236:返事してくれよぉ〜

ホーウ、ホウホーウ、ホーウ


マンチニールの森の夜は静かだ。

どこからか、梟のような鳴き声が聞こえてくるものの、おそらくとても離れた場所にいるのだろう、姿は全く見えない。

有毒植物生物が多数存在する恐ろしい森、と聞いていたから、最初はかなり警戒していたのだが……

今となってはむしろ、その有毒植物生物達のおかげで凶暴な肉食の魔物が棲みつかず、小さな生き物達がひっそりと暮らしている、安全にキャンプができるこの森の事を、俺は好きになっていた。


パチパチパチと、焚き火が燃える。

周りの木々に燃え移っては大変なので、消え入りそうな程に最小限の火だ。

晩御飯は、余っていたタイニーボアーの肉とパン、イシュの村で購入した干物と、デザートにドライフルーツ。

鞄には野菜も少し入っているので、グレコがいてくれれば、ササッとスープでも作ってくれただろうけど……

ノリリアはテントの中で休んでいるし、俺は疲れているし、カービィとギンロは料理が全くできないしで、夕食は簡単に済ませる事にしたのだった。


「もしも~し、こちらカービィ、こちらカービィ。グレコさ~ん、聞こえますか~?」


先程からカービィが、絆の耳飾りを使って、何度もグレコとの交信を試みるも、グレコは応えてくれないらしい。


「おっかし~な~? 壊れてんのかこれ??」


耳についている青い耳飾りを、ピンッ! と指で弾くカービィ。

さすがに、神様から貰った魔法アイテムだから、壊れているなんて事はないと思うんだけど……


「既に就寝したのやも知れぬな。現在の時刻は如何程だ?」


おぉギンロ……、時間を気にするなんて、ちょっと田舎者感が抜けてきたね!


「今は……、あ、おいらの時計止まってんだった。ノリリアの見てこよう」


……止まっているのは体の成長だけじゃなかったんだね、カービィ君。


テクテクと歩き、ノリリアが眠っているテントの中に入ってガサゴソと漁って、スススと外に出てきたカービィ。


「駄目だ。あいつ、有尾人達に荷物取られてんだった」


あ……、そっか、そうだったね。


「ふむ……。モッモは持っておらぬのか? その、時計とやらを」


おぉギンロ……、それ程までに時間を気にするとは、もう都会っ子だね!


「僕は時計持ってないんだ、ごめんよ」


「ふむ……。キノタン殿は持っておらぬか?」


おぉギンロ……、その質問は愚問だぞっ!?


「……その、とけいというのは何なのですノコ? それに、時間とは??」


キノタンの言葉に、ギンロはピシッと固まった。


……ほらね、こうなるでしょ?

こんな未開の地に住む原始的な種族には、時間なんて関係ないのよ。

朝が来て昼が来て夜が来る、それが沢山沢山続いて、季節が春から夏、夏から秋、秋から冬に移り変わって、いつしかまた春が来る……、その程度のもんなのよ。

……てかギンロ、あなたも最近までそうだったでしょ?


「もしも~し? グレコさ~ん?? 返事してくれよぉ~」


……まだやってたのかカービィ。


「だぁ~全然駄目だっ! グレコさん、耳飾り失くしたりしてねぇよなぁ?」


やさぐれた雰囲気で、タイニーボアーの肉にかぶりつくカービィ。

さすがに、失くしたりなんかはしてないと思うけど……


「まさか……。何か、良からぬ事が起きたのではあるまいな?」


え……、良からぬ事って……?


「いや~、さすがにないだろ? だってあっちは、フーガの王立ギルド、白薔薇の騎士団の面々が揃ってるんだぞ?? さすがにそれは……、ないないない」


「ふむ……、だと良いが……。なかなかに奴ら、生命力が強そうだった故」


なるほど、有尾人達が何か仕掛けたのでは? とギンロは言いたいのだろう。

無きにしも非ずだろうけど、カービィが言うように、あっちには戦闘のプロがいるんだもの、大丈夫さ。

たぶんグレコは……、カービィと交信したくないだけだよ、きっと、うんうん。


「あっちはもう神殿に着いている頃かなぁ?」


「ん~、たぶん着いてんじゃねぇか? 予定通りならな」


「村をあと二つ通ると言うておったな……。心配である」


「大丈夫だって! 騎士団のみんなも強いだろうけど、グレコだって強いんだからさ!!」


「んだんだ、グレコさんはとてもお強い。けど……、ちょ~っと気になるよな~」


「……何が?」


「いやほら、確かノリリアは、イゲンザ島には有尾人の暮らす漁村が七つあるって言ってたろ? けど、南を行くルートも、北を行くルートも、三つずつ村を経由するって……、もう一つの村は何処なんだ? って思わねぇか??」


そういえば、そうだな……

カービィに言われるまで気にもしてなかったけど、確かに……、もう一つの漁村は何処にあるんだろう?


