212:ミュエル鳥

「やぁやぁ、モーブにヤーリュ! 元気かねっ!?」


釣りに飽きた俺とカービィは、船内下層一階にある乗客用の積荷部屋を訪れた。

今回は荷物を置くための部屋ではなく、白薔薇の騎士団の皆さんが現地で移動する際に使う飛空用魔鳥、その名もミュエル鳥の飼育部屋となっていた。


「やぁやぁモッモ! 釣りの成果は如何程だったんだい? 偉く盛り上がってましたなぁ!! はいはいはい!!!」


ミュエル鳥の餌を用意しながら、メタボな獣人、ムスクル族のモーブがそう言った。


この積荷部屋は甲板の真下にあって、更には甲板の床である天井が開閉できる仕様になっているので、なかなかに上の音が丸聞こえなのである。


「モッモのやつ、海藻釣りやがったんだぁ!! しかも顔にペタッと、こうペタッとくっついてな? くっ……、だっはっはっはっ!!!」


先程の出来事を思い出し、腹を抱えて笑うカービィ。


……けっ、海藻すら釣れなかったお前に笑われたくはないねっ!!


「ほっほっ! 海藻ならばこの子達が食べれますので、持ってきてくださいな~」


語尾伸び伸びの虫人ヤーリュが、こちらも餌の準備をしながらそう言った。

今日も体の節々がカクカクしているな。


「えっ!? ミュエル鳥って海藻も食べるのっ!?? しまった……、海に捨てちゃったよ……」


「おやまぁ、それは残念。また次に期待しますね~」


「だっはっはっ! おまい、また海藻釣る気なのかぁっ!? だっはっはっはっ!!」


うるさいなぁ~もう……

明日は一人で釣りしよっと。


「そいじゃあモッモ、ほらほらこっちへ来て。餌やりを手伝ってくださいな、ほいほいほい!」


「あ、は~い♪」


モーブから餌が入った木製のバケツを受け取って、簡易な柵で仕切られた積荷部屋の通路を歩いて行く俺。

バケツの中には、かなりグロテスクなものが入っているのだが……、うん、もう気にしないよ。


柵はこの部屋を、全部で七つの小部屋に仕切っている。

そしてその小部屋の中に一体ずつ、全部で七体のミュエル鳥がここにはいた。


……鳥なんだから、数える時は一羽、二羽って数えるべきでしょ? って思った方、ちょっとお待ちください。

そんなね、ミュエル鳥は可愛いサイズではないのですよ。


「は~い、ご飯ですよ~♪」


慣れた手つきで、木製のトングのような物を使って、バケツの中の餌を挟んで差し出す俺。

トングの先に挟まれているのは、ある意味同族とも言えよう、小さな野ネズミの丸焼きである。


「クルルルル……、グル……」


喉を鳴らしながら近づいてきたミュエル鳥は、俺の顔ほどあるだろう大きな嘴で、野ネズミの丸焼きをパクリ!

あまり噛みもせず、そのままゴックン!!


「グルルル~、クルルルル~」


「はいはい、もっと欲しいのね。は~い♪」


同族の丸焼きを再度トングで挟んで、ミュエル鳥に差し出す俺。

なんともシュールな絵である。

それでも、初日に比べれば全然マシだ。

なんせ、最初にこいつらに会った時、俺は餌と勘違いされて、危うく喰われそうになったのだから……







五日前の、出航直後のあの時。

俺は、九死に一生を得た。


出航後、各々の部屋で休憩を取っていたモッモ様御一行。

下層二階の、一番船尾側の宿泊部屋にて、俺は昼寝をするグレコの隣で世界地図を眺めていた。

これから先、どれほどの冒険と危険が待っているのだろうと、ワクワク……、いや、ガクブルしながら。


「ん~……。んん? あぁ、モッモ、起きてたの??」


そう言って、グレコが目を覚ましたのは、午後の三時くらいだったと思われる。

生憎、時計は船長室にしかないので確かな事はわからない。


起きてたのって……、俺は一睡もしてませんよ。

あなたが地図を見せてって言って、神様の光を指摘されて……、それが原因で、緊張と不安が心を埋め尽くしていて、眠気なんてやって来ませんよ、はい。


「ふ~。ようやく昨日のお酒が抜けたかな~。あ、ねぇねぇモッモ。ちょっと出掛けない?」


「え? 出掛けるって……、ここ、船の上だよ??」


グレコさんや、深酒と昼寝のしすぎで寝惚けているんですか???


