223:デスゲーム

「あ、あ、あ……、ばけ、ばけも……」


言葉にならない恐怖に、俺は腰を抜かして地面に座り込んだ。


黒く大きな影の、二つの光る目が、ギロリと俺を睨みつける。

そして、ゆっくりと此方に近づいて来た。


「ひぃっ!??」


ろくに身動きも取れないままに、ジリジリと距離が縮まって……


「モッモ、無事であったか」


大きな影が、その恐ろしく大きな口でニヤリと笑い、鋭利な牙を見せて来た。


「ひぃいぃぃっ!?!??」


神様仏様グレコ様! どうか僕を助けてくださいっ!!

まだ死にたくはないんですぅっ!!!


ガタガタガタガタ


頭を両手で抱えて小さくなり、地面に伏して震える俺。

すると、背後で構えていたカービィが……


「ぬん? あぁ、ギンロか。おまい、驚かすなよ~」


ヘラヘラと笑ってそう言った。


……あ、へ? ギ、ギンロ??


両手を頭から離し、顔を上げて、揺らめく大きな影をジーっと見つめる俺。

冷静さを取り戻した俺の目に、次第に見えてきたのは、両手に魔法剣を握りしめたギンロだった。


「ギ……、ひぃっ!? ギンロ!??」


思わず悲鳴染みた声を出してしまったのは、ギンロが手に持つ双剣から、ボタボタと赤黒い液体が滴り落ち、体にはかなりの量の返り血らしき物が飛び散っていて、その姿がいつもより数倍恐ろしく見えたからだ。


「ぬ? どうしたのだ?? そのように怯えて……。何か恐ろしい魔物でも見たのか???」


魔法剣についた血を振り払いながら、俺に問い掛けるギンロ。


恐ろしい魔物でもって……、こっちはあんたを見て怯えてるんだようっ!!!


「しっかしおまい、よくここが分かったな!?」


「うむ、匂いを辿ってきたのだ」


「匂いって……、ギンロ、そんなに嗅覚良かったっけ?」


少なくとも、俺よりは劣っていたはず……


「何があろうとも、愛しのダーラ殿が作ってくれたマフィンの香りは忘れぬ」


あん? なんだって??


「マフィンて……、僕の鞄の中に入ってるんだよ?」


「ぬ? そうであったか。どうりで迷うたわけだ」


……いやいやいや、どんな嗅覚だよ。

てか、そんだけ嗅覚優れてるなら、普段からもっと真剣に鼻を使いなさいよ!


「だっはっはっ! まぁ、お互い無事で良かったじゃねぇか!! ていうか……、おまいの後ろにいる奴、誰だ?」


ヘラヘラした様子のまま、カービィはギンロの背後を指差す。

そこには……、ん? 誰もいないぞ??


「後ろ……? いや、我は一人でここに参った。後ろになぞ、誰もおらぬ」


背後を振り返って、誰もいない事を確かめるギンロ。

俺の目にも、カービィが指差す対象が確認出来ない。


「んん? 何言ってんだ?? そこに居るじゃねぇか、おまいにそっくりなやつ」


……え~、やめてよカービィ、気持ち悪い。

そこには誰も居ないよ?

とうとう本当に頭おかしくなっちゃったの??


