222:もうやめてぇえぇっ!!!

「むか~し昔……、つっても十年ほど前だが……。フーガのギルドに所属する魔導師数名を乗せた大型客船が、このピタラス諸島沖のランダーガン大海で遭難した。懸命の捜索も虚しく、船は跡形もなく消え去って、乗客乗員百三十六名の安否は不明。事故の真相は闇へと葬られようとしていた……。だがしかし、数ヶ月後、一人の男がフーガに帰還した。彼を知っているはずの誰もが目を覆いたくなる程に変貌した姿でな……。身体中傷だらけで痩せ細り、衣服なんて着てないも同然のボロボロで、心神喪失寸前の状態だったそうだ」


ドキドキドキ


まだお話の冒頭部分だろうに、もう既に怖い匂いがプンプンしてくるぞ!?


「男はすぐさま国の研究施設に保護された……、というか、軟禁されたんだ。いったい何が起こったのか、船はどうなったのか、仲間はどうなったのか、今までどこで何をしていたのか、などなど……、複数の研究者から次々に糾弾されて、衰弱しきった男は数週間の後に、研究施設の個室で自害した。事の真相は公にはされず、結局何があったのかもわからないままだったんだが……。数年前、その男の聴取に関わっていた研究者の一人が、一冊の本を出したんだ。そこには、生き残った男の、壮絶な一ヶ月間が記録されていた」


ドキドキドキドキ


軟禁とか糾弾とか、そのせいで自害とか……

魔法王国フーガって、かなり恐ろしい所だね、ね、ね……


「大型客船は、大嵐に見舞われて沈没していた。その際、船の外に投げ出された者も沢山いたが、不幸にもその海域は、肉食海獣の住処だったんだ。生き残った男も、右足の膝から下を食い千切られそうになったが、なんとか命からがら逃げ延びて、近くの浜辺へ打ち上げられた。そこが、このピタラス諸島のイゲンザ島だった。幸いにして男は白魔導師だった。駄目になり掛けていた右足を治癒して、助けてくれる人は居ないかと島を散策した。その時に、出会ってしまったんだよ……」


「な……、何と……?」


「それは勿論……。他種族を嫌い、なぶり殺してその肉を喰らう、ピタラス諸島の野蛮な五種族が一つ……、有尾人達にだ」


ひぃっ!? やっ、やっぱり有尾人は、恐ろしい奴らなのかぁっ!??


「最初は親切に男をもてなしてくれたらしいが、夜になると奴等は豹変した。男の寝込みを襲い、体の自由を奪って、井戸の底へと投げ込んだんだ」


いっ!? 井戸ぉっ!??

やばいっ! もしやっ!? S子さんの登場かぁっ!??


「しかも、それはただの井戸ではなかった。気がつくと男は、真っ暗闇の中にいた。湿った空気と、血生臭い匂い……。そして聞こえてきたのは、猛獣の唸り声……。男が落とされた先は、このイゲンザ島の地下に住まう、恐ろしい魔物の巣だったんだ」


怖いっ! 怖すぎるっ!!

もう……、もうやめてぇえぇっ!!!


「男は死に物狂いで逃げ回った。しかし、魔物は何処からともなく現れて、真っ暗闇が広がる洞窟の中で、恐ろしい唸り声を上げて追いかけてきた。だが、決して襲ってくる事はなく、ただただ追いかけ回して体力を消耗させる……。まるで、弱っていく男を観察し、いたぶる事を楽しんでいるかのようだと、男は感じたそうだ。そしてそれは、およそ一ヶ月もの間続けられた」


なんっ!? 一ヶ月もっ!?

一ヶ月間ずっと、暗闇の中で魔物に追いかけられてたのっ!??

想像するだけでもう俺、気絶しちゃいそう……


「だが、神は男を見捨てなかった。最早これまでと、心身共に限界を感じた男に、希望の光が差し込んだ。洞窟内に、柔らかくて小さな光が現れたんだ。それはまるで男を導くように、点々と洞窟内に灯っていった。藁にもすがる思いで、男は光を追った。そして、ようやく洞窟の出口であろう大きな光が見えた。喜びのあまり、最後の力を振り絞って、男は全速力で走った。だが……、やっと解放されると思ったのも束の間……。洞窟の外には、有尾人の群れが待ち構えていた」


そ、そんなぁ……

せっかく、恐ろしい魔物の巣から出られたっていうのに……


で、でも……

じゃ、じゃあ……、その人はいったい、どうやって……


「本当に、助かったのその人……?」


「ん? あぁ助かったぞ。外に出た男は、目の前の光景に愕然としつつも、唯一守り続けた星雲のペンダントを使って、フーガへと空間移動出来たんだ」


あ、良かった……

星雲のペンダントとやらが何かは知らないけど、ちゃんと助かったんだね。

良かった良かった、一件落着、一安心!


