242:鎮魂の儀
ん~、なんか狭いなぁ……
それに、やけに暑いぞぉ……?
寝苦しさを感じて、俺は目を覚ました。
視界に映るのは、見慣れた簡易テントの天井。
そして、右隣にはグレコ、左隣にはギンロ、更に足元にはカービィが、それぞれ俺に密着する形で眠っていた。
俺は、むくっと体を起こす。
簡易テントは、簡易と言うだけあって、中はさほど広くないのだ。
大きいのが一匹、小さいのが三匹の計四匹ならばまだ余裕があっても、大きいのが二匹に小さいのが二匹の計四匹だと、スペース的にはかなり無理があるのである。
……まぁ、そのうち一人はグレコだから、匹で数えるのは間違っているのだけども。
なんだか目が覚めてしまった俺は、もそもそと動いて、テントの外へ出た。
外は薄暗くて、まだ日の出前らしく、ちょっぴり冷んやりとしていた。
俺たちの簡易テントの周りには、白薔薇の騎士団の大きく立派なテントが六つあって、どのテントからもスースーという安らかな寝息が聞こえてくる。
どうやらまだ、みんな夢の中らしい。
少し離れた場所に、火が燻っている焚き火があって、そこには
見張り番なのだろう、丸太に座って、つまらなさそうな顔をしている。
特にする事も思いつかないので、俺はライラックの元へテクテクと歩いて行った。
「ん? あぁ、モッモさん。お早いお目覚めで~」
俺を見つけると、ライラックはニッコリと笑ってそう言った。
……笑ってくれているのだけれど、キラリと光る口元の牙がなんとも恐ろしい。
「おはようございます~。見張り番、ご苦労様です~」
出来るだけ丁寧に話したつもりが、なかなかに棒読みになってしまう俺。
どうやらまだ寝惚けているらしい……
「何か飲まれます? お茶か、珈琲でも??」
ライラックの言葉は、なかなかに鈍っている。
こう、前世でいうところの関西弁のような……
イントネーションが、他のみんなとは違っていた。
「いえいえお構いなく~」
やんわりと断って、ライラックの隣に腰掛ける俺。
……虎の隣に座る鼠。
自然界ではなかなか見ることの出来ない絵ですな。
「見張り番、お一人なんですね~」
特に話題が思い浮かばず、適当に喋る俺。
「あぁ、いや、チリアンも起きとりやすよ? ちょっとあっちの方で今、鎮魂の儀を執り行っとるんですわ」
ほう? 鎮魂の儀、とな??
「それはいったい……?」
「昨晩犠牲になった有尾人達の為に、花を植えてるんでさ~。良かったら見て来なすって、綺麗でさぁ~。すぐそこですよ~」
ふむ、ならば見させて頂こう。
丸太から立ち上がって、ライラックが指差した方向へと、テクテクと歩く俺。
すると、テントが張られていた場所から少し離れた所に、昨晩の惨劇の現場が現れた。
だがしかし、巨大なゴーレムが覆い被さった為に、そこにはこんもりとした土の丘があるだけで、その下に沢山のぐちゃぐちゃ遺体が埋まっているなどとは、見た目だけでは分からない。
そして、その土の丘の上に、チリアンが一人、立っていた。
チリアンは、
頭には髪の毛がなく、代わりに大きな花弁のようなものが数枚垂れ下がっており、それはそれは鮮やかなピンク色をしていてとても美しい。
チリアンは、祈るようなポーズで俯いて、静かに目を閉じていた。
なんだか、声を掛けてはいけないような気がしたので、腰掛けるのにちょうど良さそうな丸太を探し、ちょこんと座って、鎮魂の儀とやらが始まるのを待つ事にした。
静かに、時が流れていく……
俺は、昨晩の事をいろいろと思い出していた。
なかなかに、ハードな一日だったよなぁ……
結局、有尾人達のボスザルは、あの妖艶な邪猿グノンマルで、更にそいつの正体は、悪魔族のサキュバスとかいう奴だった。
人肉を喰らい、頭蓋骨を収集する習慣を持つと言われている有尾人達だったが、その実情は、悪魔サキュバスに長年支配され続けてきた、可哀想な種族だったわけである。
けれどもまぁ、支配されていたとはいえ、彼らが俺たちに牙を剥いた事は事実であるし、八年前のローシ・マオスのように、これまでにも沢山の者が犠牲になったはずだ。
あの土の丘の下に眠る彼らを、擁護しようとは思わない。
けれど……、あんな死に方しちゃったら、どう考えても、成仏出来ないよね……
そういえば、あの淫魔サキュバスは、俺に向かって何か言っていたっけ……
間抜けな時の使者が世界に放たれた~、とか、兄弟が仇を討つ~、とか……
カービィの話だと、他の悪魔が俺を狙って集まってくるかも知れない!? なんて心配は、特にする必要もなさそうだけど……
