241:ただ今グロッキー中です俺

「結局は全て、あの邪猿グノンマルとかいう奴の仕業だったわけね?」


「そうなるポね。五百年も前から存在すると聞いてはいたポが、まさか、淫魔サキュバスが化けていたなんて……。思いもしなかったポ」


「じゃあ、おいらが変になったのは、毒の実を食べたからじゃなくて、あいつに何か術をかけられたからだったのか?」


「ポポ、確証はないポが……。モッモちゃんやギンロちゃんの話を聞く限りでは、ただ毒に侵されていただけとは考えにくいポね」


「うむ。真に酷い有様であったぞ? カービィよ……」


「なんとな~く覚えているけど……。確かに、毒にやられたってぇよりはこう、なんか良い気分だったしな! けど、なんかこう、途中から我慢が効かなくなったっていうか、プッツンしちゃったわけだな~、うんうん」


「……何をどうしていたのかは聞きたくもないけど、とりあえず無事だったんだから良かったんじゃないの? ノリリアが助けてくれたんでしょ??」


「ポ……、あたちは薬草学は不得意ポね。カービィちゃんの鞄の中にあった効きそうな薬草を取り敢えずすり潰しただけポ」


「はっはっはっ! おまい、よくそんな適当な事が出来たなぁ!? おいらがもし死んだら、どうするつもりだったんだぁ???」


「その時はその時ポね。それがカービィちゃんの運命だったんだポって、諦めていたポよ」


「ひっでぇっ!? おまいひでぇぞっ!??」


「よせカービィ。こうして助かっておるのだから良いではないか。我とモッモだけならば、お主は既にあの世行きだ」


「くぅっ!? おいら、生きてて良かったぁっ!!!」


「……ねぇモッモ、大丈夫? 何か食べられそう??」


「……無理です。そっとしておいてください」


グレコが優しく声をかけてくれたものの、朝からずっとハイペースで活動していた疲れと、先程目にしたいろんな物のせいで、ただ今グロッキー中です俺。

みんなが焚き火を囲っているすぐ横に、グレコの簡易テントを張って、お先にゴロンと寝転ばさせて頂いております。


グノンマルがその身を滅ぼした後、俺たちは、集落の中を、奪われた荷物を探して回った。

すると、ただ一つだけ、頑丈に施錠された壁のある大きな高床式の建物があって、ブリックとライラックの体力馬鹿兄弟が施錠ごと扉を破壊すると、中にはみんなの荷物と一緒に、なぜか複数の有尾人達が閉じ込められていた。

まだ生き残りがいたのかとみんな構えたが、彼らは俺たちがこれまで出会ってきた有尾人達とは少し違っていた。


「邪猿グノンマルは、長年、わしらに妙な術をかけ、操ってきたのです。逆らおうにも、わしらにそのような術はなく、また、操られた仲間はグノンマルの言いなりとなり、グノンマルに従わない者はここに監禁されたり、中には殺されてしまった者も沢山おりました。同胞の死は痛ましい事ですが……。これで、グノンマルの支配も終わった。わしらはようやく、わしらの意思で生きていけると思います」


少し年老いた有尾人はそう言って、生き残った者達を連れて、集落から離れていった。

まだ、島にある六つの漁村には、グノンマルの術が解けていない有尾人達も残って居るだろうが、ノリリアの話だと、術をかけた者が亡くなれば、そのうちに術は解けるだろうとの事だった。


こうして、荷物を取り戻し、生き残った有尾人達を解放した俺たちは、集落から少し離れた森の中で、キャンプをする事となったのです。


時刻は既に夜の十二時を越えていて、早く寝ればいいものを、皆さん何やらお話が止まらないご様子。

おそらく、刺激的なものを見過ぎたせいでしょうね。

ほら、夜中にゾンビ映画を見た後、すぐには眠れないでしょう? それと一緒だね、うんうん。

かく言う俺も、体が限界だから寝転んではいるけれど、まだ思考は止まらないんですよね、これが。

みんなの話に聞き耳を立てつつ、ちゃっかりしっかり、いろいろ考えちゃってます、はい。


はぁ……、もう眠ってしまいたいのに……


「けどグレコちゃん。よくあれが、悪魔だって、すぐに気付いたポね」


「幼い頃から、父にいろいろ教えられてきたからね。故郷のエルフの村には古い書物が沢山あって、悪魔の事もいろいろと習ったのよ。まさか、淫魔サキュバスだとは思わなかったけど……」