……じゃないよ。

その後に軟禁されて、自殺しちゃったんでしょ?

せっかく助かった命だっていうのに……

なんて可哀想な話なんだ。


「男は帰国後、強度の幻聴と幻覚に悩まされた。最後に目にした有尾人達の姿が、脳裏に焼き付いて離れず、夢にまで見てしまうと言って……。最後は、自分の頭をかち割って死んだそうだ。……夢の中で、有尾人達は口々に、男にこう言った。良く生き残ったね、おめでとう、だけどお前は助からない、何故って……、今からわしらが、お前を喰らうからさぁあぁっ!!!」


「ぎゃあぁあぁぁっ!!!!!」


両手を振り上げて大声を出したカービィに対し、俺は数倍もでかい叫び声を上げた。

洞窟内に、悲鳴がこだまする。


「うっ、るさいっ! 急に叫ぶなよっ!!」


両手で耳を抑えて、キレるカービィ。


「そっ! そそっ、そっちだってぇっ!!」


こっそりちびってしまった事がバレないようにと、応戦する俺。

しかし、ビビりすぎてて、言葉が高確率でどもる。


ドキドキドキドキ、ドキドキドキドキ


まだ、心臓の鼓動が止まない。

カービィの怪談話も怖かったけど、最後の大声の方が俺的にはショックだった。


しかし、なんて恐ろしい話なんだ……

有尾人に騙されて、井戸に放り込まれ、なんとその先は恐ろしい魔物の住処で、その魔物に一ヶ月もの間いたぶられて、ようやく外に出られたかと思うと、自分を食べようする奴等が待ち構えていたなんて……


え、でも……、ちょっと待って。

その話って……、もしかして……


「ね、ねぇ……。どうして今、そんな怖い話したの……?」


お願い! やめてっ!! 言わないでっ!!!


「どうしてって……。ここがその、男が放り込まれた井戸の中の洞窟だからじゃねぇか。たぶん、どっかに居るぞ、恐ろしい魔物が」


ひぃいぃぃっ!?

やっぱりそうなのねぇえぇぇっ!??


「どっ、どどどっ、どうっ、どうするのんっ!?」


ガタガタと震え始める俺の体。

もはや自分では制御出来ないほどに、俺はビビってしまっている。


「どうするも何も……、出口を探すしかねぇんじゃねぇか?」


だぁっ!? 出口を探すぅっ!??

それって、それってつまり……


「お、おそろ……、恐ろしい、魔物が、いるっ、いるかっ、も、知らないの……、のに?」


「そうだな、居るだろうな。けどまぁ、こっから上に上がるのは無理なんじゃねぇか? たぶん、井戸の入り口があるはずだろうけど、高さが半端ねぇだろうよ」


でも、でも、でも……


「さすが、に……。洞窟の、中を、行くのは、きけ、危険、すぎるんじゃっ……、ない?」


「ん~、でも他に方法ねぇぞ? 井戸の入り口がどんなもんの広さか知らねぇからわかんねぇけど、おいらの箒に乗って上がって行ったとして……。壁面に擦ったりでもして、ボディーに傷が付くの嫌だしなぁ~。せっかく全財産叩いて買った良いやつなのに」


命の価値より高いんですかそれはぁあぁっ!??


ズザザザザザ!


……ん? 何の音??


思わず、カービィにツッコミを入れそうになった俺の耳に、妙な音が聞こえてきた。


「ん? 何の音だ??」


カービィにも聞こえたらしい、辺りをキョロキョロと見渡す。

何か、布が擦れるような音だ。


ズザザザザ、ヒュッ……、ズシンッ!!


背後から、何者かの落下音と、着地した振動が伝わってきて……


「ま、まさ……、まさかぁ~?」


ゆっくりと振り返るとそこには……


「あ、や……、ぎゃあぁあぁぁっ!!!??」


大きな大きな影と、光る二つの目玉があった。

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