235:マンチニールの森

「うぅ~、暑いポね~」


ローブを脱ぎ、薄着となったノリリアは、それでもなお暑さに耐えられずに唸る。


「こりゃ~、なかなかにハードだなぁ~」


同じくローブを脱いで、何処からか取り出した雅な扇でパタパタと仰ぎながら、カービィがそう言った。


「せめて、この足場さえ平であれば、我の背に乗せて走れるのだが……」


ギンロもかなり暑いのか、既に上半身が裸だ。

オーベリー村の防具屋で購入した、上下お揃いの道着の上を脱ぎ、腰に巻き付けている。

顔や手足と違って、胸や背中は人間のものなので、その姿は改めて見るとなかなかに異質である。


新品だったはずのギンロのマントは、有尾人達の返り血で汚れてしまい、更にモゴ族達を入れて運ぶ風呂敷として使っていたもんだから、もうドロドロのボロボロで……

捨てるわけにもいかないので、俺の鞄の中で眠っているけど、おそらく洗っても繕っても、もう使い物にはならないだろうな、とほほ……


「もう少し進むと、開けた場所に出ますノコ。そこで少し、休憩しましょう」


俺の肩の上で、キノタンがそう言った。

何故俺の肩に? と思うだろうが、調停者の側に居なければならないらしいので、仕方なく了承した次第である。

さほど重さは感じないけれど、なんて言うかな……

うん、ペットが増えた感じ。


そんな中、俺はと言うと……


「ほらほら、みんな頑張って! もうすぐ休憩できるよ!!」


案外暑さには強いみたい、元気に先頭を歩いてます!


モゴ族の里がある地下の大空洞から、巨大なドゥガー樹の根を伝って地上に出ること数時間……

マンチニールの森は、そこかしこに沢山の樹木が生い茂る、それはもう鬱蒼としたジャングルでした。


高さはそれほど無いものの、太く立派な幹を持つ毒の木ドゥガー樹を初めとし、様々な種類の木々が所狭しと群生していて、それらの根が隆起している為に、地面はなかなかに凸凹である。

見るからに毒々しい色の花や果実、棘のある蔓などが至る所にあって、ここまで全く気の抜けない道が続いていた。


キノタンは、真っ直ぐ東は向かうわけではなく、通れる道を厳選してくれているらしい。

少し南にずれたり、北に戻ったりしながら、俺たちは歩を進めていた。

まぁ、若干遠回りな気もするけれど、体の大きなギンロもいるから仕方がないだろう。


「あ、あそこですノコ。あの木の下なら、安全ですノコ」


「あの木……? えっ!? あの木はっ!!」


キノタンが指差す先にあったのは、なんとテトーンの樹だった。

少しばかり、葉の緑が強い気もするが……

背丈といい、枝葉の形といい、辺りに漂う匂いといい、間違いなくテトーンの樹である。


「まさか、この森にもテトーンの樹があったなんて……」


テクテクテクと近づいて、そっと幹肌を撫でる俺。


「この木は比較的毒が弱く、更には魔物の嫌う匂いを発していますノコ。なのでゆっくりとお休みして頂けますノコ」


なるほど、テトーンの樹の効力は世界共通なわけか。


なんとなく、懐かしさと嬉しさを感じつつ、俺はテトーンの樹の根の上に腰を下ろした。


「ふぅ……、やっと休憩かぁ~」


大きく息を吐きながら、カービィも同じように根に腰掛ける。


「これほどまでに過酷だとは……。我らが落ちし穴の周りは、さほど木々が生い茂っておらぬかった故」


長い舌をデローンと出して、地面にヘタリ込むギンロ。

ハッハッと息をする様なんてもう、ドックランで走り回った後の犬にそっくりだな。


「はい、お水どうぞ」


皮袋に入った水を二人に差し出す俺。

両方とも、モゴ族の里の湧き水を汲ませてもらった物である。

森の植物の毒が染み込んでやしないかと不安だったが、カービィが試験管と何かの粉で水質を調べて判断していたので、たぶん大丈夫だろう。


「……ん? あれ?? ノリリアは???」


「んん? ギンロの後ろを歩いてたんじゃねぇのか??」


「……おらぬな」


えっ!? もしかして、はぐれたっ!??


「僕、ちょっと見てくる!」


「待て待て。おいらも行くぞ」


「さすれば我も……」


結局三人で来た道を少し戻ると……


「あっ! あそこに倒れてるっ!!」


木と木の間の窪みに埋まる様にして、ま~るいピンクの毛玉と化したノリリアが倒れていた。


「あちゃ~、……大丈夫かあいつ?」


慌てて駆け寄る俺たち三人。


「ノリリア!? 大丈夫!??」


「…………」


返事がない、……まさかっ!? 死っ!??


うつ伏せに倒れているノリリアの体を、ギンロがそっと抱き起す。

その表情は、目を瞑り、かなり苦しそうだ。

荒い息をして……、とりあえず生きてはいるものの、完全に気を失っている。


「体が……、やけに熱いぞ」


「どれどれ……、お? 熱出してるなこりゃ」


「あ……、もしかして、有尾人達にやられた傷が悪化したんじゃ……?」


「あぁ……、そういや手当した記憶があるな、すっかり忘れてたけど……。ギンロ、さっきの場所まで運んでくれるか? ゆっくりでいいから、出来るだけ動かさずに」


「うむ、承知」


「モッモ、さっきの場所にテントを張ってくれ」


「オッケー!」


先ほどのテトーンの樹の場所まで急いで戻り、俺はグレコの簡易テントを張って、カービィは薬を作り始める。

後からノリリアを優しく抱きかかえたギンロがやってきて、テントの中にノリリアをそっと横たえさせた。

薬を作り上げたカービィは、先日と同じように薬に魔法をかける。

それを俺が受け取って、ノリリアの衣服をちょっと失礼し、炎症が起きてしまっていた傷口へと塗り込んだ。


「よっし……、しばらく様子を見るか! まぁ、熱はすぐに下がるだろうから、出発はそれからだな!!」


「承知」


「オッケー。じゃあ、ちょっと僕たちも休もうか」


「うむ……。我は、ダーラ殿のマフィンが食べたい 」


「はいはい……、って、よくそんなに暑がっているのに甘い物なんて食べようと思えるね、ギンロ」


「ぬ? 暑さと何かを食べたい気持ちは関係がないであろ??」


「……ない事ないと思うよ」


「おいらポテチ希望~!」


「はいは~い」


こうして俺たちは、様々な有毒植物生物が鬱蒼と生い茂るマンチニールの森のど真ん中で、呑気に休憩をとるのであった。


「なんという手際の良さ……、まさに阿吽の呼吸……。調停者様は、素晴らしいお仲間をお持ちノコ……」


俺の肩の上で、キノタンがそんな事を小さく呟いていた。






「ポ……、ポポポ……? これは……、どうなっているポ……??」


ノリリアが目を覚ましたのは、俺たちが二度目の休憩を終えて、更に東へと向かっていた途中だった。

既に太陽は、西の空へと傾き始めており、空はオレンジ色に染まっていた。


「おっ!? 気がついたかノリリア!!」


ノリリアの体を支えていたカービィが声を上げる。


「ノリリア! 良かったぁ~、もう倒れたの見た時は死んだのかと思ったよ~」


後ろを振り返り、声を掛ける俺。


「カービィちゃんに、モッモちゃん……。じゃあこれは、ギンロちゃんの背中ポ?」


ゆっくりと体を起こし、ノリリアが尋ねた。


「大事ないかノリリア?」


「ポポポ、ギンロちゃん……、この姿は?」


「フェンリルに獣化した姿である。モッモとカービィも疲労し始めた故、このような形での移動となったのだ」


「ポポポゥ、そうだったポか……」


ノリリアが戸惑うのも無理ない。

俺だって、最初見た時は驚いたのだから。


俺とカービィとノリリアは今、獣化してフェンリル本来の姿となったギンロの背に、仲良く三人並んで乗っている。

俺が一番前で、ノリリアを間に挟み、カービィが最後部だ。

青みがかった銀色の毛並みは柔らかく、座り心地も大変良い。

先程までの、わさわさと樹木が生い茂る凸凹道がようやく終わって、今は平坦な道が続いている。

どうやら森の中心部は抜けたらしい。

その道を、ノッシノッシとギンロは歩く。

走りさえしなければ、フェンリルの背の上は快適なのであ~る。


俺もカービィも、昼過ぎくらいまでは軽快に歩けていたのだが、お昼ご飯を食べた後はもう無理だった。

特に俺は、食べて体が重くなったせいもあったのだが、もはや体力が限界だったのである。

何を隠そう、俺の体力は50Pしかないのだ。

これは、体力馬鹿なギンロに比べると、十八分の一程度のものなのである。

そりゃもう、背にだって乗せてもらわないと……

やってられませんよこっちは!

世界最弱なめるなよっ!! チキショー!!!

……で、カービィは完全なる便乗ですね、はい。


「森を抜けるまでにはまだまだかかりますノコ。ノリリア様、ご無理はなさらないでくださいノコ」


なかなかに、紳士的で優しい声かけをするキノタン。

……まぁ、ずっと俺の肩の上に乗ってるんだから、体も心も余裕があるのでしょうね。


「ポポ、まだまだかかるポか……。困ったポね……」


「な~に、そんな体でみんなと合流したって、神殿探索なんざまともにできねぇぞ? どうせ時間がかかるんだから、あんまりいろいろ考えずに、体休めとけ~」


カービィも、なかなかに優しいお言葉ですね。


「そうだよノリリア。どのみち、ギンロが疲れちゃったら僕も動けないし……。そうなったら、今日はもう進むのをやめるからね。早めに休んで、明日に備えればいいさ」


そう、俺はもう一歩も動けないからな。

足が棒だし、体はズーンと重いし……

本音を言うと、ギンロの背に座ってるのも疲れるから、もうどっかで適当にテントを張って、眠ってしまいたいくらいなのだ。


「ポポ、みんな、ありがとポ」


はにかみながらお礼を言うノリリアに対し、俺たちはみんな、自然と笑顔になった。

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