「その、皆様が先程から仰っている、ゆうびじん、というのは何者ですノコ?」


キノタンが尋ねる。


「んん? キノタンおまい、この島に住んでるのに知らねぇのか??」


「人の様な姿をし、尻の上に尾を持つ猿どもの事だ」


「猿? アッフェ族の事ですかノコ??」


「あ~、確かそんな風に名乗っていたかも……。うん、そのアッフェ族の事。僕たち、海岸沿いの漁村で、そいつらに酷い目に遭わされてさ。危うく、奴らのデスゲームの餌食になるところだったんだよ」


「ですげーむ、ノコ?」


あぁ、デスゲームが通じないか……


「おいらはあんまり覚えてねぇけどな! ダハハッ!!」


「宴でもてなされたかと思えば、その後に寝床を奇襲されたのだ。なんとも卑怯な輩よ……」


俺たちの言葉に、キノタンは何かを考えている様なポーズをとる。

顎に見立てた傘の端部分に手を当てて、少し首を傾げているのだ。


「キノタン、その……、アッフェ族達がどうかしたの?」


「ノココ、アッフェ族達はそんな、海岸沿いにいくつも村を持っていないはずですノコ。今から向かう神殿のすぐ手前の森にある、邪猿グノンマルが治める村なら知っておりますが……。そこは危険ノコ、ちゃんと避けて通りますノコ」


ん? え、今なんて??


「邪猿……、グノン、マル?」


「そやつ、何者だ?」


「ノコ? グノンマルは、アッフェ族を束ねる首長ですノコ。人肉を好み、その骨を収集している、なんとも恐ろしい奴です。我らモゴ族は、大昔からアッフェ族に怯えながら暮らしておりましたノコ。奴らは、非力な我らを弄ぶのが好きなのです。それを見かねた勇者様が、今の我らが住んでおります里を見つけ、移住させて下さったのですノコ。おかげで、ここ最近は、奴らに遭遇し酷い目に遭う者もおりませぬノコ」


ほう? つまり、ボス猿というやつか??

邪猿グノンマル……、既に名前の響きからして邪悪な匂いがプンプンしやがるぜ!


「でも……、その、勇者って奴に今の里に移住させてもらったのって、ずぅっと昔の話だろ? アッフェ族の寿命がどんなもんかは知らねぇが、そいつ、今も生きてんのか??」


ふむ、確かに……

モゴ族達は、時間や年月の感覚が曖昧だからな、その勇者って奴が存在した時代もかなり不透明だ。

となると……、そのグノンマルって奴も、今現在生きてるかどうか……


「邪猿グノンマルはその昔、この島が大陸だった頃から存在する怪物ですノコ。他種族の者の魔力を喰らい、生き長らえていると、我らモゴ族には伝わっておりますノコ」


はんっ!? 大陸だった頃からって……、つまり、五百年前からっ!??

めちゃくちゃ怪物じゃないかそいつっ!???


「魔力を喰らう? それは真か??」


「ノココ、少なくとも我らの伝承にはそう残っておりますノコ。他種族との争いに勝つ為に、自ら封魔の術を編み出し、同族の者にそれらを授け、自分が生き抜く為に必要な魔力を有する者達を集めさせる、と……。我らモゴ族も、多少なりとも魔力を有しております故、度々犠牲者が出ていたのですノコ」


封魔の術? それってつまり、相手の魔法を封じるって事だよな??

え……、それってヤバいんじゃ……


「そのグノンマルとやらの村は、上空から見えるのポ?」


いつの間にか、目覚めてテントから出て来ていたらしいノリリアが、キノタンに尋ねた。


「わっ!? びっくりしたぁ……。ノリリア、もう寝てなくて大丈夫なの?」


「ポポ、みんなありがとポ。おかげさまで随分体が楽になったポね。それよりも……、どうなのポ? キノタンちゃん」


「上空からと言われましても、見た事がないですので……。しかし、神殿を囲っている東の森はなかなかに深いですノコ。木々の枝葉に紛れて、上空からでは確認できぬやも知れませぬノコ」


「ポポポ……、なんだか嫌な予感がしてきたポね……。カービィちゃん、グレコちゃんと連絡が取れないのポね?」


「あ、あぁ……、まさか、グレコさんが交信に応じないのは、奴らに捕まって……?」


えっ!? うっ!??


「……かも、知れないポね。急いでここを発つ必要があるポ」


いっ!? マジかぁっ!??


驚く俺、眉間にしわを寄せるギンロ、ゴクリと生唾を飲むカービィ。

それぞれがそれぞれに、頭の中で最悪のシナリオを編んでいるに違いない。

そう考えざるを得ないほどに、 ノリリアの顔が、その表情が、事の深刻さを物語っていた。

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