でもなんていうか、俺は、もっと気楽に、楽し~く旅がしたいのだよ。
悪魔なんて、金輪際、一切関わるのはごめんだね。
ぼんやりとそんな事を考えていると、少しずつ空が明るくなってきて、東の方角から日の光が射してきた。
太陽の光は真っ直ぐに、こんもりとした土の丘へと降り注ぐ。
その光を感じ取ったかのように、それまでジッとしていたチリアンは、ゆっくりと手を広げて、何やら踊りを踊り始めた。
チリアンは両手にそれぞれ、小さな鈴のような楽器を持ち、シャンシャンシャンと、澄んだ音を辺りに響かせる。
その踊りは、とてもしなやかな動きで、まるで川の流れのようだ。
そうして踊っているうちに、何処からともなく、いろんな色に煌めく小さな光の粒がいくついくつも集まってきて、チリアンの周りをクルクルと回り始めた。
それらはまるで、鈴の音に合わせるように小さく震えて、まるでそこだけ空気が波打っているかのような、不思議な現象を起こしている。
俺はなんだか、とても神聖なものを目にしているような気になって、瞬きすら忘れて、踊るチリアンと、チリアンを囲む七色の光の粒を見つめていた。
チリアンの踊りは、どんどんと激しさを増していき、その動きは大きく、速く、大胆になっていく。
それに合わせて、鈴の音もどんどん大きく、リズミカルになっていき、そして最後には……
シャン、シャシャシャーン!
チリアンが、両手の鈴を一際激しく振るうと、パーン! と何かが弾け飛ぶかのようにして、チリアンの周りを囲っていた光の粒が、土の丘へと飛び散っていった。
光の粒は静かに地表に降りて、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
ほ~う……、素晴らしい……
思わず拍手をしそうになったが、何やらまだ終わっていないようなので、俺は慌てて手を止める。
「生きとし生ける者達の慈しみを、空へと旅立つ者へと分け与えん。その身は滅びようとも、その魂は気高く、来世への道を迷わず歩めるよう、ここに調べの花を手向けん。
小さな声でそう呟いて、チリアンはその手に持った鈴をシャンシャンと鳴らした。
鈴からは音と共に、薄紅色の光のオーラが流れ出て、地面に降り積もった光の粒に降りかかっていく。
そして、その光のオーラを受けた光の粒は、何やらフルフルと小刻みに震えたかと思ったら、そこからプリンッ! と何かが飛び出した。
なんだっ!??
目を凝らして見てみると、それは植物の芽だ。
土の丘に撒かれた光の粒は、なんと植物の種だったのだ。
ゴーレムの倒れた後に出来た小高い土の丘には、その一面に、様々な植物の新芽が芽を出して、緑の絨毯が広がった。
「すごぉ~い……」
思わず心の声が漏れてしまった俺に、チリアンが気付く。
「あら、おはようございます、モッモ様」
チリアンは、上品な笑顔を俺に向けた。
このチリアン、なかなかに気品のある方で、どこかの王族か何かですか? と思ってしまうほどに、立ち居振る舞いが美しいのである。
グノンマルにほだされてしまっている時も、他の者とは違って全くジタバタせずに、尊い者を見る目で静かにグノンマルを見つめていた。
そして、今のこの笑顔……、素晴らしくお上品なのである。
「おはようございます」
チリアンの雰囲気に釣られて、丸太からサッと立ち上がって、深々とお辞儀をする俺。
「鎮魂の儀を行なって参りました。これで、死者の魂は迷わず、冥界へと辿り着けるはずです」
ほう? 冥界とな??
そんな場所が実在するのかどうかは置いておいて、あんなに美しい踊りで導かれるのだもの、有尾人達の魂も、少しは浮かばれるだろうか……
チリアンの言葉に、再度土の丘を見やると……
「……ん? え??」
そこにはもう、土の丘はなかった。
先程芽吹いたばかりの植物の芽は、大きく大きく成長し、ある物は花を咲かせ、ある物は木となり実をつけているのだ。
太陽の光を目一杯浴びて、そこには美しい緑の丘が出来上がっていた。
あまりの出来事に、目をパチクリさせる俺。
「ふふふ。花神のお慈悲でしょう……。さ、夜が明けました。皆の元へ戻りましょう。今日はいよいよ、神殿の探索です。楽しみですね♪」
ニッコリと笑って、チリアンはテントの方へと歩いていく。
俺は、目の前に突如として広がった、美しい緑の丘に向かって手を合わせ、しばらく黙祷してから、チリアンの後について行った。
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