼族の姉妹ネフェとサリが、その長く逞しい美脚で、力強く地面を蹴って、山道を跳ぶ様に走って行く。
黒い岩と岩の間のわずかな隙間から生える木々は、この小高い岩山に独特な生態系を作り出していた。
目に映るのは、これまで見てきたどの森とも違う、小ざっぱりした森の風景。
木々に茂る葉は、どれも俺の体の二倍はありそうな大きさで、その枚数は数えられるほどに少ないけれど、分厚く青々としている。
その木々の上には、色とりどりのオウムのような鳥が行き交って、辺りにはその鳥たちの美しい鳴き声が絶えず響いていた。
五百年前まで同じ大陸の一部であったとは思えないほどに、イゲンザ島のマンチニールの森とは全く様子が違う。
けれど、この森も嫌いじゃないな。
一見すると、足が滑ってしまいそうな岩の道を、アンテロープは器用に走る。
アンテロープは、四本足の草食獣だ。
前世の記憶で例えるなら、牛並みの大きさの茶色いヤギ、といった感じだろうか。
かなりの巨体なのだが、とてもスマートで、軽やかに山道を登って行く。
その毛並みは艶の良い茶色で、額には三日月型の長い角が二本生えており、尾はかなり短くてピン! と上を向いている。
即ち、お尻の穴が丸見えである……、うくく。
大きさは、ちょうどギンロが獣化した時と同じくらいで、俺とグレコは難なくその背に乗せてもらえた。
驚く事にこのアンテロープ、なんと言葉が通じるのだ。
魔獣と言っていたのでもしかしたらとは思っていたが……
ネフェが、このアンテロープを連れて家に戻って来たのは数時間前。
支度が整った俺たちは外に出て、アンテロープとご対面。
その巨大さに驚きつつも、見た目が草食獣で良かった~と、俺は胸を撫で下ろした。
「こちらはグレコにモッモ。お前の背に乗せてやってくれ」
アンテロープに俺たちを紹介したネフェ。
そんな事したって通じるわけないのに……、と思った次の瞬間。
「いいよ~。よろしく~」
つぶらな瞳のアンテロープが、俺とグレコをジッと見つめながら、口をモゴモゴさせてそう言ったのだ。
俺は思わず顔をしかめて、グレコは「わ~」と小声で呟いた。
そして、ネフェに手綱がわりの縄を貰って、首が締まらないように気をつけながらアンテロープに巻きつけて、俺とグレコはその背に乗せてもらった。
「耳が痒いの~」
ってアンテロープが言うから、俺がぽりぽりと掻いてあげると……
「あんがと~。さぁ行こう~」
そう言ったアンテロープは、タカラッ! タカラッ!! という、なんとも言えない可愛らしい足音を鳴らしながら、駆け出した。
……こうして、鬼族であるシ族の西の村を目指して、俺たちは出発したのだった。
「少し休もうよ~」
アンテロープの、少々疲れた様なその声に、ネフェとサリは足を止めた。
かれこれ数時間、二人と一頭は、この険しい岩山の道を走り続けているのである、疲れて当然だ。
かく言う俺も、乗り心地は決して悪くはないのだが、アンテロープの動きに合わせて、ずっと体がボヨンボヨンと上下に揺れるものだから、ちょっとばかし疲れていた。
それに……、ちょうど、おトイレ休憩が欲しかったところだ。
「しばし休むとしよう」
ネフェがそう言うと、アンテロープは少し大きめの岩の上に、足を曲げて姿勢を低くした。
「ありがとう。疲れたよね、大丈夫?」
アンテロープの首元を撫でながら、優しく話しかけるグレコ。
順応するの早いよね、ほんと。
「大丈夫~。ちょっと、喉乾いた~」
「はいはい、お水ね。ちょっと待ってね」
そう言うとグレコは、背から荷物を降ろしている途中のネフェとサリの元へと歩いて行った。
「ねぇ、アンテロープさん」
「なぁ~にぃ~?」
「その……、どうして今日、僕たちを乗せて走ってくれてるの?」
恐らくだけど、彼はごくごく普通の、野生の魔獣なのだ。
ここへ来るまでの道のりで、何体か、彼によく似たアンテロープの姿を目撃したのだが……
みんな、ぽわ~んとした顔をして、呑気に木の葉を食んでいた。
「ネフェがね~、手伝ったら~、美味しい木の実をくれるんだ~。僕らはね~、木には登れないから~。木の実はね~、猿が食べるから~」
ふむ、なるほどそういう事か。
普段食べられない果物を餌にして、このアンテロープを釣ったわけだな。
持ちつ持たれつって言葉があるけれど、なんていうか……
その果物の価値と、俺とグレコを背に乗せて走る彼の労働力が、果たして比例するのかどうか、いささか疑問だな。
……っと、そうだ、おトイレしたかったんだ!
「グレコ~!」
少し離れた場所で荷物をほどき、水を探すネフェの隣に立つグレコに呼びかける俺。
「え、何~?」
「ちょっと、おトイレしてくる~!」
「あぁ……、は~い」
ちょっぴり冷めた目をしたグレコに背を向けて、俺は茂みの中にゴソゴソと入って行った。
いくらなんでも、レディーの間近で用を足せるほど、俺は男を捨ててないのである。
しかも、あんなに美人な三人の前でなんて……、無理無理、恥ずかしい。
テクテクと歩いて、グレコ達の声が随分遠くなったところで、俺は足を止めた。
地面から生える、とても大きな葉を持つ植物の影に隠れてしゃがむ俺。
ズボンを降ろして、シ~っとして……
「はぁ~……、スッキリした!」
晴れ晴れとした表情で服を整え、グレコ達の元へと戻ろうとした……、その時!
ガサゴソ、ガササササ
シュンッ……、トスッ!
「ケキャー!!!!!」
ヒューン……、ダダンッ!!
かなり近くで、何やら物々しい一連の音が聞こえた。
そして、漂う血の臭い。
ななな……、なんだぁっ!?
俺の中の危険探知センサーがけたたましく鳴り響く。
何がっ!? どこっ!??
四方をキョロキョロと見回しながら、コソコソと葉の陰から足を踏み出した俺が目にしたものは……
「ひぃっ!?」
岩の上に倒れ、血塗れになっている獣。
俺より少し大きなその体は、四肢が細長く、どことなく猿に見える生き物だ。
そいつの首には、何やら太い木が刺さって貫通しており、その体はプルプルと震えている。
「やっ……、ばっ……、えっ……!?」
何が起きたのかわからず、パニックになる俺。
何っ!? なんでっ!??
えっ、どうしたの猿っ!???
そうこうしている内に、目の前の猿は「く~」っと悲しげな声を出して、静かに目を閉じ、その呼吸を止めた。
し……、死んじゃった、の……?
ゆっくりと近付き、その猿の体に触れようと、おそるおそる手を伸ばす俺。
しかし、何者かの気配と、ガサガサという茂みを掻き分ける音を耳にした俺は、ピタリと動きを止めた。
そして……
「ここにおったかぁ~。んあ? なんじゃあ?? 野ネズミがおるわい」
見上げるほどの巨体、土色の肌に、額には極太の二本の紫色の角。
ギラリと光る、紫色の瞳……
無数の牙が生えた大きな口でニヤリと笑う、恐ろしく巨大な顔が、茂みの中から現れた。
「ひっ……、ぎぃやぁあぁぁ~っ!!???」
俺の、断末魔の悲鳴が、森中に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます