221:混成(クラテル)

海から吹いてくる潮風の匂いと、村中に干されている魚介類の干物の匂いに包まれて、愉快な音頭に合わせ、綺麗なお姉さん有尾人と楽しくダンスを踊っていた……、はずだったのだが……。


辺りは真っ暗、地面は嫌にゴツゴツしてて、じめっとした湿気った空気の匂いと、血生臭い匂いが漂う空間に俺はいた。


えっとぉ……、ここは何処?


起き上がろうとするも、手足が縛られていて、全く身動きが取れない。


何故に? 縛られているのだろうか、俺ってば……


まだぼんやりしたままの頭で、記憶を辿る。


有尾人達による楽しい歓迎会がお開きとなり、高床式の壁のない建物に案内されて、寝床に使ってくださいと言われ、ゴロンと横になった所まではハッキリと覚えている。

勧められるままにお酒を飲んで、美味しい食べ物をたらふく食べていたから、お腹いっぱいの良い気持ちで眠りについて……


問題はその後だ。

一度目を覚ました時に見えたのは、建物の入り口付近で話し込む、ノリリアとグレコの後ろ姿だった。

その時は、あ~二人が喋ってる~、くらいにしか思わずに、そのまま目を閉じたのだが……

おそらくその直後だっただろう。

女の叫び声が聞こえた。

辺りではバタバタと慌ただしい音が聞こえ始めて、何かの呪文を唱える声や、剣と剣がぶつかり合うような音も聞こえてきた。

……あ、そういや、グレコが俺の名前を呼んでいたような気がするな~。


思い出せるのはそれくらいだった。


 そして今、この状況である。

 縛られた手足と、先ほどとはかなり違うこの場所にいるという事は……

 何か、とんでもなく悪い事が起こったんじゃないかと、俺は薄々勘付いた。


 少しずつ暗闇に目が慣れてくると、見えてきたのは岩肌だ。

 四方八方岩に囲まれていて、まるで洞窟の中にいるような風景が広がっている。

 天井はかなり高いらしい……、というか、暗くて天井が見えない。

 すぐ真横に岩の壁があって、何やらしっとりと濡れているのがわかる。

 そして、少し離れた場所に横たわる、ピンク色の影が二つ……


「え……、かっ!? カービィ!??」


 こちらに背を向けて横たわるそれは、恐らくカービィだ。

 未だ馬鹿げた民族衣装を身に纏い、俺と同じように手足を縛られて、ピクリとも動かず横たわっている。


「あっちは……、ノリ、リア? ノリリア!! ノリリアぁっ!!?」


 もう片方のピンク色の影は、間違いなくノリリアだ。

 こちらも手足を縛られて地面に突っ伏しているが……


「ポ……、ポポウ……」


 小さく、ノリリアの声が聞こえた。

しかし、その体はどこか弱々しく震えるのみで、動く事はない。

 もしかして、怪我してるんじゃ……?


「う~んっ! よっこいっしょったぁっ!? だぁあっ!!?」


 なんとかして二人の元へ行こうと体をクネクネと動かすも、足が縛られているもんだから、立ち上がってもバランスが取れずにすぐに倒れてしまう。

 これじゃあ二進も三進もいかない。

 せめて、手の縄だけでも解かないと……


 ズリズリズリ


 地面の岩に手の縄を擦りつけて、切ろうと試みるものの……

 これ、いつまでかかっても切れないんじゃ?

 頑丈に、何重にも撒かれている縄は、なかなか切れてくれそうにない。


 あ~もうっ! じれったいっ!!


 そう思った時だった。


「ジェジェ?」


「ん? ジェ……、あ、ゴラ!!」


「ジェジェジェ、ジェ~ジェ」


「お! おぉ、ありがとうっ!!」


 俺のズボンのポケットに隠れていたゴラが、そろりと外に出てきて、その細っこい手で、なんと縄を解いてくれたではないか!

 なんて出来たペットなんだ、ゴラ!!


「ありがとうゴラ! ささ、危ないからポケットに戻ってね」


「ジェジェ~♪」


 手足が自由になった俺は、ゴラの頭の上の花を優しく撫でて、大事にポケットに戻した。


 さて……、二人を助けなくちゃ!


「カービィ! カービィ大丈夫っ!?」


 民族衣装に身を包んだカービィの体をゆさゆさと揺さぶる俺。


「う~ん……、おいらもう、食べられにゃ~い……、むにゃむにゃ」


 ……気持ち良さそうに寝てる~。

うん、こいつは後回しだ! 先にノリリアを助けようっ!!


 両手両足が縛られたままのカービィを放っておいて、ノリリアの元へ駆け寄る俺。


「ノリリア!? だいじょ……、わぁっ!??」


 ノリリアに近寄って、そっとその体に触れた俺の手には、ベッタリと血が付いた。

 ま、まさかっ!?


「ノっ!? ノリリアっ!?? ねぇ返事してっ!???」


 うつ伏せに倒れているノリリアを抱え起こすと、その体、胸の部分から、大量に出血していた。

 無残にも切り裂かれた白いローブは赤く染まり、地面には血だまりが出来ている。


「ポポ……、ポゥ……」


 苦しそうに息をするノリリアは、額に大粒の汗をかき、体は燃えるように熱くなっている。

 声は出すものの、その目は固く閉じていて、意識を取り戻す様子はない。


 これは……、た、大変だぁっ!??


 急いでノリリアの手足を縛っている縄を解き、なぜか無事だった俺の鞄からエルフのポーションを取り出す。

 少しばかり、衣服を失礼して……。


「う、うわぁ……、酷い」


 ノリリアの右肩の下の方に、何か鋭利な刃物で切り付けられた傷があり、ぱっくりと赤い口を開けているのだ。

 そこから血が流れ出ていて、かなり痛そう……


 こんな、傷薬みたいなので効果あるだろうか?


 恐る恐る、エルフのポーションを数滴垂らす。

 スーッと、傷口にポーションの雫が吸い込まれていく。

 すると、出血が止まって……、でも、それ以上の回復は見込めなさそうだ。

 傷口が閉じる気配がない。

 それに、呼吸も荒いままだし、体の熱も下がらない。


 やばい、やばいぞぉ……

 このままじゃ、開いた傷口から何かの細菌に感染したりとか、しちゃうんじゃ……?


「ど、どうしよう……。このままじゃ、ノリリアが……」


 成す術なく、愕然としていると……


「ん? んん?? どこだここぉ??? ふぁ~あ……」


 間抜けな声と欠伸と共に、カービィが目覚めた。


「カービィ!? カービィ早く、こっち来てぇっ!!!」


 半泣き状態で、カービィを呼ぶ俺。


「あん? ……ん~、モッモか?? どうしたんだそんなところで???」


 すっくと立ち上がって、テクテク歩いてくるカービィ。

 あれ? 手足の縄……、どうしたんだろう??

 いや、今はそんな事よりノリリアだ!


「ノリリアが大変なんだっ! 怪我してて!! ……ポ、ポーションも効かなくてっ!!! 傷口が開いたままなんだっ!!!!」


 必死になって現状を伝える俺。

 カービィは、ノリリアの傷口をジッと見て、コクンと頷いた。


「こいつは……、おいらの白魔法の出番だな!」


 馬鹿げた民族衣装を脱ぎ捨てて、いつもの白いローブ姿に戻ったカービィ。

 そして……


「モッモ、おいらの鞄出してくれ~」


 ……え? 鞄??

まさか、俺の鞄の中にカービィの鞄が???

いつの間に入れてたのさっ!?


 ガサゴソと鞄の中を漁り、カービィの四角い皮鞄を取り出す俺。

 それを受け取ったカービィは、中から小鉢と擦り棒、様々な薬品の粉末と清水を取り出して、サササッと調合し、ゴリゴリゴリと擦り潰してた。

 そして最後に、珍しく、魔導書と杖を取り出して、薬に魔法をかけた。


混成クラテル


 すると、杖からキラキラとした七色の光がこぼれ落ち、小鉢の中にその光が宿った。


「よっし、これで完成だ! この薬をそっと傷口に塗ってやれ」


 小鉢を受け取って、中の薬を指ですくうと、トロ~っとした虹色に光る液体が指についた。

熱を加えた様子はなかったのに、ぬるま湯のようにほんわりと温かい。

 それを少しずつ、ドキドキしながら、ノリリアの傷口に塗っていくと……、あら不思議!

 七色の光が傷口を覆ったかと思うと、パックリと開いていた傷口が、見る見るうちに閉じていった。


「おぉ……、すご~い……」


 苦しそうだった呼吸はすぐさま落ち着いて、体の熱も引いていって……

 ノリリアは、すやすやと安らかな表情で眠っている。


「ふぅ~、良かった。とりあえず一安心だぁ~」


「んだな! けど、まだ動かさねぇほうがいいぞ。少し寝かせておいてやろう」


「うん、わかった!」


 鞄から毛布を取り出して、そっとノリリアの体にかける俺。


「さ~て……、何がどうなったのかサッパリわかんねぇけど……。おまい、何か覚えているのか?」


 カービィに尋ねられて、俺は覚えている範囲の事を伝えた。


「ふ~む……、こりゃ、有尾人の奴らに、恩を仇で返されたかもなぁ~」


「と、言いますと?」


「う~ん……。もしかしたらおいら達、生贄にされたかも知れねぇ」


 ホワッツッ!? 今なんとっ!??


「いっ!? 生贄っ!?? 何それっ!???」


「……聞きたいか? 身の毛もよだつ、おっそろし~い話だぞぉ~??」


 気味の悪い笑顔でそう言ったカービィを、俺は悲壮な顔で見つめた。

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