「そんなのわかってるわよ。ほら、ノリリア達が移動用にって乗せてるミュエル鳥? さっき階段を降りて行く時に、積荷部屋の扉の隙間からチラッと見えたのよ。なんか、すっごくカッコいい鳥だった!」


おぉ、なるほど鳥か。

そんなのが乗っていることなんてすっかり忘れていましたよ。


「いいね、僕も気になる。カービィとギンロも誘って、ノリリアに見せてもらいに行こうよ!」


「そうしましょ~♪」


ノリノリで通路の向かい側にあるカービィ達の部屋の扉を叩くも、いないのか寝ているのか、返答はなし。

ノリリアに了承を得て、俺とグレコは二人で積荷部屋へと向かったのだった。


「じゃあ……、開けるよぉ~?」


二人揃ってドキドキしながら、積荷部屋の扉をそろりと開けると、そこには……


「クルルルル~、キュルキュル~」


そんな可愛らしい鳴き声からは想像も出来ないほどに、屈強な体の大きな鳥達がそこにはいた。


「うわ~ぉ……。でっか……」


「これはまた……。思っていた以上に威厳に満ちた姿ね……」


グレコがそう言うのも無理はない。

そこに居たのは、その背に人二人を乗せられそうな、大きな大きな、真っ白な体をしたわしのような鳥。

ムーグルやダッチュ族など比べ物にならない程に、その姿は神々しい。


鋭い目に、鋭い嘴、太く逞しい足には鋭利な鉤爪があって、なんと翼は四枚もある。

頭の上には木兎みみずくのような、ピーンと立った耳の様な羽が生えていて、首元には黄金の鎖で繋がれた美しい青い宝石をぶら下げていた。


俺たちを見て、驚く様子も無ければ慌てるそぶりもない。

その姿形もさながら、その堂々とした立ち振る舞いに、俺もグレコも息を飲んだ。


「おやぁ~? モッモさんにグレコさんではありませんかぁ~」


俺たち二人に気付いたヤーリュが声を掛けてきた。


「あ、えと……、あなたは確か、飼育係の……、モーブさん?」


惜しいグレコ! モーブはでぶっちょの方!!

細身の彼はヤーリュだ!!!


「いえいえ、私はヤーリュと申します~。ほほほ、如何されましたか?」


優しいヤーリュはそう言って微笑んだ。


「あ、ごめんなさい、失礼しました。えっと、ヤーリュさん。ノリリアさんに了承を頂いて、ミュエル鳥を見学に来ました」


「おぉ、そうでしたか~。いやぁ、ミュエル鳥に興味を持って頂けるなんて、嬉しい限りですよ~」


ヤーリュは、突然やって来た俺とグレコを快く迎えてくれた。

そして、二日酔いで使い物にならないモーブの代わりに、餌やりを手伝って欲しいと言ってきたのだ。


「こちらがミュエル鳥の餌でして~。あ……、すみません、モッモさんには多少刺激が強すぎましたかね~?」


「え……、ひゃあっ!??」


ヤーリュが差し出した木製バケツの中には、前述した野ネズミの丸焼きが山盛り入っていた。

苦しそうな表情で体を真っ黒にした、可哀想な同族達の姿に、俺は気を失いかけて……

ふらふらと後ろに倒れかけ、ミュエル鳥の入っている小部屋の柵に手を掛けた、その時だった。


「クルル? クル……、グラララ、グギャラララララッ!!!!!」


それまで大人しかったはずのミュエル鳥が、目の色を変えて、けたたましい鳴き声を上げた。

そして……


「う……、えっ!? のあぁあっ!??」


「なっ!? いけないっ!! おやめなさいっ!!!」


俺の首根っこを、一番近くにいたミュエル鳥がパクッと咥えたのだ。

俺の足は床から離れ、体は高く高く、天井近くまで持ち上げられた。


悲鳴を上げながら、もがく俺。

目を見開いて驚くグレコ。

慌てふためき、バタバタするヤーリュ。


そんな事は御構い無しに、ミュエル鳥は俺の体を宙にポーンと放り投げて……

俺の小さくふわふわな体は、そのままパックリと開いたミュエル鳥のお口へ向かってヒューっと落ちていく。


「いやぁあぁぁ~!!???」


「モッモ!??」


「おやめなさいぃいぃぃっ!!!」


もう駄目だぁっ!!

冒険が始まる前にジ・エンドですかぁっ!!?


ギュッと目を瞑り、死を覚悟した、その時。


ヒュン! シュルシュル……、ギュンッ!!


「クルゥッ!??」


ミュエル鳥の嘴を、誰かが何かでグッと縛って閉じたのだ。

そのまま俺は床へと落下し、ボヨンボヨンと鈍く跳ねた。


「モッモ!? 大丈夫っ!?? モッモ!!??」


床に座り、放心している俺に駆け寄るグレコ。

未だ興奮気味のミュエル鳥を落ち着かせようと、ワタワタするヤーリュ。

何が起きたのかと視線を泳がせていると、開いた部屋の扉の近くに、カービィが立っていた。

その手にはムチが握られていて……


「モッモ、これから冒険に出掛けようって時に、な~に大人しく喰われようとしてんだぁ?」


いつもの様にヘラヘラと笑うカービィは、その手に持ったムチで、ミュエル鳥の嘴をしっかりと縛っていた。


「くぁ、くぁ~びぃいぃ~!??」


驚いたのと、安心したのとで、俺の目にはブワッ! と涙が溢れて来た。

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