カービィの言動に、揃って首を傾げる俺とギンロ。

その時だった。


「モッモ! モッモ、聞こえるっ!?」


耳元で急にグレコの声が聞こえて、俺はビクッ! と体を震わせた。


「グ、グレコ!?」


「あっ! モッモ!! 良かった、繋がった!!!」


どうやら絆の耳飾りで交信してきたらしい。


「大丈夫!? 無事なのっ!??」


「あ、うん、大丈夫!」


「カービィとノリリアも一緒!?」


「あ、うん、一緒!」


「そう! 二人とも無事っ!?」


「あ、いや……。ノリリアはちょっと怪我してたけど、カービィが魔法で治療してくれて、今は寝てる。カービィは……」


チラリと、カービィに視線を向ける俺。


「しっかしおまい、ギンロにそっくりだなぁっ!? なんだっ!?? 双子の兄弟とかかぁっ!???」


ギンロの背後に広がる闇に向かって、ヘラヘラとそんな事を言っている。

そんなカービィを、かなり不審そうな目で見つめるギンロ。


「モッモ!? カービィがどうかしたの!??」


「あ、うん、なんか……。ちょっと頭打ったみたい、変なこと言ってる……」


「頭!? けど、ノリリアを治療したんでしょ!??」


「え、あ、うん……」


「なら大丈夫よ! カービィはもともと変なんだから!!」


……そう、なんだけども。


「おまい、全然喋らねぇなぁ? シャイなのかぁ??」


何もない、誰も居ないところに向かって話し掛け続けるカービィのその姿は、かなり異常である。

もともと変だとか、ちょっと頭がおかしいとか、そういうのを通り越して、なんだかヤバイ感じがする。


「こっちはなんとか奴等を撒けたから大丈夫! 怪我人もいないから安心して!! モッモは今どこなの!??」


奴等、というのは恐らく、有尾人達のことだろう。

俺の推測が正しければ、歓迎会の後、高床式の家で休んでいる所を襲われたはずだ。

そして……


「分からないけど、たぶん……。井戸の中の洞窟かと……」


認めたくないけど、さっきのカービィの話から考えると、ここは井戸の底。

恐ろしい魔物の住処である洞窟……、その可能性が高い。


「やっぱり落とされたのね。パロット学士から聞いたのよ。八年前に、このピタラス諸島沖で船の遭難事故があって、助かった者が居たらしいんだけど……。たまたま泳ぎ着いたこのイゲンザ島で、有尾人達の手によって廃人にされた事件があったって」


は、廃人て……

てか、八年前なんだ、結構最近じゃないか。

カービィこの野郎、さっき十年前とか言ってなかったか?


「なぁギンロ~。こいつ、なんでおいらと喋らねぇ~んだぁ~?」


「……少し黙っていろ、カービィ」


奇妙な言動を続けるカービィに対し、さすがのギンロも恐怖を感じたらしい。

そう言って、カービィをその場に残し、そろそろと俺の方に近寄って来た。


「それでね、なんとか一匹捕らえて、目的を吐かせたのよ」


「目的? 一匹捕らえたって、何を……??」


「あ~、だから! 有尾人の女を一匹捕まえて、モッモ達を攫った理由を聞いたのっ!!」


お、おぉ……、そういう事ね。


「えと……、それで……、理由は?」


「ゲームらしいわ!」


……は? ゲーム??


「え、な、……え???」


「他所から来た者を騙していたぶり殺す、そういうゲームなの! 生贄と称された者を井戸に落とし、暗い洞窟の中を彷徨わさせ、そして、ようやく出口を見つけて出て来た生贄を取り囲んで、絶望の中で死を与える……。最悪のデスゲームよ!!」


うぇえぇっ!? 何そのゲーム!??


「そんなのっ!? えっ!?? 僕たちどうしたらっ!???」


「落ち着いてモッモ! パロット学士は、絶対に、西へ行ってはいけないと言っているわ!! 洞窟の中は複雑で迷路のようだろうけど、あなたには望みの羅針盤があるでしょう!? それを使って、東の出口を探すのよ!!!」


「わ、わかった……。その、西に行くと、どう」


「有尾人達が出口に待ち構えているわ! 西の出口に出れば最後……、一斉に攻撃されて、殺されてしまう!!」


なんっ!? だぁっ!?? てぇえぇっ!???


「ぼ、僕……、ぼくぼく……」


ガタガタと、体が震え始める俺。


「落ち着いてモッモ! 大丈夫だから!! 東へ向かえば良いのよ!!!」


そ、そう……、そうだよな……

東、東へ……、東にしか行かないぞっ! 絶対!!


「わ、わかった。とりあえず、なんとかして……、してみるっ!」


「うん! それで……、ギンロがあなたを探すって飛び出して行っちゃったのよ!! もしかしたら何処かで会えるかも知れない!!!」


「あ……、もう会ってます」


「えっ!? そうなのっ!?? なら……、うん、大丈夫ねっ!!!」


「うん……。あ、グレコ達はどうするの?」


「私達は、このまま東へ向かって、イゲンザの神殿を目指すわ! もう有尾人の漁村へは寄らず、真っ直ぐにね!! あ、え……。あ、はい……、はい、伝えます。パロット学士が言うには、洞窟の東出口はイゲンザの神殿からそう遠くないと思うって!!! だから……、なんとかその洞窟から出て、イゲンザの神殿で落ち合いましょう!!!!」


「う、ぐ……、うんっ! 分かった!! 頑張ってみるよっ!!!」


「もしまた何かあったら、すぐに連絡するから! モッモ、くれぐれも気をつけてねっ!!」


「グレコも! 気をつけてっ!!」


こうして、グレコとの交信は途絶えた。


最悪のデスゲーム……

そんなの、参加希望した覚えないんですけどぉっ!?


だけどもう、後には引き返せない。

前に進むしか、道はない。

よし! 行くぞっ!! 東へっ!!!


なんとか勇気を振り絞り、自分を奮い立たせた俺は、ギンロとカービィに目をやって……


「……え? 何してんのカービィ??」


眉間に皺を寄せた。


「……先程からずっと、かなり奇怪な事をしておるのだ」


俺とギンロが見つめる先には、自分のお尻をスリスリと、岩壁に擦り付けるカービィの姿が……


「うう~ん♪ もっとぉ~ん♪ 可愛がってぇ~ん♪」


そんな事を口走りながら、かなり嬉しそうな顔をしている。


……ありゃあ、かなりヤバイな。


俺とギンロは互いに見つめ合い、その余りの光景に言葉を失った。

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