213:餌
「どうどう、どうどうどう……。よ~しよしよし、ようやく落ち着きましたね~」
大人しくなったミュエル鳥を撫でながら、安堵の声を漏らすヤーリュ。
「うぇっ、うぇっ、うぇっ……、ぐすんっ、うぇえぇ~」
「こちらはまだ落ち着きませ~ん」
涙が止まらない俺を見て、カービィがそう言った。
「モッモ、ほら泣き止んで? 大丈夫、どこも怪我してないでしょ??」
グレコにハンカチを差し出されて、涙を拭う俺。
確かに、どこも怪我してないし、どこも痛くないけれど……
ここ最近で一番びっくりして、めちゃくちゃ怖かったんだよぉおぉ~。
「まぁ、飲み込まれても平気だけどな!」
はんっ!? 何言ってんだカービィこの野郎っ!??
他人事だと思って適当にっ!!!
「さすがに飲み込まれれば駄目でしょ……?」
カービィに不審な目を向けるグレコ。
「いんや、大丈夫だ。だって、おいら飲み込まれた事あるもん」
「え……!?」
「嘘でしょ?」
「嘘じゃねぇさ。なぁ、ヤーリュ?」
「そういえば、そんな事もありましたね~。あれは、カービィさんが我が白薔薇の騎士団に入隊して間もない頃でしたかね~。ミュエル鳥の生態をな~んにも知らないカービィさんが、勝手にミュエル鳥に乗ろうとしたあの時ですね~。さすがに私も、あの時ばかりは肝を冷やしましたよ~。あ、今も冷やしましたけど~、ほっほっほっ」
「……カービィあなた、いったい何したのよ?」
「おいらは何もしてねぇぞ? 完全なる被害者だ!」
……自分のこと被害者だって言う人は、そんなにヘラヘラ笑って言ったりしませんよ。
「先ほどのモッモさんと同じように、パクッと食べられましたね~。ほら、カービィさんも体が小さいから~」
……悪かったね、僕も体が小さくて!
「パクッとって……。じゃあ、どうして生きてるのよ?」
「こう、胃の中で爆破魔法を使って飛び出たんだ、ボーン! と!!」
……何それ? 胃まで行っちゃったのカービィ君??
「うっそ、信じらんない……。よくそんな事出来たわね」
「ほっほっ、我々も諦めておりましたがね、ピンピンしておられましたよ~。胃の中から魔法を使ったのは初めてだ~! とかなんとか仰って~。けどまぁ、ミュエル鳥が一体駄目になりましたからね~。その後団長にこっぴどくお叱りを受けたようですが~」
「ヤーリュ、それは言わなくていい事だぞ」
「おやまぁ、これは失敬、ほっほ」
そりゃ~、胃の中で爆破魔法なんて使われちゃ、どんな生き物でも生きていられないよね。
可哀想に、ミュエル鳥……、カービィなんかを食べたばっかりに……
「あなた、本当にめちゃくちゃしてきたのね……。でもまぁ、来てくれて助かったわ。さっきの状況、私じゃどうにも出来なかったから」
「はっはっはっ! モッモに貸し一つだなっ!!」
……何をぉ? 違うだろ??
以前、俺の部屋にゲロ吐いた事でこっちに貸しがあったわけだから、今のでプラマイゼロ、チャラだチャラ!
だけどもまぁ、お礼は言っておこうかな。
「あ、ありがとう、カービィ……、ぐすん」
「あ~も~いいから、ほれ、鼻水しまえ」
カービィにそう言われて、グレコのハンカチで鼻水をグシャグシャと拭う俺。
ちゃんと洗って返すからね、許してねグレコ。
「けど、ずっとムチを装備しているな~とは思っていたけど、まさかそんな使い方するなんてね。便利なのね、ムチって」
カービィの腰に戻された、丈夫そうな皮製のムチを繁々と眺めるグレコ。
「ふふふ、甘いなグレコさん……。これの真価はそんなものじゃあないぜ~?」
チッチッチと、短い人差し指を立てて横に振るカービィ。
「え……、じゃあ、何に使うっていうのよ?」
なんだろうな、嫌な予感がするぞ。
「勿論! 綺麗なお姉たまにビシバシ痛めつけて頂く為ですっ!! もし良かったらグレコさんも是非っ!!!」
だぁあっ!? また変な事言いやがってカービィこの野郎っ!!?
ムチを両手で持ち、グレコに向かって差し出すカービィ。
グレコがそれを手に……、する事などあるはずも無く。
ビシッ!
「ぐへぇっ!??」
カービィは脳天に、グレコのエルフチョップを食らった。
それと同時に、俺の涙はスッと引いて、カービィに対する感謝の気持ちは何処かへと消え去っていったのであった。
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●ミュエル鳥
学術名:マジク・ラウバード・ミュエルティア
生息地:アンローク大陸南、ゴーディザス山脈中腹
生態:非常に獰猛な肉食鳥。小型の草食獣から大型の肉食獣まで、狩の対象は非常に幅広い。群れで縄張りを持ち、他種族の侵入を許さない。四枚の翼を持ち、非常に高速で飛空する。魔力を持ち、天候を操る事が出来るため、雨や雷を意図的に避ける事が出来る。
補足:2652年、捕獲師ミュエルティア・トーマによって捕獲可能対象となる。現在では、研究施設での卵の孵化、成鳥までの育成にも成功しており、近く完全なる飛空用魔鳥として活用されるであろう。
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「ミュエル鳥は縄張りを持っているからね。慣れてない者が不意に近付くのは大変危険な事ですね、はいはい」
後からやって来たモーブにそう言われて、とにかく命があって本当に良かったと俺は心底思った。
それからというもの俺は、毎日、この飼育部屋に通っている。
あの日、如何にミュエル鳥が危険な魔鳥か、身をもって知った俺は、あえて決意したのである。
絶対に、このミュエル鳥の背に乗ってみせるぞ! と……
だって、カッコいいじゃない?
こんなに威厳に満ち溢れた鳥の背に、ピグモルである俺が乗れるなんてさ。
絶対に、普通に生活していれば経験出来なかったはずなのだ。
ならば、トライしてみる価値はある!
「今回はね、ミュエル鳥の方も驚いたんだろうね、いきなり足元に生きた餌が転がってきたわけだからね、うんうんうん」
おいこら、俺を生きた餌扱いするなよデブッチョ! と、心の中でモーブを罵った事は本人には内緒である。
俺に手取り足取り、ミュエル鳥の餌付けの仕方を教えてくれたのはモーブなのだから。
餌付けを続ければ、俺の事を餌ではなくて飼い主だと認識するようになるというので、こうして毎日、夕方の餌付けに参加させて貰っているのだ。
幸いにして、もともとお利口なミュエル鳥は、俺が餌付けを始めるとすぐに、こいつは餌ではない、と理解してくれた様子だった。
こう、俺を見る目が優しくなったのである。
……うん、最初に会った時のあの鋭い目つきは、完全に餌だと思われていたわけだな。
「みんな、モッモに随分慣れた様子だね。これならイゲンザ島に着いても、ちゃんと背に乗せてくれるはずさ、うんうん!」
「そう? 良かったぁ~♪ さすがにもう、食べられそうになるのは懲り懲りだしね」
「ははっ! 一度食べられてみると、世界が変わって見えるぞっ!?」
……いいや、それは遠慮しておくよカービィ。
こうして、本日もミュエル鳥の餌付けを無事に終えて、俺とカービィは早目の風呂に入るべく、浴場へと向かったのであった。
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