「その、サキュバスとは何奴なのだ? 悪魔といったか??」


「淫魔サキュバス。夢の中に出てきて、やらしい事をしまくるお色気悪魔の事さ。通りであの妖艶さ……、まんまと騙されちまったぜ!」


……騙されたって言ってるわりには、嬉しそうな声を出すよね、カービィくん。


「ポポ、あたちもみんなも、悪魔の持つ危険な魔力にやられたポね。本当に、まだまだポね、あたちも……」


「しかし、グレコは何故平気だったのだ? 皆が惚ける中、お主だけは精神を正常に保っておったであろう??」


……ギンロ、俺もだよ。

俺もギリギリ、正常でしたよ。


「理由は分からないけど……。正直、あいつの事を魅力的だなんてこれっぽっちも思わなかったわ」


「さすがブラッドエルフ。ハイエルフの血を引いているだけあるポね」


「やっぱり、それと関係あるのか?」


「大いにあると思うポね。ハイエルフは、魔力大爆発以前からこの世界に存在した種族ポ。そこらの魔族とはわけが違うポよ」


「さすがグレコさん!!!」


「えへへ~♪ まぁね、そうなのよ、うんうん」


……グレコ、嬉しそうにしているのはいいけどさ、そろそろ本当に、清血ポーション飲んだ方がいいよ。

髪の毛、だいぶ茶色いよ?


「魔力大爆発……、とは、何のことだ?」


「ポポ、ギンロちゃんは航海中、あたちの部屋に勉強しに来なかったから知らないのポね。グレコちゃんとモッモちゃんには話したポが……。簡単に説明すると、今からず〜っと昔に、この世界を流れる魔素の量が爆発的に増えて、それと比例して魔族の種類がいっきに増えた時期があったのらしいポ。それまでこの世界には、人と獣、エルフやドワーフといった数種類の妖精族しか存在していなかったと言われているのポ。その当時、何が起きたのかは未だに解明されてないポが……。魔族が急に増えた事を、歴史上の出来事として、魔力大爆発と呼んでいるのポ」


「ふむ、なるほどそういう事か……」


……ギンロ、本当に理解したの?

 って言っても、俺もちゃんとは分かってないんだけどね。


「そういえば、あの魔法陣、消えたわね。ほら、もう夜空には何もないわ」


「ポポ、本当ポね。今後、何事も起こらなければいいポが……」


え……、何事もって……

それ、どういう意味なの?


「どういう意味だ? 何か、良からぬ事が起こるのか?? あやつめ、兄弟が仇をとるなどとぬかしておったが……」


「言葉の真意は分からないポが、あの魔法陣はおそらく、俗に悪魔の号令と呼ばれるものポね。悪魔が、仲間の悪魔に何かを知らせたい時に生み出すものと、学会は発表しているポよ」


「その、悪魔っていう奴の定義が、私はよく分かってないのよね。幼い頃からいろいろと習ってはいたけれど、何をもって悪魔なのか、悪魔とは具体的に何なのか、っていう事は教わらなかった……。いえ、定義付けられてなかったように思うの」


「悪魔は、簡単に説明すると、魔界からこちらの世界に迷い込んだ者の事を指すポね。この世界の何処かに、魔界と通ずる穴があって、そこからこの世界に迷い込んだ……、あるいは、意図してこちらに来る場合もあるポが、とりあえず……。魔界で暮らすべき者の事を、学会では悪魔と呼んでいるポよ」


「魔界、というものがあるのだな……。それは、国の名か? それとも地名か??」


「魔界というのは、世界の名前ポ。その広さも、どんな場所かも分かってないポが……。悪魔が存在しているのポ、魔界が何処かに存在すると考えられるのも自然の事ポね」


……ふ~む。

何やら話が難しい方向に進んでいて、ちょっぴり俺、眠たくなってきましたよ。


「じゃあつまり……。あの魔法陣が描かれた事によって、魔界から悪魔が沢山やって来たり……、しちゃったりするわけ?」


うぅぅ~、なんてこった……

これから俺は、全世界の悪魔達から、この命を狙われるわけかぁ~!?


ガクブルガクブル


「それは、たぶんねぇと思うぞ?」


お? 本当かいカービィ??

適当に言ってるんじゃないだろうね???


「ポポ、カービィちゃん……。何を根拠にそんな事を? だいたい、どうしてあれが悪魔の号令だと分かったポね?? 悪魔学はカービィちゃんの専門外だったはずポ???」


「だっておいら、一度見た事あるもん、あれ」


えっ? なんで??

どうして??? いつ????


「見た事あるって……、いつの話よ?」


「ほら、おいら、小さい頃に悪魔に呪われて、体の時間が止まってんだろ? 確かあの時、ああいう魔法陣が宙に浮かんでるのを見たんだ。だけど、今日の今日まで悪魔に会ったことなんてなかったし……、狙われてもいねぇみたいだからな。そんなに気にしなくていいんじゃねぇかぁ?」


いつもの調子で、ヘラヘラと笑うカービィの声。


な~んだ、心配しなくていいのか、そっかそっか。

……なんかそれ聞いたら、眠気がいっきに増して来たよ。


「けど、悪魔の号令である事は間違いないポね。用心するに越した事はないポよ」


うん、ノリリア、ちゃんと気をつけるよ。

気をつけるから……、もう、眠ってもいいですか?


パチパチと爆ぜる焚き火の音と、みんなの声が子守唄となって……

いつしか俺は、夢の中へと落ちていったのであった。


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